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壊れかけの絆  作者: リン
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遊戯開幕 前編

 学校の教室を思わせる空間に、複数の男女がいる。制服を着ている者はいない。会話を交わす者もいない。学生には見えず、接点もないように見える集団ができあがっている理由は、彼ら自身もわかっていないようだ。注意深く、辺りを見回している者が多い。

 部屋の背面に当たるであろう部分にはロッカーがある。左側面には大きな窓から校庭のような広場が見え、暖かな陽射しが室内を照らしている。右側面にはやや小さな窓が並ぶ両脇に扉があり、その向こう側には廊下と、複数の蛇口を設けた流しがある。正面には天井付近の中央に円形の時計があり、その下には「掲示板」と書かれた黒板のようなものがある。その左脇には「応接室」という表示の付いた灰色の扉がある。

 机や椅子はなく、授業を行う部屋とはどこか違うようにも見えるが、これは「教室」なのだろう。

 時計が九時を示すと同時に、掲示板に変化が現れた。不揃いの集団の視線も、揃って掲示板に注がれている。


 掲示板

 参加者 19/19

 脱落者 なし


 声を発する者はいない。それぞれの表情には、先ほど以上の警戒心が見える。

「そのまま黙って聞け」

 声のような音……というのだろうか。男でも女でもない、しかし、はっきりと言葉がわかる。まるで頭に直接届いたようでもあるのに、その声は掲示板の前から聞こえた。

 ここでもやはり、騒ぐ者などいない。本来は教卓がある位置辺りに視線が注がれている。誰もいないが、そこに何かがいることがはっきりとわかる。

「私はこれから君達の行く末を握る存在。便宜上、闇とでも名乗っておこう」

「お前の名前なんてどうでもいい。状況を説明しろ」

「もう一度だけ言おう。江藤、黙って聞け」

 江藤と呼ばれた銀髪の男は、それ以上言葉を出さず、その場に座り込んだ。体格は普通だが、ヒトを見下したような目をしている彼が、姿もない闇に威圧されたというのだろうか。

「これから君達にはゲームをしてもらう。遊びだが、状況によっては命に関わるかも知れないし、存在が消えるかも知れない。そうならない為には、本気になることが大切だ」

 もう誰も言葉を挟まない。闇の言葉を、黙って受け止めている。

「では、ルールを説明しよう。まず、ゲームの終了条件は複数ある。その条件の一つが満たされた時点でゲームは終了する。当然、途中での脱落もある訳だが、その条件については後で説明しよう」

 声に出さずに闇の言葉を反芻する者、メモを取る者、ただ聞いている者、態度は様々だが、全員が耳を傾けている。

「君達の行動はほぼ自由。制限として、物理的な暴力行為による直接殺傷と、この学校の敷地外へ出ることは禁止。これを破った場合、私から罰を与えることになる。次に、私からの贈り物として、望むままの能力を各人に一つだけ与える。ゲームが終了するまで脱落しなかった者には賞を出す。これが基本ルールだ」

 基本、ということは、ややこしいルールが付随することが予測される。メモを取り出す者が数人増えた。

「能力を得ることは利点だけではなく、副作用を伴う。と言っても直接心身に異常を起こすものではない。能力に応じて、固有の制限があるというだけだ。そして、その副作用は通知されない。知りたければ色々と試すことが必要かも知れない。また、他者の副作用を見抜いて指摘した場合は、その能力が自分のものになる。ただし、副作用も一緒に、だ。私から与える能力は一人一つまでだが、奪えば複数の能力を持つことが可能だ」

 ほぼ全員が、メモと向かい合っている。ゲームにおいて重要な要素を聞き逃すまいと、真剣なのだろう。

「副作用の指摘については条件があり、【能力の所持者に対して声を出して名指しで】行わなければ成立しない。そして、ここで脱落条件についての話になるが、能力を奪われた者はゲームから脱落する。また、指摘に失敗した場合、つまり、実際の副作用と違う内容で指摘した場合は、指摘に失敗した者が脱落となる」

 どんな物事でも、うまい話ばかりではないということだろう。利便と危険は表裏一体。扱い方を誤れば危険が生じるのは、皆、経験で知っているのかも知れない。闇の言葉が止まっても、ペンを走らせている者が数人いる。

