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メイさんは俺を殴るかもしれない

 迷いなく道なき道を掻き分けて山の中を突き進んでいくメイをウトは必死に追いかける。

 歩き方も慣れているように、毒蛇やらを自然と警戒してずんずんと。

 時々、生えているキノコや木の実を見つけると、匂いや見た目を確認してから口に入れていた。


「メイさんって、こう言うような場所でっ、生まれ育ったのか?」

「うん。山の中とかを駆け回ってたよ」

「そ、それで、エロクーより先に悪魔を見つけっ、られる、のか?」

「エロクーは大気のマナの歪みを感じ取ってるんだと思うけれど、私はそんなのは読み取れてなくて。

 でも、それ以上に変なのが居るって分かってる感じ。本来そこに居るべきでない者に対する嫌悪感って言った方が近いかな。

 ……正直ね、この体質はヴァンパイアとかにも効いちゃうから、最初は慣れるのにも苦労したんだけど」

「ああ、一緒に居たな」

「ヴァンパイアだろうと良い人は居るし、それは悪魔にとっても同じかもしれないけれど。

 でも、やっぱり悪魔は基本殺すべきって程に、基本的な性質は悪いみたい」

「絶滅させられたゴブリンみたいに?」

「そういう事。

 それで話を戻すけど、大気のマナの歪みを感じ取ってるだけのエロクーよりは、私が抱いている嫌悪感の方がはっきりしてるだろうから、崖を越えたりする必要がなかったら、私達の方が先に見つけられると思うよ」

「俺は、それまで必死に付いていきますよ。結局それしか出来なさそうだし」


*


 呼吸以外に鍛錬する方法?

 まあ、気を練る事だな。言い換えれば、体内に色濃く溜め込んだ空気を一気に放出させる為の準備をする為に、全身の筋肉にそれを還元させる事って言えば良いか。

 そうして一定以上に気を溜める事が出来れば、それは魂の質(レベル)とも呼応する。すれば体から蒸気が出る程に活性化させて、素で刃も通さず、鎧を貫ける殴打を繰り出す事が出来るし、傷を受けても軽いものなら一瞬で塞がる。

 俺は……なんだったんだろうなあ、一度だけその境地に達した事があるんだよ。

 結構近い日の事なんだけど、その日も同じように鍛錬してたら、なんか妙に体が軽くてな。気を溜めてみたら、そうなった。

 全ての技のキレが倍以上になって、多分あの時だったら斧槍を持ったメイさんの連撃にも対応して反撃まで叩き込めていた。

 ただ、あの時以後、それを引き出せた事は一度もないんだけどな。

 今思えば……あの時は、心身ともに充足していたとか言うヤツで、そういう何か俺の中の全てが釣り合っていたんだろうな。

 ……え? 美味い飯? あー……メイさんが毎日のように鱈腹食ってたの、羨ましかったんだよな。俺、貧乏だからさ。大したもん食ってなかったし。

 そうだな、悪魔狩り終わったら、何か狩って腹一杯になるまで食ってみるか。あ、でも俺あんまり狩りとかした事なくてさ。漁ならやってたけど。

 取り敢えず勝てば、エロクーに何か狩って来て貰えるかな。


 私の事? 答えたくない事以外なら。

 ……それはヤだ。私だって死ぬのは嫌なんだから、あんまり良い思い出じゃない。その後、反省して同じ相手が来たら今度は勝てるようにしようとかは、きちんとやってるけど。そういう事は、ウトのおかげで私がもうちょっと格闘家として色々出来るようになったら少しは喋っても良いかな。

 ……日常? 別にそんな大した毎日じゃないよ。そもそもこっちはダンジョンに人が来ない日の方が多いし。

 そういう日は、鍛錬もきちんとするけど、武器や防具の手入れとか、罠の点検とか。

 鍛錬? ダンジョンの1階から屋上までをひたすら登ったり。ヴァンパイアの分身をひたすらに切り捨てたり、害獣駆除に乗り出したり。……うん、エロクーは相当な害獣だね。サブマスターに一歩でも間違えた対応をしてたら、切り捨てられて、みんなのご飯になってたと思う。

 後は……ちょっと思うのは、私ね、死んでも確実に生き返られるダンジョンがあるだなんて、街に来て初めて知ったんだけど、多分そういう事は意図的に隠してたんだろうなあ、って。そういう事を知らなかったからこそ、半年でここまで強くなれたのかなっては思ってる。

 ウトはダンジョンに挑む度に最終的には死んでた? ……やっぱり、途中で出られる転移陣はあったんだ。それは見やすい場所にあったりする?

 …………ふーん……。いや、ぶん殴りたい人が増えただけ。多分殴れないのが残念だけど。




 そんな雑談をしつつ。

 獣道を横断する事がある程度で、目印など他に何一つもない山の中を歩いて、歩いて。

 日も高く登ってくる頃に、メイが立ち止まった。


「そろそろ近付いて来てる気がする」

「エロクーは……まだ近くに居ない?」

「どうだろ。もしかしたら私達をひっそり尾行して、大体の場所が掴めたら美味しいところだけ持っていく、みたいな事も考えてるかも」


 そう言いつつ、メイがウトの方を振り向いた。


「襲い掛かってきてもおかしくないから、属性付与しておくね。手を出して」

「あ、ああ」


 メイの大きな手が、爪を丸めたウトの両手をすっぽりと包む。


 ……何だこの感覚? 温かいような、それで、ほっとするような……。

 いや、それであんな凶悪な事してくんのか、このメイさんは。


「暫く保つくらいにはやっておいたけど、足もやっておく?」

「……えっと、お願いします」


 そう言うと、メイは膝をついてウトの両足を握った。

 温かい感覚がしたけれど、それ以上に握り潰されるような想像を少ししてしまって体が震えた。


 それからメイは再び立ち上がるとまた歩き始める。鉄球を一つ手に持って、呼吸を整えるのが感じられる。

 ウトも光る四肢を眺めつつも、呼吸を整えてメイに付いて行く。


 草をかき分ける。

 枝を避ける。メイの側頭から生える角が引っかかった事は一度もないのに気付いた。

 角のある草食の獣人だと、ミノタウロスに限らずとも、ガサツでゴリゴリ引っ掛けているような人は街中でもよく見るのに。


「ここから坂になってるけど、あんまり音を立てないでね。もうあっちも気付いているかもしれないけど、一発で仕留められるならそうしたいから」

「……頑張ります」


 そうして少し見開いた坂をゆっくりと下り。ちょろちょろと渓流が流れている川を登っていく途中。


「……あ」

「どうした?」

「逃げ始めちゃった」


 それと同時に、頭上をグリフォンが……背中に荷物を背負ったままのエロクーが飛んでいくのが見えた。

 メイが叫ぶ。


「ウトッ、エロクーを追って!」


 ミノタウロスにしては身軽だし、山の中を駆けてきた経験もある。

 それでも、最終的により疾く動けるのはワータイガーの方だ。

 そこまで察したウトは。


「……やってやる!!」


 そう言って、メイを飛び越え、エロクーを追い始める。

 ただ……どうしてもその思いが頭を過る。


 ……ボーパルバニーどころか、本当にただのウサギ狩りみたいな緊張感だな。


 そんな緊張感のなさを察せられたのか、後ろから。


「情けない姿見せたら、僧侶の治癒の練習に使うからね?」

「がっ、頑張りますっ!!」


 ……絶対に負けられなくなった。本当に、絶対に、とにかく。負けたらヤバい。洒落にならない。

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