夜がくるのが怖い
「有紀ィ、いいかげん起きなってば」
言うと同時に掛けていたふとんを剥ぎ取ってしまう。
何故か、上半身裸の幼馴染はやっと目を覚ました。
起き上がる気配もなしに私を睨んでいる。
なんでよー。
少しは恥じらえとかブツブツ言っている幼馴染のことは無視した。
奴の制服のシャツやズボンをベッドの方に放ってやる。
几帳面な奴なので部活で使うものも授業の準備も昨夜のうちにしているはずだ。
制服に着替えた奴の寝癖のついた髪を手でおさえるように軽く直してやった。
おとなしくされるがままだ。
耳を赤くしているのは子供扱いされていると怒っているのかな?
うん、可愛い。
顔は強面、体もごつくなって高校一年生には見えない。
まあ、でも中身は変わっていない。
「歯をみがいてきなよ。朝ごはん食べないで待っているから」
私の両親は市場で働いているので早朝から仕事だ。
朝ごはんはいつも有紀のお母さんのつくってくれたのを食べさせてもらっている。
朝起きるのが苦手な有紀の世話をやくのは私なりの感謝の気持ちなのである。
優等生で几帳面な有紀の唯一の弱点は寝起きの悪さだろう。
他には苦手としているものはなさそうだ。
小さかった子供の頃はともかく今は私よりも背も高い。
部活で鍛えられているせいで全体にがっしりしている。
「今朝もありがとう。燿子ちゃん」
有紀を洗面所に追い立ててキッチンに向かうと有里さんはまだ支度をしていた。
有紀の母親である有里さんはタウン誌の記者をしている。
あまり時間の拘束もなく出勤も遅めだがそろそろ出なければまずいのだろう。
後の支度を引き受けて有里さんに出勤をうながすとまた、礼をいわれながら出かけていった。
有紀がテーブルに着いた時には二人分の朝食の準備と弁当を四つ用意した。
一つだけ私ので残りは有紀のだ。
早弁の分とお昼の分と部活が終わってから食べる分だ。
有里さんはいつも多めにおかずを準備しておいてくれるのでいつものことなのだ。
部活終了の後たべるのだから夕飯は軽目かというとそうでもない。
どれだけ育つ気か、恐ろしい。
「後片付けしていくから先に行ってね」
黙っていつものように立ち上がるものと思っていたら鋭い目つきで私を見ながら言った。
「あいつと待ち合わせして学校行く気か」
あいつってどいつだ?と考えていたら、なんとか言えとすごまれた。
いつのまにこんな低い声に……。
どこから突っ込んでいいのか、だいたい突っ込んでいいのかも分からなかった。
いったいつのまに近寄っていたのか。
有紀にのしかかるように抱き込まれていた。
「ずっと好きだったんだ。絶対にあいつには渡さないから」
体格の良い男に上から見下ろされるのは怖い。
よく知っているはずの有紀に凄まれながらの告白?告白なの、これは。
下手な答えを返すと身の危険を感じるので黙っていた。
黙ったままでいるとさらに近づいてきたので慌てて潔白を訴えた。
待ち合わせなんかしていないことと、あいつに該当する人間に心当たりがないことを。
一応は納得してくれて、安心していたら再びつかまれた。
「念のため」といって制服のボタンを外すと逃げる間もなく胸に顔を近づけてきた。
一瞬の痛みを感じている間に離れていったのだが、もはや私の頭は機能せずに呆然とするばかりだ。
「浮気防止だよ」
誰とだ。それよりも明日からどんな顔でこの家くればいいのか悩んでいると、思い出したように声を掛けられた。
「母さんは今日から会社の慰安旅行でいないんだ。夕飯はいつものようにカレーをつくってくれよ」
有里さんの旅行や出張の時はいつも私が夕飯にカレーをつくっていたのだ。
私の両親も夜寝るのは早いので家に戻らないでそのまま泊まるのだ。
いつもなら、つくったカレーを一緒に食べてそのまま泊まらせてもらうのだが。
今夜泊まって……大丈夫なのか? 私。
「じゃあ、先に行っている」
言うだけ言ったらすっきりしたのか弁当をしっかりと持ち出かける準備をしだした。
素早く私にキスするのを忘れない。
すっかり気も抜けてぼうっとしていたら友達から電話があった。
授業が始まってもこないので心配されたようだ。
のろのろと立ち上がりながらまだ考えている。
夜がくるのが怖い、と。
今までは子供扱いしていた男の子が突然豹変したらどうしたらいいのかな。
困っている女の子はキュートです。