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メイさんは初めて海を見る

 それから30日程経った後。

 ようやく港町に着いた。


 どうせだからと、山で呼吸をきちんと体に還元出来るようになるまで鍛えていたら、そんな日数が経っていた。

 そして数日前から風に乗って届いてきていた潮の匂いがより濃く鼻に届き、べたべたとしたような潮風が体を撫でる。

 それから水揚げされた魚の、地べたに落ちた僅かなそれから嫌な匂いが強調されて時々届いてくる。

 また、様々な種族が行き交っているが、やはり漁業を主にしているからか、ミノタウロスのような草食寄りの獣人は街よりもかなり少なく、リザードマンやサハギンといった、水に親しい獣人やら魚人をよく見かける。

 身なりにも錆びやすい金属は少なく、その体にも潮の匂いが染み付いている。

 空にはワイバーンやグリフォンも飛んでいた。新鮮な魚を内陸まで届けていくのだろう。


 ……そういえば、サブマスターとかが海の魚を食べたくなったとか言って時々取り寄せていたっけ。


「何度も言うけど、ガラの悪い奴も結構居るから、一応な、一応気をつけろよ」


 ウトはそう言うと、まずは挨拶にと走り去っていった。


「ええっと、紹介された宿屋は……」


 事前にもらった、ウトが書いた簡単な地図を開く。


「ウトの走り去った方と一緒だ」


*


 歩いていくと、波の音が聞こえてきた。

 川の流れとは異なって断続的に強く響いてくる、強い水飛沫の音。

 メイは海を知ってはいるものの、見た事はなかった。


「ちょっと緊張しているかも」

「初々しいんだな」

「……」

「……すまん」


 メイがムカついた事を察してエロクーが謝る。

 とりわけ、エロクーよりも一足先に呼吸を肉体に還元出来るようになって、元からおかしかった威力のパンチや鉄球投げが更に凄い事になってからは、そういう僅かな怒気にも反応するようになっていた。


 ……それもそれで鬱陶しいんだけど。


 まだそれを細やかな足捌きに活かしたりまでは出来ないから、元から十分だった攻撃力が更に底上げされて、肉体の強度が少し上がったくらいではあるのだが。

 それに、肉をたっぷりと食べて満腹になったウトは、程なくして肉体が魂の質(レベル)と呼応した状態を再現してみせた。

 あれには格闘家としてのメイは何も攻撃を当てられないし、斧槍を持ったとしても苦戦するだろうと確信する程の疾さ。下手したら首を掻っ切られてもおかしくないとも思えた。

 ああなれれば、薬を使う必要なんてきっとなくなる。

 いや、ああなった上で薬まで使ったら、サブマスターにも届くかもしれない……のは、それでもないか。

 そもそも、サブマスターの全力は見た事もない。


「まだまだだなあ」


 ふと呟いた独り言に、エロクーが変な顔をしている事までは気付かなかった。




 そして、海が見える場所まで歩いて着けば。


「…………」

「…………」


 メイもエロクーも暫く黙っていた。この星は、地面より水面の方が比率としては大きいらしい。正直それは今まで信じる事が出来なかったが、水平線の先に船が小さく漂っているのを見ると、それも信じられた。

 波打ち際では子供が親に見守られながら、水を掛け合って遊んでいた。漁港へと帰ってくる船には魚が大量に積み上げられている。

 そんな漁港の方に目を向けていると。


「物を冷やせる魔法を使える奴等が漁港に沢山居るな。ここからでも分かる程にマナが揺らいでいる」

「エロクーは使えるの?」

「得意な炎よりは効率が悪いが。あそこで働ける程ではないな」


 そう言って、軽く冷たい風を流してみせた。


「僧侶の素質があるなら、魔術師も努力すれば多少は出来るようになると聞いてるけど。

 私はそっちもその内学んだ方が良いのかなあ。何時間も座りっぱなしで理論を学ぶとか、好きじゃないんだけど」

「……格闘家も僧侶も成熟した後で良いのではないか?」

「それ、本音?」

「…………簡単な魔法の中に、眠らせたりだとか、視界を遮るだとか、精神を惑わせるだとか、そんなものがあるのが悪い」

「それだけでも覚える価値はあるって事ね。

 でも、私が戦うのって大体パーティ単位だから、相手にも僧侶は基本居るし、防がれるかなー……」


 そんな、海をぼうっと見ているメイとエロクーの背後。

 メイが腰に付けている、金貨の大量に詰まった財布に目を付けた人は。

 そのメイの片手がエロクーの背中の荷物に伸びたかと思えば、手斧が取り出されたのを見てそくささと逃げ去っていった。


「私の財布を狙ってきた人、もう5人は居るよ」

「金持ちの匂いでもあるのではないか?」

「んー……装備はかなり上等だと思うけど、それも今は外してるんだけどなあ。

 身なりも普通だよね?」

「ワタシには分からないが。ただ、偉い人ほどゴチャゴチャしててキラキラしているが、メイはそうではないな」

「まあ、そうだね。後でウトにも聞いてみるかな」

「そうすると良い。

 ……そろそろ宿に行かないか?」

「うん」


 体力はとにかくあるとしても、長旅を続けてきたのもあって、ここでも数日はゆっくりしたい気持ちだった。


*


 ウトが紹介した宿は、グリフォンであるエロクーが泊まる事も出来つつ、比較的安価だった。

 陸と空問わず輸送の仕事をしている魔獣達と、その騎手を泊めておく場所でもあるらしい。

 ただ、騎手というのは基本体重の軽い人族がやるものであって、グリフォンを連れているだけのミノタウロスを泊めるなどという事は初めてのようだったので、そんな重い人族用のベッドやらの準備が長引いていたようだった。


「んー……」


 奮発して、相部屋ではない個室。荷物を全部下ろして、大きく背伸び。


 ……ワタシと戦った時より更に引き締まった、か?


 ほぼ全裸になっているメイの肉体を見て、エロクーはそう思う。

 元から呼吸を制限して訓練していたところもあったからか、格闘家としての呼吸の基礎的な部分は簡単に掴んでしまったメイ。

 グリフォンであるエロクーからしたら、別にミノタウロスの女に欲情しないが、それはそれとしてキラキラとしたものに抱くような美しさの感情を覚えるくらいに整っている……別に鍛えた雄のミノタウロスみたいなはちきれんばかりの筋肉を持ち併せている訳でもないのに、今やそのパンチは細くはない木を貫通する程。


 ちょっとズル賢いだけのワタシとは、やはり違う……愛されていると言って良い素質。


 そしてメイには追いつけなくても良いと思っている自分が居る事に気付いた。

 そしてそれ以上に、こんなメイがどこまで高みに行くのかが気になる事にも。


 ……まあ、荷物持ちとしての価値くらいはきちんと保てるくらいに弁えておこうか。

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