能力#9 【能力遮断】 前編
教室に満ちた沈黙を破ったのは、応接室が開く音だった。相原と熊谷が小さく悲鳴を上げた。
「アンタ、中にいたのか!」
明るい赤茶色の髪を揺らしながら出て来た女は、真野達を見て即座に走り出した。そして、教室から出ようとしたところで、手を触れる前に扉が開いた。女が止まる。扉の向こうには加納が立っていた。
「挟み撃ち、か」
女が観念したように呟き、腰を下ろした。
「何を言っているんだ? 俺達はアンタと争うつもりはない」
真野が言う。その横で相原が小さく声を上げた。その視線に釣られ、全員が何度も目にしてきた掲示板を見やる。
掲示板
参加者 7/19
脱落者 平松光良 大須賀英輔 江藤祐一 岡田朋子 瀬戸志穂 斉藤敦子 日比野陽介 吉村功 朝比奈京子 稲垣翔 響静香 神谷樹
加納の声が教室に響き渡る。
「今ここにいないのは、成瀬さんと19人目。恐らく、成瀬さんが神谷さんの能力を奪ったのでしょう」
「成瀬さんは、参加者を三人以下にしようとしている……?」
熊谷が誰にともなく問いかけた。加納が答えるように言った。
「脱落理由が不明な方は何人もいます。その内の何人かから能力を奪っていたとしたら、成瀬さんの能力が五つになる可能性もあるでしょう」
「響の能力を奪ったのはアンタだろ。アタシは見たんだ」
ふいに、座っていた女が言い、駆け出した。そのまま加納の横を通り過ぎ、走り去って行った。
「加納さん……本当ですか?」
真野が問う。相原と熊谷も、答えを求めるように加納を見た。
「私が答えたら、それを信じられますか? 答えは否です。私に確認しようとした時点で、私を信じ切ることはできません」
そう言うと、加納は教室を出て行った。三人はどうして良いのかわからないといった様子で、立ち尽くした。
成瀬は廊下で加納と出くわした。加納が声をかけた。
「神谷の能力は、どうだ」
成瀬が足を止めた。
「何か用?」
「手を組まないか」
「呆れた……貴方、真野さん達と協力していたのではないの?」
「奴らは利用していただけだ。人数も絞られた今、無能と組む理由はない」
「今の貴方が本当の姿? どちらにしてもお断りね。私は誰かと組む気はないの」
加納が表情を変えた。
「江藤の能力を奪ったのを見ていた――としたら」
成瀬が身構えた。加納が続ける。
「成瀬の能力の副作用は」
加納の言葉を待たず、成瀬が走り出した。「副作用は」と言う頃にはもう、成瀬の姿は見えなかった。
相原は、思い立ったように言った。
「私、加納さん探してきます」
真野と熊谷は促すことも止めることもできず、その反応を見た相原は微笑んで言った。
「きっと、一緒に戻ってきます」
「……待ってくれ。念の為、さっきの女性がどんな能力だったのか、教えてもらえないか。俺達も、相原さんと加納さんが一緒に戻るのを信じて待つ」
相原は嬉しそうに答えた。
「彼女は何の能力も持っていないみたいです。だから、危害を加えるようなことはできないと思いますし、できれば、協力したいです」
「わかった。ありがとう。ここに来たら誘ってみるよ。相原さん、気をつけてな」
相原は真野の言葉に大きく頷くと、熊谷に拳を向け親指を立てた。熊谷が笑顔になったのを確認すると、走って教室を出た。
夕闇が不気味に学校を包んでいる。日はすぐに沈み、薄暗い電灯が点いた。仄かな明かりの中で、相原は歩を進めている。階を上がると、倒れている加納が見えた。相原はすぐに駆け出した。
「加納さっ……!」
声をかけながら走り寄った相原は、その言葉を切った。しばらく黙って加納を眺めていたが、やがて思い直したように声をかけ始めた。相原が声をかけながら揺さぶると、加納は目覚めた。
「……相原さん?」
「良かった! 加納さん、大丈夫ですか?」
加納は身体を起こすと、相原に微笑みかけた。
「加納さん、ちょっと聞きたいことがあるんです。誰がどこにいるのかを知る能力って、誰の能力ですか?」
「私にはわかりませんが、誰かが使っていたのですか?」
相原は視線を落とした。寂しげな表情で、呟くように言う。
「加納さん。嘘と隠し事はなしで話して下さい。誰かから、その能力を奪っていませんか?」
「やはり相原さんも私を疑っているんですね。信じてもらえなくても構いませんが、私は誰の能力も奪っていません」
相原の目から涙が零れ落ちた。
「信じて……いたのに……」
加納はただ黙っている。相原は、加納の言葉を待っているようだ。そのまま時は過ぎ、やがて加納が立ち上がった。
「相原さん。ヒトを信じるというのは、簡単なことではありません。人間には見えないものが多過ぎる。誰がいつ、どこでどういう理由で何をしたのか。全てを知らずに信じ切るのは無理です」
「私は!」
「貴女がたとえ私を信じていたとしても、私が貴女を信じられなければ、全てを話すとは限りません」
相原の開いたままの口からは、その先の言葉は発せられなかった。
「貴女はまだ若い。ヒトの本質が見抜けないまま、誰でも信じるのは危険です。が、それが貴女の魅力でもあります」
相原は溢れる涙を堪えようとするかのように震えながら、唇を噛んでいる。加納はその様子をしばらく眺め、ふいに表情を緩めると、言った。
「私が貴女についた嘘は、一つだけです。本当は、さっきの能力は知っています」
 