「能力によって他者に影響が出ている最中に能力者が死亡したり、能力を奪われた場合は、その影響が失われる。例えば、何らかの能力によって死者が出た場合でも、その死者が蘇る可能性がある。蘇るというより、死そのものがなかったことになる訳だが」

 死という言葉が軽く発せられてはいるが、幾人かはその言葉に表情を強張らせている。

「私から能力を受け取るには応接室に来る必要がある。応接室に入った者が出ない限り、他の者はあの扉を通ることはできず、内外の声が互いに届くこともない。また、能力を望まない限り、応接室から出ることはできない。無駄に応接室に留まる者は、私が強制排除する」

 闇が言葉を切り間を置くが、言葉を挟む者も、その場を立つ者もいない。

「さて、これで一通りの説明が済んだ。ここで質問を受け付けよう。ただし、一人一つまでだ。江藤は最初の言動を質問と見なし、その権利は与えない。他に質問がある者は挙手するように」

 闇の言葉が終わると、教室の隅でロッカーに背を預けていた男が手を挙げた。190cmほどの長身で堂々としているせいか、一際大きく見える。

 闇はその男を日比野と呼び、質問を促した。周囲の視線も、自然と日比野に集まる。

「ゲームから脱落したらどうなる?」

「それは言えない。日常に戻るかも知れないし、地獄に落ちるかも知れない」

「……なるほど」

 日比野は何かを理解したという風に、それ以上の追及をする素振りを見せない。その様子を見て、服や鞄の派手な装飾が目を引く女が手を挙げた。

 朝比奈と呼ばれた女は小さく咳払いをすると、全員を見るように視線を走らせながら、話し始めた。

「賞についての説明がないわ。聞いていると、随分と物騒な話のようだし、相応の賞を頂かないと割に合わないのではないかしら。皆さんもそう思うでしょう」

「それは質問か」

「う、賞とは一体何なのかしら!」

「ここで得た能力をそのまま与える。更に、副作用を取り除く。十分な賞だろう」

 朝比奈は答えず、座ることを意思表示とした様だ。

 しばらくの間を置いて挙手をした女は、多くの男を虜にするであろう容姿を持っていた。端正な顔立ちに、服越しでもわかる体の線。男にとっての、女にとっての、どちらの意味でも憧れに値すると思わせる。こういう女が美女と呼ばれるのだろう。

 成瀬と呼ばれたその女は、名を呼ばれる前から注目を集めていた。

「仮に、何も能力を得ないまま、脱落もしないでゲームが終了した場合は、賞がないの?」

「良い質問だ。賞は必ずある。応接室に入らずにゲーム終了を迎えた場合は、賞として望みを一つ叶える」

「……ありがとう」

 成瀬は闇の言葉を受けて、何かをメモしている。

 さらに少しの間が空き、一人の女が何かに気付いたように掲示板と教室をきょろきょろと見回し始めた。ショートヘアにも関わらず揺れているのがわかるほど首を振り、やがて、手を挙げた。小柄で可愛らしい雰囲気とは裏腹に、はっきりとしたハスキーな声と共に。

 相原と呼ばれたその女は、はっきりと返事をしてから質問を始めた。

「あの、闇さんはゲームに参加するんですか? 私たち、18人しかいないんですけど。違うなら、あと一人はどこに行っちゃったんですか?」

「質問は一人一つだと言ったはずだ。私はゲームの参加者ではない。参加者は全員ここにいるはずだ。答えるのはそこまでだ」

 相原が何かを考え込むのを、幾人かが驚いたように見ている。人数など気にしていなかった者が、相原の質問によって違和感に気付かされたということだろう。

 沈黙が数分続いただろうか。闇が質問を打ち切ろうとすると、ところどころが汚れている作業着の男が手を挙げた。身長は日比野に及ばないが180cmほどはあり、その体つきには筋骨隆々という言葉がよく似合う。

 稲垣と呼ばれたその男は、低いがよく通る声で話し、小さくても周囲が聞き入る質を備えていた。

「ここには生活用品や食料はないのか? どれくらい拘束されるのかわからない。俺はまだ良いとしても、半分は女性だ。このゲームの為に準備した荷物でもないんだ。手荷物じゃ困ることだってあるだろう。そういうことに関してはどうなっている?」

