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メイちゃんは自分の大切なものを踏み躙った人達をボコボコのボコにする 1

「お姉ちゃん、人殺しなの?」


 4日目の朝、少しずつ親しくなっていた、同じミノタウロスの女の子に、メイはそう聞かれた。

 メイは、答えるのに詰まって、その最中に女の子の顔はみるみる青褪めていく。

 そして、あのダンジョンと似たような場所で働いているだけだよ、と言おうとした時には、もう女の子は踵を返して逃げるように全力で走り去っていた。

 メイは、追いかける事もせず、ただ立ち尽くすしか出来なかったが。

 暫くそのまま、呼吸を落ち着けると、ただ一言。


「…………ムカつくなあ」


 メイは街の中央に聳え立つダンジョンを睨みつけた。


*


 街のダンジョンは、言ってしまえば初心者向けだ。

 道中で死んだところで確実な蘇生が約束されている。というのも、どうにも中に入るタイミングで作られた仮の肉体に、意識を移すような形にされるのだとか。

 そして、そのダンジョンを踏破したパーティが、意気揚々と西の……メイやジュアンが務めているダンジョンに挑んで、メイやらに蹴散らされて時に犠牲者を出して帰っていく。

 メイはそんな事もこの街に来て初めて知ったが、正直なところ、そんな安全なダンジョンの事を侮蔑する気持ちは抑えられなかった。

 逆恨みなのか何なのか知らないが、ただ果物を砕いたり、武器屋を訪れて試し斬り用の鎧を原型を留めない程に壊したり、直接睨みつけたりでは、その嫌がらせは止まらないらしい。

 そして……この街のダンジョンは、挑戦者も敵として務める事も気軽に出来るらしい。

 だから、メイは衛兵の一人を呼びつけた。


「ダンジョンに挑ませて」

「も、申し訳ありません。予約は常に数十日分埋まってまして……」

「3日後。金を出せばどいてくれるパーティを探して」


 そう言って、メイは持ってきた大量の金貨をじゃらじゃらと衛兵の前に惜しげもなく転がした。

 ただの衛兵の年収にも値しそうな程に積み上げられる、輝く金貨。


「余った金はそっちのものにしていい。だから、絶対に3日後に私を捩じ込んで。そして、西のダンジョンの14層のボスが挑むって、大々的に宣伝して。

 私に嫌がらせをしてきた輩が全員出て来ざるを得ないように」


 声色そのものはミノタウロスの女の、そう恐ろしくないものだった。

 けれども、このミノタウロスの倍近くは生きているであろう、訓練も欠かさず続けているはずの衛兵の鎧の下は、汗が滝のように流れ、床にまで垂れようとしている。鳥肌が立ち、体が震えるのを抑えられない。

 声には殺意がこれでもかと乗せられていた。

 握り締められた拳。数枚握られていた金貨が潰れて、まるで柔らかい果物が隙間から漏れ出してくるように、金貨だったものがはみ出してきている。

 細く長く、鼻から出入りする呼吸は衛兵にまで確と届いていた。それと共にゆっくりと上下する肩は、怒りを示すように怒張していた。

 その目も、冷静を装いつつも、自分の要望が応えられなかった時の事など何も考えていないような危うさに溢れていた。


「かっ、かっ、必ずっ、そ、そのように致しまづっ」


 舌を盛大に噛みながらも、衛兵はそう言って、数多の金貨を受け取って逃げるように走り去っていった。




 それから。

 メイは武器を手にして、武器屋に併設されていた鍛錬所を貸切り、閉じ篭った。ありったけの鎧を買い漁りそれを真っ二つどころか幾つもの破片にまでバラバラにし、時に穴だらけにし、時に純粋な腕力で固められていた。

