能力#1 【時間停止】 前編
応接室内で、平松が何もない空間と向き合っている。そこには闇がいるはずだ。
「望むままの能力って言ってたけど、本当にどんな能力でも得られるの?」
「一部例外はあるが、大抵の希望には沿うものだ。人間には欲望があり、能力を用いて何がしたいのか、それを見ることで与える能力も希望通りにできる」
「ってことは、僕が何を考えてるのか、アンタにはわかっちゃうの?」
「強い欲望を持っていれば、わかる。君のは、わかりやすい欲望だな」
平松は一人で喋っているように見え、どこか滑稽にさえ映るが、確かに闇と会話している。
「なら話は早いね。時間を止める能力を……待てよ」
平松は言いかけて言葉を止め、考え込んでいる。
「世界の時間が止まると空気とかも止まって呼吸ができないとか、どこかで聞いたような気がするな。僕以外の人間だけの時間を止めるっていうのはどうかな? できる?」
「当然だ。要は、人間にとっての最低限の生存環境は残したまま、他者を好き放題にしたいということだろう。その程度の能力、望むままに与えよう」
その言葉とともに、闇の気配も消え去った。特に変化は見られないが、平松は望むままの能力を得たということだろうか。
「何も説明してくれなかったけど、どうやって止めるんだ。止まれって言えばいいのかな。時間よ、止まれ!」
子どものごっこ遊びのようにも見えるが、平松は真剣そのものなのだろう。
「そうか、他に誰もいないんじゃわからないな。とりあえず出てみるか」
呟きながら、平松は応接室の扉を開けた。外に出ると、扉は勝手に閉じた。平松が教室全体に向かって呼びかけているが、誰も何も反応しない。本当に時間が止まっているかのように見える。
「まさか、本当に!? はは、冗談じゃないのか。おい、何とか言ってみろよ!」
平松が言いながら、江藤の頬を叩いた。江藤の顔は横を向き、勢いで少し戻った。瞬きすらせず、斜めを向いたまま、言葉も発しない。
「すげぇ! すげぇよ、これ! 僕が神だ! はは、お前ら、バカにしたような目で見てんじゃねぇよ!」
平松は一人で叫びながら、教室にいた男を一人ずつ窓から落としていった。地階でもない高さから無防備に落ちれば、人間がどうなるかなど想像できそうなものだが、平松は何も考えていない様子で、頭から突き落とした。
息も絶え絶えになりながら、平松が振り返る。見ただけでヌルヌルだとわかる顔を袖で拭い、全てを手にしたような笑みを浮かべ、女を順に見やった。
「しまった。動けなければいいだけで、反応はできるようにしてやれば良かったな。まぁ今更か」
平松はぶつぶつ言いながら、女を一列に並べ、順に服を剥いだ。そして、九人の裸の女を前にすると、汗で濡れた服を脱ぎ捨てた。
「やっぱ成瀬ちゃん、可愛いなぁ。チュウでも何でもし放題だよ」
無遠慮に成瀬の身体を弄りながら、顔を舐め回す。当然と言えば当然なのかも知れないが、成瀬が嫌がる素振りはない。ただ平松にされるがまま、腕を上げたり、口を開いたり、乳房を押さえたり、股を開いたりと動かされていた。数分もすると、成瀬の身体は何かを塗ったかのように全身ベトベトで、顔も腕も脚も妙な方向を向いたまま、壊れた人形のようになっていた。
「生身って初めてだけど、やっぱり違うな。触れるってのは興奮するぞ。次は誰にしようかなっと」
平松の視線が朝比奈の前で止まる。
「コイツ……あんなに着飾ってた割には貧相なカラダしてんな。お嬢様みたいなのも現実はこんなもんか」
言いながら乳房を鷲掴みにする。それほど大きくない平松の手で、しっかりと隠れている。
「こっちは可愛いけど、デブはあまり好みじゃないんだよな」
響をちらりと見て、吐き捨てるように呟く。
「やっぱ成瀬ちゃんを最後にとっておけば良かったかな……お」
平松が斉藤に近寄り、舐め回すように全身を見る。
「成瀬ちゃんばかり見てたけど、よく見れば他にも美人がいるじゃん。次はキミにしよう」
平松は、斉藤の整った身体のラインを一通り撫で回し、胸にかかっていたさらさらの黒髪を無造作に跳ね除けた。
「いい形してるね。僕好みだよ」
ちょうど平松の顔の高さにある乳房に吸い付き、斉藤の顔を見上げながらモゴモゴと話す。平松が抱きついているせいか、斉藤の身体は腰の辺りから徐々に曲がり、くの字に反り返っていく。
斉藤の体重を支えきれず、平松が押し倒すような格好で二人は倒れ込んだ。
「おい! ちゃんと立ってろよな、くそっ」
最後は悲鳴に近いような声を上げ、平松は飛び退いた。平松の目線の先で、斉藤の首は人間とは思えない方向に曲がり、成瀬と同じく壊れた人形のようになっていた。
「僕じゃない! 僕のせいじゃない!」
誰も反応しないことさえ忘れているのか、平松が誰かに言い訳をする。そして、慌てて自分の上着を拾って斉藤に投げて被せた。
「逃げなきゃ! とりあえず少しでも遠くへ……」
誰が見ても慌てているとわかる挙動を見せていた平松は、そこまで言うと言葉を切った。いや、言葉を失ったのかも知れない。
窓の外に広がる町並み、遠くに見える山々、そのあちこちから火の手が上がっている。現実離れしている景色が窓の枠に納まり、まるでテレビでも見ているかのようだ。音も無く燃え広がる炎は次々と町を飲み込んでいくが、幸いと言うべきか、学校の周囲は田畑が多く、火の手は迫って来ていない。
平松は顔面蒼白で、その場に座り込んだ。