能力#7 【位置特定】 後編
稲垣は、響に聞いた場所で成瀬を発見した。
「少し、話せないか」
「貴方、そんなに積極的だった? 少し変わったみたいね」
成瀬の言葉に、稲垣は考える素振りを見せた。何かを思い出したのか、稲垣の表情に照れが浮かぶ。それを振り払うようにして、言葉を続けた。
「アンタ、このゲームに何を望んでるんだ。途中から様子が違うだろう。目的が変わったのか?」
今度は稲垣の言葉に、成瀬が驚いたようだ。
「よく気付いたものね。今は何も求めていないの」
「投げやりな態度や、諦めたような表情、アンタが見せるそれを作ったのは何だ。過去に何があったんだ」
「なぜ、そこまで私に固執するの?」
「アンタが気になる。惚れたのかも知れない。とにかく、放っておけないんだ」
言ってから、稲垣は目を逸らした。成瀬は小さく笑うと、ゆっくりと話し始めた。
「私はね。想い人を病で失ったのよ。貴方とよく似ていた。そっくりよ」
稲垣は黙って続きを待った。
「国内で認められていない特殊な薬が必要だと医者に言われ、必死で働いた。彼は働けないし、お互い家族は亡くしているわ。私の稼ぎだけでは当然足りなかった」
成瀬は少し顔を歪めたが、言葉を続けた。
「その内に、医者から仕事を紹介されたの。初めは婦人服のモデル、胡散臭いとは思ったけれど、露出がある訳でもなく、それで薬代が賄えると言われてやっていたの。それが水着、下着と変わっていって、彼の為だと半ば無理やりさせられた」
稲垣も表情を歪める。その先は予想が付いたのだろう。
「ある日、指定の場所へ行ったら、何人もの男がいたの。その中には担当の医者もいた。その日は聞いていた仕事なんてなくて……」
「わかった。もういい、すまなかった」
徐々に声を小さくする成瀬を、稲垣は止めた。
「そこまでしたのに、彼はなぜ亡くなったんだ」
「薬だと言って投与していたものが、ただの栄養剤だったのよ。私が支払ったお金は、全てその医者の私欲に使われていたわ」
稲垣は言葉を失った。成瀬もしばらく黙っていたが、背を向けると「それじゃ」と一言かけた。
「……どこへ行こうとしている?」
成瀬が向かおうとしているのは屋上。それは稲垣もわかっているだろう。道の先に、他の行き先はない。
「もう、疲れたのよ」
「アンタは、このゲームの賞で、彼に会うつもりだったんじゃないのか?」
成瀬は背を向けたまま「そうね」と答えた。
「最初はそのつもりだった。でも、私はもう、彼の前に行くことができない」
稲垣が間髪入れずに「なぜだ」と問い詰めた。
「私は、あまりにも汚れてしまったの。この身体が、私はもう赦せないのよ」
「それは……だが! アンタの気持ちはまだ生きているんじゃないのか!」
「貴方にわかるの!? 死ぬほど辛いのよ! 苦しいのよ! 彼を想えば想うほど、他の男に身体を奪われたことが赦せないのよ!」
稲垣は黙った。不可抗力であろうと、成瀬を傷付けた男の一人なのだから、救う言葉などあるはずもないだろう。
「貴方だけじゃない。江藤にだってそう。もしかしたら、平松という男にも何かされたのかも知れない。考えているだけで死にたくなるのよ!」
「俺にできることは……」
「貴方に何が背負えるって言うの? どれだけの覚悟があったって、もう、どうしようもないのよ!」
「俺の命を懸ける覚悟は、ある」
成瀬が言葉を止める。稲垣は同じ言葉を繰り返した。
「俺の命を懸ける覚悟は、ある。それで何かできることがあるなら、させてくれ」
しばらくの沈黙の後、成瀬が小さく「わかった」と呟いた。
「貴方には一生かけて背負ってもらうことにするわ。それが嫌なら今すぐにここを去って」
「俺にできることがあるなら、したいんだ。頼む。させてくれ」
成瀬は振り返った。涙の後の残る顔を拭いもせず、微笑んだ。
「稲垣さん。私を屋上へ連れて行きなさい」
稲垣が反射的に「は?」と返す。言いながら成瀬の腕を掴むと、引っ張るようにして屋上へ連れて行った。
「おい! どういうことだ! まさか、アンタ」
「私を持ち上げて……淵から放りなさい」
稲垣が片腕で成瀬を持ち上げた。
「ふざけるな! くそっ! 撤回しろ!」
稲垣は叫びながら、屋上の淵へ向かって歩いて行く。
「言ったでしょ。貴方には一生をかけて背負ってもらう。償いなんて、所詮は自己満足なのよ」
「そうはいくか! どうせ背負うなら、アンタの為になる方法でなければ意味がない!」
淵まではもう数歩しかない。
「アンタを死なせたくないんだ! 頼む! 撤回してくれ!」
「無駄よ。この能力は貴方も知っているでしょう」
成瀬が微笑み、目を閉じた。
「成瀬! アンタの能力の副作用は、愛情を忘れてしまうことだ!」
稲垣の姿は言葉と共に消え、成瀬は淵に落下した。
「そんな……何でそこまでするのよ」
成瀬は稲垣に語りかけるように呟く。
「わかっているのよ。あのヒトが私の死を望んでなんかいないって。でも。でも! いないじゃない! 私が辛い時、傍にいないじゃない! 一人で生きるのは辛いの! 貴方もそうよ! どうして……」
最後は言葉の代わりに嗚咽が混じり、成瀬はそのまま泣き崩れた。
相原は教室へ戻った。結局、協力しようとしていた者達は全員脱落した。その責任感からか、表情は暗い。
扉を開けて中に入ると、癖のように視線は前方へ向く。相原は「えっ」と小さく漏らし、言葉を失った。
掲示板
参加者 8/19
脱落者 平松光良 大須賀英輔 江藤祐一 岡田朋子 瀬戸志穂 斉藤敦子 日比野陽介 吉村功 朝比奈京子 稲垣翔 響静香