遊戯開幕 後編
応接室の扉は閉まっている。
「どういうことだ。あの豚が中に入ったままだろう」
江藤は落ち着いている。真野も同意するように頷く。
「そのはずだ。誰か、あのヒトが出てくるところを見たヒトはいるか?」
真野が周囲を見渡すが、首を縦に振る者はいない。
「加納さん、何かありませんか」
「なぜ、突然私に?」
「貴方は状況をよく見ている。俺じゃ気付かないことも気付いているはずです」
「それは買いかぶりです。ただ、恐らく平松さんは生きてはいないでしょう」
加納の言葉に、小さく悲鳴が上がる。それまで会話を遠巻きに見ていた二人の女が、輪の中に入って来た。
落ち着いた感じで礼儀正しい女が、岡田と名乗った。消え入りそうに喋る大人しい女が、瀬戸と名乗った。
「他のヒトも、聞いてくれ。既にゲームが動いているのはわかっているはず。一緒に状況を何とかする為に協力してくれるというヒトは、会話に参加して欲しい」
真野の呼びかけに、成瀬の他、二人の男と一人の女が応じた。
特徴という特徴のない男が吉村、何かに怯えるようにぼそぼそと喋る男が大須賀、相原と似た雰囲気を持ちはきはきと喋る女が熊谷と、それぞれが名乗った。
「日比野さんと、斉藤……さん、だったか。アンタ達は協力してくれないのか?」
「俺はさっき言った通り、ゲームに参加する気がないんだ。悪いな」
「ゲームどうこうじゃなくて、この状況を何とかしたいんだよ」
食い下がる真野に、斉藤も言葉を重ねる。
「私達は、もう答えを出してる。日比野君みたいな、私と同じ考えのヒトがいて安心したよ」
斉藤の言葉を聞いて、相原と加納が反応した。言葉を発したのは相原だ。
「あの、それって、状況を何とかする方法は思いついてるってことですよね。それを教えてはくれないんですか?」
斉藤は少し困った表情を見せたが、日比野が答えた。
「たぶん、アンタらじゃあその方法は使えないんだ。できるなら、方法はすぐに思いつくはずだからな。だから、聞いても仕方ない。もしかしたら、そこの加納ってヒトは気付いてるかも知れんな」
輪の視線が加納に集まる。真野と相原が促すように加納を見たが、加納は何も言わなかった。
最初から輪を外れたままの一人の男と二人の女は、会話に参加する素振りを見せない。
「わかった。とりあえず、みんなで意見を出し合って、情報を整理しよう。加納さん、平松さんについて、考えていることを話してもらえますか」
今度は、真野の問いに加納が答えた。
「平松さんは、得た能力を扱い切れずに、死に至った可能性が高いと思います。恐らくは副作用が関係していると思います。あとは、あまり考えたくはありませんが……」
「19人目……?」
言葉に詰まった加納の代弁をするように、相原が呟いた。
「姿が見えない上に、殺しもできるなんて、反則だろう。そんなのがいたらゲームにならねえよ」
江藤が笑った。その時、ずっと輪の外にいた男が立ち上がった。体格は普通だが、強い意志を感じさせる眼差しで、堂々としているせいか、日比野と似た雰囲気を感じさせる。
真野が声をかけようとすると、朝比奈が前に出た。
「貴方、どこへ行くつもり? ここを出るなら、名前くらい名乗っていくべきじゃないかしら」
「俺はやりたいようにやる。仲良しごっこはどうでもいいが、ゲームルールに絡んでいるから名前だけは教えてやる。俺は神谷だ。じゃあな」
応接室の方へ向かう神谷を遮るように朝比奈が前に出ると、ほとんど一瞬の内に、朝比奈は柱へ押さえつけられた。神谷に掴みかかろうとする真野を、今度は稲垣が止めた。
朝比奈の両腕は頭の上で神谷の左手に押さえられ、身じろぎはしているが抜け出せそうもない。右手で顎を持ち上げ、神谷が顔を近づける。声も出せない朝比奈の耳に口を寄せ、神谷が呟く。
「お前、随分と見栄を張っているようだが、もう少し力を抜け。ここでは暴力がないとでも思っているのか知らんが、殺されないだけで、力の差はあることを忘れるなよ。火傷しない内に、甘え方を覚えることだ。男と張り合うくらいなら利用した方が楽だぜ」
神谷が手を放すと、朝比奈はそのまま座り込んだ。神谷は再び「じゃあな」と小さく残し、応接室へ入って行った。
「最初に入った彼は、中にいないようね」
神谷が集めていた視線は、成瀬の言葉に奪われるようにして集まった。各々がその言葉の意味を考えているのだろう。誰も言葉を続けない様子を見た加納が、口火を切った。
「一つ、いいですか。この輪は長くは続きません。ずっと全員でいることは不可能です。今後も協力をしていくのであれば、決め事が必要でしょう」
真野が続ける。
「俺もそう思う。加納さんはもちろん、他のみんなの意見も貴重だと思うんだ。一人じゃ気付かないことが必ずある。できるだけ一緒にいるべきだ」
「はっ、冗談じゃねえぜ。情報交換ならまだわかるが、ガキでもねえのに監視ごっこでもしようってのか。俺は御免だ」
江藤の言葉に、加納が答える。
「監視は必要ありませんよ。私が見たところ、一番若い方でも20歳を回ったくらい、上は私や平松さんが40歳手前というところでしょう。皆、大人ですから、自分の行動には責任を持てるでしょう。必要なのは、集まって協力できる場です」
「なるほど。じゃあ、もしバラバラで行動していても、何かあったらこの教室に来て、他のヒトを待つってことでどうでしょう?」
相原の案に、輪の大半が頷く。江藤も反対はしない。
その時、応接室の扉が開く音に反応して、視線は再び神谷に集まった。神谷は視線を気にすることもなく、黙って教室を出て行った。
それを合図にするかのように、教室内は動き出した。
江藤が応接室へ入ると、輪の外にいた二人の女が立ち上がり、一人はそのまま教室を出て行った。赤と茶の入り混じった明るい色で、肩にかかる髪が印象的な女だ。もう一人は、輪に入って来て響と名乗った。ぱっちりとした大きな瞳に二重瞼は美人のそれだが、ぽっちゃりとした大き目の丸顔に二重顎は愛嬌を感じさせる。
「本当はもっと早く参加させてもらいたかったんだけど、あの江藤ってヒトはどうも信用できなくて。とりあえず私は、19人目の謎を追うことと、行動範囲の確認をしようと思ってる。何かわかったらここへ来るから、情報交換してくれる?」
「一人でか?」
自己紹介から今後のことまでを続けて話した響に、真野が頷き、稲垣は質問を返した。
「そのつもり。それとも、貴方が用心棒してくれる?」
ふふ、と思わせぶりに笑う響に、稲垣は戸惑った様子を見せる。
「必要なら、な。俺も男だ、気をつける対象なのは変わらんよ」
「ご忠告ありがとう。私は一人でいいわ。その方が落ち着くし、動き易いし。寂しくなったら貴方にお願いするわね。それじゃ」
響は言うだけ言うと、すぐに教室を出て行った。江藤を気にしていたのかも知れない。集団は一旦解散となり、ここから、それぞれの思惑とともにゲームが本格的に動き出すことになるのだろう。




