能力#3 【人物操作】 中編
江藤は次の獲物を探しているようだった。つい先頃、響と鉢合わせたが、江藤は何もしなかった。響は鉢合わせた瞬間に逃げ出したが、江藤の能力ならば、逃がさないことも可能だったのではないだろうか。それをしなかったということは、既に標的の目星を付けているのかも知れない。
「よう。アンタ、江藤さんっつったっけ? 随分ご機嫌じゃないか」
曲がり角から現れた日比野に突然声をかけられて、江藤は驚いたようだ。
「若造が。言葉に気をつけろよ。あまり粋がってると長生きできんぞ」
「まぁまぁ、カリカリしなさんな。アンタに尊敬できるところがあったら敬語で喋るよ」
日比野は全く動じていない。しかし、江藤の迫力は相当なものだ。頭で何を考えようと、本能が恐れれば身体もそれに従うはず。
日比野は、多くの場数を踏んでいて、江藤を全く恐れていないということになる。
「ガタイだけで調子に乗るなよ……!」
「別に喧嘩する訳じゃないんだ。そういきり立つなって」
「後悔させてやるぜ。日比野、そこに正座しろや」
日比野がその場に正座した。
「あん? どうなってんだ?」
「日比野君、何してんの?」
日比野が来た方から、斉藤が声をかけた。その声を聞いて、江藤の表情が変わった。
「小僧、命拾いしたな。また今度遊んでやるよ。便所にでも行って来い」
「あ? 俺は別に便所になんか……おい、アンタ何しやがった!」
日比野は顔だけ江藤に向けたまま、廊下の先にある便所へ向かって行った。中に入るのを見届けて、江藤は言った。
「さて、斉藤。俺について来い」
「何で? 私は……ちょっと! 何で勝手に!?」
斉藤はそう言っているが、江藤の後ろについて歩いている。そのまま手近な部屋に入って行った。
相原は、どこに向かっているのかわからない様子で、ただ歩いている。ふと、遠くの方から叫び声が聞こえてきた。どうやら、声は「斉藤」を呼んでいるらしい。相原はその声のする方へと走り出した。
「斉藤! 返事しろ! どこ行ったんだ!」
「日比野さん! どうしたんですか?」
日比野は相原に状況を説明した。江藤の能力で自分が操られたこと、それで場を離れている間に斉藤がいなくなったこと。
「日比野さんは、あの男の言う通りに動いてしまったんですよね? ということは、斉藤さんも……早く見つけないと!」
「だからずっと探してるんだよ! くそっ! 迂闊だった!」
「日比野さん! 今できることをするんです! まだ探していない場所は?」
相原は数分前とは見違えていた。ここへ来た当初、教室でリーダーシップを発揮していた時と同じ輝きが目に宿っている。日比野は手短に答えると、二手に分かれて再び斉藤を探し始めた。
学校全体を探し終え、結局斉藤を見つけることができなかった二人は、再度校内を探し歩いていた。日比野と江藤が鉢合わせた場所まで来ると、廊下の先に斉藤はいた。日比野が入った便所の前、全裸で大の字に四肢を広げ、斉藤は泣きながら立っていた。
相原が走り寄り、服を着せ、斉藤が落ち着いた様子なのを確認すると、日比野もその場に近付いた。斉藤は再び泣き出し、日比野に抱きついた。日比野は黙って、斉藤が落ち着くまで頭を抱いていた。
稲垣は、成瀬を尾行していた。成瀬の話を聞いてから、付かず離れずの距離をずっと保っている。
日が沈み、校内を闇が染め始めると、薄暗い電灯が点いた。普通の学校では考えられないほど暗い。ホテルなどの、最小限に抑えられた明かりくらいだろうか。
「成瀬ちゃん。ここにいたか。探したぜ」
江藤の声だ。それが聞こえると同時に、成瀬は走り出していた。
「成瀬! 止まぐっ!」
江藤が呻きながら転がって行く。成瀬と同時に走り出していた稲垣が体当たりしたようだ。江藤の呻き声を聞いて、成瀬が止まる。
「約束が違うじゃない! 貴方、何やってるのよ!」
「ほう……てめぇは稲垣とか言ったな」
「早く逃げて!」
「おい、稲垣。あの女を取り押さえろ」
即座に稲垣が走り出し、成瀬を押し倒した。
「どうなってるんだ! 成瀬さん! これは俺の意思じゃない!」
「だから言ったのに。もう手遅れよ。貴方の意思じゃないのはわかってる」
成瀬は諦めたように、身体の力を抜いた。それでも稲垣は押さえつけたままだ。
「稲垣。そのままその女を犯せ」
「なっ! 馬鹿なことを言うな! くそっ! やめろぉぉぉぉ!」
成瀬は全く抵抗もせず、稲垣の叫びだけが響き渡る。江藤はただ笑って眺めていた。
斉藤が落ち着いて、日比野と相原も一安心したようだ。言葉をかけようとする相原を日比野が制し、場を沈黙が支配した。やがて、斉藤が口火を切った。
「相原さん。貴女、まだ私達の能力が欲しい?」
「斉藤? いきなり何を言ってるんだ?」
「それは……欲しいですけど、今はそんなこと話してる時じゃ……」
相原が言い淀むのをよそに、斉藤は続けた。
「江藤をどうにかしてくれるなら、私は貴女の話に乗るわ」
日比野は黙っている。相原は考え込み、しばらくして、言った。
「わかりました。江藤をゲームから脱落させてみせます。そうしたら、斉藤さんは私がお願いする能力を得て下さい」
「随分な自信だな。江藤の能力の副作用に心当たりでもあるのか?」
「わかりません。でも、能力者に都合の悪い副作用なのは間違いないと思うんです。何も考えずに使っていれば、必ず綻びが出るはずなんです。だから、今度は私が……」
「またそういうことを。アンタもうちょっと自分を大事にしろよ」
日比野は怒っているような口調で言った。相原はしっかりと日比野を見据え、言葉を返した。
「私は……自分ができることは全力でしておきたい。それが誰かの為になるなら、やらずにいて後悔しそうなら、やらない訳にはいかないんです」
「だからってなぁ! アンタを犠牲にするような方法で斉藤が喜ぶはずがねぇだろう。その気持ちは買うが、方法は考え直せ。アイツは厄介だ。意外と頭も切れる。能力も強力だ」
「ありがとうございます。心配してくれるんですね」
「当たり前だ。俺は今、斉藤から離れる気はない。アンタは止めても行くんだろうが、頭を使え。アンタはその方が得意だろう。江藤以外にも注意する必要があるかも知れないんだ。一人で動くならくれぐれも気をつけろよ」
相原は微笑みを返すと、その場を去って行った。