「あるのかないのかを答えるならば、ない。だが、それでゲームに支障が出るのはつまらない。措置として、必要に応じて私が用意する。全ては私の判断だ。予備など用意はしない。本人が望み、ゲーム性を損ねない為に必要だと判断したもののみを、その場で用意しよう」

「わかった。方法があるならそれでいい」

 稲垣が質問を終えると、闇は消えた。元々何も見えなかったが、その位置から何かがいなくなったことがはっきりとわかる。そういう存在なのだと割り切るしかないのかも知れない。確証はなくとも、このゲームにおいては絶対的な存在である可能性が高い。

 教室に取り残された男女達は、どうするべきなのかを思案しているように見えた。沈黙を破ったのは、青の縁取りが目立つ伊達眼鏡をかけた、少し気取った感じの男だった。

「みんなに少し相談がある。俺は真野英二。ゲームというより、この状況を何とかする為に協力しないか?」

 それぞれが顔を見合わせ、出方を伺っている。しばらくして、相原が動いた。

「真野さんの意見は良いと思うんです。でも、多分、私たちってみんな他人ですよね。訳もわからずにこんな状況に放り出されて、たまたまそこにいたヒトを信用するっていうのは難しいです。私は、真野さんを信じて、協力もしたいですけど。みんなも思ってることを言ってもらえると、少しは分かり合えると思うんですけど、どうでしょう」

「下らん。口だけで分かり合うことなどできんぞ」

 江藤が苛々しながら口を挟んだ。相原は少し困ったような表情を見せ、辺りを見回した。偶然、目が合った相手を見つけたようだ。

「日比野さん、どう思います?」

「ん、俺はゲームに参加するつもりはないんだ。アンタらの邪魔をするつもりもないから、好きなようにやってくれよ」

 日比野の言葉を聞いて、すらっとしたモデルのような女が近付いた。長くて綺麗な黒髪が、窓から入る風になびいている。成瀬とはまた違ったタイプの美女と言えるかも知れない。

 斉藤と名乗ったその女は、日比野と何かを話しているようだが、その内容は聞こえない。

「悪いけど、僕は先に行かせてもらうよ」

 そう言って応接室へ向かおうとした男を、真野が止めた。

「少し考えた方がいいんじゃないか。副作用のこともあるんだ。自己紹介くらいしてからでもいいだろう」

「余計なお世話だよ。僕は平松。満足したかい? じゃ、行くよ」

 平松と名乗った男は、光を反射する顔を袖で擦りながら、重そうな体を揺らして応接室へ入って行った。

「ちょうどいい。どれだけの能力を得られて、どんな副作用が出るのか、あいつで確認すればいいじゃねえか」

 江藤の言葉に反応して、稲垣が睨み付けた。真野がその雰囲気を治める言葉を探しているようだったが、真野が動く前に、それまで黙っていた男が口を開いた。

「ちょっと良いですか。私は加納といいます。先ほどの平松さん、彼がもし、私たちを敵として見ていたとしたらどうします?」

 加納と名乗った男は、すらっとした長身ではあるが姿勢が悪く、無彩色の服装で統一され、冴えない感じに見えるものの、どこか揺るぎない自信を兼ね備えた雰囲気を纏っていた。

「あんな豚みたいな野郎は、ちょっと脅せば大人しくなるだろうが」

 江藤に掴みかかりそうだった稲垣を真野が止めた。

「稲垣さん、落ち着いて下さい。江藤さんも、もう少し考えるべきです。暴力行為は」

「禁止行為。どんな罰が待っているのかしらね」

 加納の言葉を遮って、朝比奈が割って入った。その言葉にか、不敵な笑みにか、江藤はあからさまな舌打ちを返した。

「朝比奈さんの言う通りです。そもそも、平松さんは何か能力を備えてくるはずです。腕力だけでねじ伏せるようなことは難しいでしょう」

「あの! あれ、見て下さい!」

 相原が声を上げた。会話に参加していなかった者も、日比野と斉藤も、全員の視線が掲示板に注がれる。


 掲示板

 参加者 18/19

 脱落者 平松光良

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