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メイさんは嵐が苦手

 数日も歩き通せば、繁華と閑散がはっきりとしてきた。

 要するに人が集まって暮らす場所と、そうでない場所がはっきりとしてきた。その間の土地には暫く耕作されていないような、はたまた畑にするには適さないような荒地や、野良の魔獣や盗賊やらが住んでいてもおかしくない深い森が見えるようになり、それでも街道は整備を欠かされていないようにしっかりと平坦を保たれている。

 多分、そういう者が森の中に潜んでいるとしても、きっと大した事はないだろう。大きい顔をした時点で、この道を保ち続けている大きな力に等しく均される事は想像に容易い。


 ……まあ、居たとしても、メイさんに悪い事を仕掛けようとするような人は、居ないだろうけれど。

 ユーリさんには遠く及ばないとしても、見ただけで魂の質(レベル)の高さが分かるような、その境地にメイさんは出会った時からもう達していたから。


 ウトは腕組みをしながら悩む。


 普通ではなくなる。普通のワータイガーではなくなる。

 それを目標にするなら、まあ結局魂の質(レベル)を上げていくのが一番良いんだろう。クズにも異常性癖にも先祖返りにもなれるもんじゃないし……とりわけ前2つは別になりたくもねえし。

 その為には、結局……ダンジョンに挑み続けるとかより、メイさんと旅をしてメイさんが色々巻き込まれるのにしがみ付いていく方が良いような気もしている。

 ……なりたいもの。

 ダンジョンのフロアボスになって高級取りになりたいだとか、メイさんやユーリさんをも超えたいだとか、そんな一生を掛けても叶えたいような大それた夢までは持てていないけれど。

 次にダンジョンに挑むまでに、旅に出た当初のメイさんに追い付く事。

 そうして、普通じゃなくなる事。また、もし災厄に巻き込まれたとして、真っ先にメイさんに心配されなくなる事。

 本当に夢なんてものじゃないけれど、まあ、そこまで行けたらそれなりに嬉しいだろうし、ついでにそこから新しい景色が広がっている、とも思いたい。


「……そんな考えしてるのも普通だよな……」

「?」


*


 海から来るにしても湿気ていて生温かく強い風や、どんよりとした雲が空を覆い始めたかと思えば、嵐が来た。

 南の国境と都市を繋ぐ街道沿いの宿だから、そんな嵐程度で崩れる程軟い作りはしていなくとも、随分と激しく雨風が宿を叩きつけてくる。

 それに一番落ち着きをなくしているのは意外にもメイだった。


「この規模ではないにせよさ、街でも嵐は稀に来てたし、歩いて5日くらいなら西のダンジョンでも嵐が届いていた事もあるんじゃないか?」

「だって、ダンジョンだもの。中に入ってたらこんなガタガタと建物も揺れたりしないし……」


 どかん! と何かが派手に壁にぶつかった音がして、メイは少し体を跳ねさせる。

 そわそわとして、耳がピクピクとしたり、両手を無意味に動かしたり。

 都市の人混みで萎縮していたのと同じ以上に、その巨体が小さく見えた。


「これもその内慣れるものなの?」

「小さい頃に、高台に避難して荒れ狂う海を見たりとか、そういう事もしたもんだからなあ。

 でも、その時飛んできた大きい枝にぶつかって誰か死んでたっけ……。蘇生は成功したけど、あれにはビビった」

「私も、生まれ故郷の山脈の高いところまで登れば、すっごい吹雪が何日も吹き付けるとかあるし。

 そういうところに何故か登っていく物好きも結構多いし。

 加えて雷がどかんどかん落ちる事もあるし、毛皮の多いガラドンでもすぐに凍てついちゃうくらいの寒さもあるし。

 そういうのに比べればとても長閑だね」


 ディッツェはもう言葉に固さも消えていた。いつの間にかウトよりも緩い言葉遣いになっている。


「……私の住んでたところは、そんな高い山じゃなかったからなあ。

 雷は慣れてても、この叩きつけるような風と雨は、ちょっと、つらい」


 ガタガタと音を立てるガラスの窓枠。外側に立て付けられた補強にも時々物がぶつかってくる。

 それがなければもう、ガラスは砕けて容赦なく雨風も入り込んでいるだろう。

 外の光景も見えるが、木々の枝がぐわんぐわんと揺れていて、良くも折れないものだと感心すると同時にやはりそわそわしてしまう。


「まあ、エロクーも厩舎で結構落ち着きをなくしてるよ。あっちはここより激しく外の音が聞こえてくるし。

 あいつも、街でも寝起きしていた場所は頑丈なダンジョンの中だったりしたのかね。

 だから、そろそろ戻るよ」

「意外とお人好しなんですね?」

「長男はどいつもこいつもそんなもんじゃねえの?」

「なるほど、かもですね」

「ねえ、戻る前に一つ聞いて良い?」


 メイは、ダンジョンの異変の後でも見ないような、疲れた顔をしていた。

 声もどこか縋るよう。


「……なんだ?」

「この嵐って、いつ頃止むか分かる?」

「……少なくとも、山の上みたいに何日も続くなんて事はないよ。多分、明日にはすっかり晴れてる」

「……分かった」


 それでも長過ぎるというような、大きな溜息。


*


*


 ウトの言った通りに、翌日になれば嵐はすっかり過ぎ去っていた。

 窓を開けば、じめっとした生温い空気が出迎える。そして、荒れ果てた外模様。

 千切れた葉どころか、折れた枝や外に置いていたような壺の破片やら家の屋根だったものやら、とにかく色んなものがびしょ濡れで散乱している。


「うわあ……」


 余り良く眠れないまま寝ぼけ眼で外を見てみれば、思わず声を上げる。


「都市だと集められていたはずの生ゴミが散乱していたりするし、その中には肉やらも多いから、さっさとゴミを集めても、とりわけ夏だとすぐに臭くなっちゃって。

 浄化の魔法が使える僧侶は、ダンジョン勤めの小兄ちゃんであっても駆り出されたり、それ専用の魔道具も色々開発されて使ってたりするんだ」

「人が一箇所に集まって暮らしていると大変な事も多いんだね……」

「その分楽しい事も多いけど、やっぱりメイさんにとっては窮屈の方が強い?」

「うん、とっても窮屈だった」


 目を細めて、本当に嫌な事を思い出すような顔をしている、メイさんの横顔。

 寝不足もあってか、かなり酷い顔をしている。


 ……多分、私の歳の頃にはまだミノタウロスだけのド田舎に住んでいただろうし。

 私の住んでいたところがもっと山の奥地で、ガラドンしか居なくて、外の世界の事なんて殆ど入ってこなくて……ってなってたら。

 大兄ちゃんみたいに先祖帰りでもない私は、メイさんみたいに拾われる事もなくて。

 田舎の偏見にどっぷり肩まで浸かって小さいにも程がある偏見塗れな幸せが最大だと信じて、私のこの欲望が芽生える事もなく死ぬまで生きていったんだろうな。

 そして、何が不満かも分からないまま鬱憤が溜まって、毎日こんな顔をしている気がする。


「……私、そんな酷い顔してる?」


 疲れている声。


「いや、私は食べられたがりを自覚出来て良かったなあって」

「…………????」

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