児童公園で北川舞が俺に訊いたこと
「なあ、山口。あそこの公園でコーヒー飲まないか?」路地の右手に小さな児童公園がある。
「あっ、ああ」俺は頷いた。公園の真ん中に古い木製のベンチが一つあった。俺は白いハンカチを広げてベンチに置いた。
「ヘヘーッ、山口はやっぱ、優しいな」北川は俺の敷いた白いハンカチの上に腰を下ろした。俺たちは貰った缶コーヒーをナップサックから取り出した。そしてプルタブを引っ張り冷えた甘いコーヒーを飲んだ。俺はその液体の甘さの余韻に浸っていた。
「・・・あのさ、山口。幸太郎は何で、あんなに頑張れるんだ?」北川は少し上の方を見ながら言った。
「エッ?」
「幸太郎って、あたしらと全然違うじゃん。みんなから、こいつは俺たちと違う人間だって見られてるだろ?」
「そうか?」
「ププッ! 幸太郎と普通に接しているのは、ホント山口だけだなぁ」俺の左隣に座っている小柄な女子高校生は嬉しそうに答えた。そして喉を潤すように、コーヒー缶に紅い唇をつけた。
「北川だって、そうだろ」俺は北川の茶色の瞳を見た。その透き通った茶色の瞳は思い詰めているようでもあり、何かに怒っているようでもあり、悲しみの色も含んでいるように見えた。
「あたしは山口とは違うよ。あたしは、幸太郎を見ると大変だなぁって思うし、時々可哀想だと同情しちゃう」
「うん」俺は北川の言葉が胸に素直に入ってきた。
「でも、あいつと少しだけ分かり合えるところもあるかもしれない」
「・・・・・・」俺も隣の少女が見ている方向に視線を合わせた。
「あたしさぁ、金曜日に父さんと会っただろ。そのあとに、あたしの家は、やっぱり母子家庭だなって感じたんだ」
「んん?」
「これまで、そんなことは大したことじゃないって思っていた。母さんも頑張って働いてるし」北川は遠くを眺めているようだった。
「でもさぁ、あたしんちは小料理屋で、それで水商売してるって、何かあまりいい仕事じゃないみたいに言われたこともあってさぁ」
「そうか・・・」
「山口や幸太郎は、そんなこと言わないけどさ。そんなこと言う奴がいるんだ。それで今朝学校に行ったら、あたしはみんなと違うみたいに感じてさ・・・。バカみたいだけど」北川の静かで規則正しい呼吸音が聴こえた。
「それで、幸太郎もあたしが感じたこと。んーん、周りの人とは違う、何かバカにされているっていうか・・・。見下されているように感じているのかもしれないなぁって思った。分かんないけど」
「・・・分からん」
「山口も分かんないのかぁ」
「あいつが何を感じているのか分からないけど、一緒にいると楽だ」
「フフッ、やっぱ、山口って変わってるなぁ」深刻な顔をしていた少女が上機嫌になったので、俺は少し混乱した。
「そうか?」
「山口ほど周囲に関心がない奴は珍しいよ。そこが良いけどな」
「・・・・・・」
「だから水希ちゃんも山口を頼りにしているだろうなぁ」
「エッ?」
「水希ちゃん、外国から転校してきて大変だろうなぁ。今日、ハルカが言った意味がようやく分かったよ。山口、あたしも幸太郎も応援するから頑張れよなぁ」
「あっ、ああ・・・」俺の額が一瞬で熱くなった。
「さあ、帰ろうか」北川はスッと立ち上がり、ベンチにあった俺の白いハンカチを取った。その両端を摘まむとパタパタと動かして細かな汚れを落とした。そしてハンカチを丁寧にたたみ俺にもどした。俺たちは歩き始め、一分も経たないうちに東西に伸びる四車線の国道に出た。
「じゃあな、山口」
「あ、あ、またな」俺の声が届くと、小柄な少女は俺に背を向け東に向かって足早に歩き始めた。茶色のツインテールが規則正しく揺れ、小麦色の引き締まった足は軽やかに動いている。俺が北川の遠ざかる後ろ姿を見つめていると、彼女は急に立ち止まり振り返った。そして何か言って右手を大きく振った。俺が遠慮がちに右手を上げると北川は嬉しそうな笑顔を見せた。そしてまた東に向かって足早に歩いて行った。




