北川舞が片田幸太郎について語ること
金曜日の昼休み、幸太郎は保健室で眠っていた。
外は細かい雨が降り続いている。灰色の空は西の方から明るくなってきた。外廊下の外壁の手摺は僅かに濡れている。
「やっぱりケガの影響かなぁ、幸太郎の奴」北川は手摺に背中を預けながら灰色の空を見上げた。
「舞ちゃん、濡れちゃうよ」そう言いながらも永瀬も手摺を両手で掴んで海の方を眺めていた。南にある海は細かい雨に煙って鉛色に見える。
「気圧の変化ってそんなに感じるものなのか?」北川は雨を避けるように手摺から離れた。
「俺は感じない」
「うーん、私はね、ときどき頭が痛くなる時があるよ。ズーンと重くなるの」永瀬も細かい雨を避けるように北川の隣に移動した。
「へぇーっ、今もそうなの、水希ちゃん?」
「ううん、今日は大丈夫。この時期の女の子って体も心も不安定でしょ?」
「うーん、まあそうかなぁ。じゃあ幸太郎の奴もホントは女の子だったりして、アハハッ」気の抜けた笑い声だった。
「でも、舞ちゃん。片田君は面白いけど繊細でとても周囲に気を遣う面もあるんじゃないかな」
「まあそういうところもあるかなぁ。それにしても幸太郎の奴、昨日の帰り道どうしてあんなに土曜日の全員集合に拘ったんだ?」北川はしかめっ面をして俺を見た。
「あいつ、そんなに行きたがったのか?」
「うん、珍しく帰り道に結構文句言ってたよ。土曜日にみんなと遊びたいって」永瀬はちょっと不思議そうな表情を浮かべ俺を見た。
「幸太郎、延期のことをハルカに言われたけどさ、あいつ、ハルカに言ったことに文句言うの初めてじゃないかな? あいつはハルカの言うことなら何でも「ハイハイ、遥ちゃんの言う通りでちゅーっ」とか言ってたのにさ」
「ププッ、舞ちゃん、片田君の真似上手いねーっ。でも確かに昨日は片田君、何か焦っていたみたい。やっぱりみんなで楽しく過ごして、舞ちゃんを励ましたいって強く思っていたんじゃないかな? 彼は」
「エエッ。まあ、それは・・・うん、嬉しいけどさ・・・。あたしはもう大丈夫だし、なあ山口」
「あっ、うん」俺は永瀬の言ったことが少し気になっていた。
「何だよ、そのテキトーな返事は」
「でも、片田君も今日の体調不良で延期は納得するでしょう。私も残念だけど、お楽しみは後にとっていた方が良いということでね」
「水希ちゃん、甘いなぁ。幸太郎は明日元気になったらギャーギャー騒ぐぞ、絶対」
「あっ、そうだねぇ」永瀬は苦笑した。
「片田君って調子悪いのか?」俺の左横から木浪が訊いてきた。
「エッ?」北川は驚いて俺を見た。
「片田君は気圧の変化で疲れが出たみたいだよ。ケガの影響も多少あるかもしれないけど」
「そう・・・。彼は生徒会活動にもよく協力してくれるし、心配になったんだ。酷くならないといいね」
クラスの副委員長はそれだけ言うと2―B教室に戻って行った。
「あー、ビックリしたぁ。あいつ、えーっと誰だっけ? あたし、話しかけられたの初めてだし」
「私たちのクラス副委員長の木浪君。生徒会の役員もやっているよ」
「あーっ、それでハルカとよく話しているのかぁ。水希ちゃん、よく知ってるねぇ」
「私は先週の金曜日に生徒会室に言って学園祭のことでいろいろ話したから。そのときも木浪君はいたよね、山口君?」
「ああ、いた・・・か」
「ククッ。山口はあいつのこと眼中にないみたいだな。でもあたしら幸太郎とよく生徒会室に遊びにいくけどさ、君らの副委員長とは話さないよな? あそこでは弥生とか愛ちゃんとはよく話すけど」
「うん」俺も生徒会室の光景を思い出した。
「君らの副委員長も幸太郎のこと心配してるって・・・やっぱりあの事故はインパクトがあったのかなぁ?」北川は思案顔をして幸太郎が転落した階段を見た。そこには午後の授業のために上って来る生徒が列を作っていた。
「あっ、雨が上がった」永瀬は右手を前に伸ばし、灰色の雲が切れている西の空を見上げた。
「良かった・・・」北川も西の空を見上げた。
そのとき二人を包む空間は一瞬時間が止まったようだった。
「じゃあ、またね」北川は2ーD教室に戻って行った。