 食べる飯の量も何倍にも増えた。閉じ篭って2日目からは、飯を売る人達の方が武器屋に駆け付けるようになった。

 そして、衛兵達も大慌てだった。

 西のダンジョンを踏破したパーティは、長い年月の間でも数える程しかいない。

 踏破出来たならば、その磨いてきた武芸で華々しく生きる事が出来ると約束されたと言っても良い。

 死亡時の保険もないそのダンジョンの上層に務めるミノタウロスを怒らせた。

 もし、あのミノタウロスの怒りが爆発してしまっていたならば、爆発させた人達はとうにこの世に居ないだろう。きっと蘇生出来ない状態にまで、ぐちゃぐちゃにされた上で一人一人殺されていっただろう。

 だから。

 メイに付き纏っていたような人達は残らず突き止められた。そもそも西のダンジョンに挑む人の数もそう多くなかったから、簡単に。

 そして強制的に、メイとダンジョンの中で戦わされる事も決まっていった。


*


 3日後。

 メイとジュアンが街に来て7日目。

 十分に睡眠と栄養を摂り。武器も防具も整えたメイは、抱えた怒りをどこかに置いてきたかのようにゆったりとした足取りで街の中央へと、ダンジョンへと歩いていく。

 隣に歩くジュアンが聞く。


「本当に、私も着いていかなくて大丈夫なの?」

「うん。罠も含めて蹴散らす。そう決めたの」


 メイは並外れた戦士としての素質と同時に、僧侶の素質も併せ持っている。しかし、盗賊や魔術師の素質まで持っている訳ではない。

 勘が鋭くても罠を事前に感知出来る訳でもなければ、大気に流れる、はたまた自分の中を巡るマナの流れを活用出来る訳でもない。

 それ故にか、手斧と共に携えている手荷物には、毒消しや封印解除、僧侶としての能力をより長く発揮出来る為の回復薬が詰められていた。

 道の中央を堂々と歩くメイの事を知らない者は、最早居ない。

 それどころか、メイがダンジョンに挑む理由までもが須くとしてか周知されていた。


「……」


 それでも正直、ジュアンは不安を隠せない。メイは、2年の間フロアボスとして強い人達と戦ってきたとはいえ、それは罠の位置までの勝手を知っている場所という、有利な場所でしかない。

 だから、未開の場所を切り開いていくような経験はないはずだ。

 そんな道中。

 歩くメイに対して、ミノタウロスの女の子が走ってきた。メイを人殺しだと教わった、そのメイの腰元にも及ばない背丈の子供。


「ご、ごめんなさいっ! 私、色々あれから教えて貰って……」


 いきなり頭を下げるその女の子に、メイは膝を着いて言った。


「……良いの。仕事だとはいえ、殺してきたのは事実だから。

 でもね。

 私が許せないのはそこじゃないの。

 私を殺すつもりでやってきた人達が、私に殺された後。生き返ってこういう、血生臭い事とは無縁な場所で嫌がらせをしてくるのが、許せないの。

 私に殺されたのは大半が男なのにね、随分とみみっちくて、怖がりで、しょうもないでしょ?」

「う、うん?」


 メイは内に秘めた怒りを抑えるように一度深呼吸してから。


「これだけは覚えておいて。

 自分が大切にしているものにずけずけと踏み入って荒らしてくる奴等を、そのまま帰してはいけないの。

 二度と、私には逆らわない。そう体に刻み込むくらい、ボコボコのボコにしなきゃいけないの。

 私は、これからそれをしにいくの」

「……うん、わかった」

「じゃあね。女だからって、弱いよりは強い方がいいんだから」


 そう言って、立ち上がろうとしたメイに。


「あ、待って! これ、あげる! 役に立つかもだから!」

「……ありがとうね。とても嬉しい」


 それは、先日メイが身につけていた花の輪と同じ花を象った腕輪。

 装飾として香油が詰められたような硝子の球が幾つも嵌められていた。

 効果はメイから見ても強く感じられた。あの呪いの指輪の効果を相殺出来る程の。

 それを早速身につけると、今度こそ立ち上がって。


「じゃあ、私、これから頑張ってくるね」

「……頑張って! 応援してるから!! 絶対ゴールしてね!!」

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