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永瀬水希は「ジョン・ボーナムのドラムがお腹に響くの」と言った

 永瀬が転校してきて二日後には、潮が引くようにアメリカからの転校生の周りには人が徐々にいなくなった。

 授業中、俺と永瀬は机をくっつけている。彼女の教科書がまだ届いていないからだ。その様子は忘れ物をした小学生みたいで、最初はクラスの奴らが面白半分で俺たち二人を見ていた。数人の女子は意地悪そうな視線を投げかけていた。そんな状況で俺はとても緊張したが、永瀬は平然としていた。俺と二人で教科書を見るのが、さも当然と言う雰囲気なのだ。周りの奴らはとても緊張している俺と自然体の転校生のコントラストが面白かったのかもしれない。だが奴らが面白がったのはほんの数十分だけだった。俺はクラスの奴らの飽きっぽさに心底安堵した。

 永瀬水希は漢字を除くと、俺が教えることなどないほど聡明だった。英語の発音などは明らかに教師より上手い。永瀬の流れるような英語を聞くとみんな最初は「ほぉー」と感嘆の声を上げた。だが彼女の素晴らしく美しい英語の発音が、一部の人間にとっては妬みや悪口の対象にもなった。そのざらついた負の感情に永瀬は戸惑っていた。

 永瀬が転入して三日後の昼休みだった。俺は自分の席でロック専門雑誌を読んでいた。

「ねえ、山口君。山口君ってロック好きなの?」いきなり右隣から柔らかい声が俺の頭に入ってきた。

「あっ、あ、ああ・・・っ。まあ、好きだけど」

「どんなバンドが好きなの?」永瀬は少しだけ右に顔を傾けて、ほんのりと銀色がかっている瞳で俺を真っ直ぐ見つめた。

「え、え、えっと・・・あのぅツェッペリンとかパープルが気に入ってる・・・」俺は自分じゃない声が外から聞こえているようだった。

「エッ、そうなの? 私もレッド・ツェッペリンやディープパープルは大好きだよ」目の前の大人しそうな少女の口からハードロックバンドの名前が出たことに俺は驚いた。そしてチャーミングな彼女が楽しそうに俺をじっと見つめているので、俺は何処を見ていいのか全く分からない。

「あの、えっと・・・永瀬さんはさぁ、外国にいただろ。だったら外国の・・・バンドのコンサートに行ったことあるのか?」俺は視線をあちこちに飛ばしながら必死で言葉を捻り出した。

「うん、いろいろ行ったよ。レッド・ツェッペリンのライブはとても良かったよ」

「エーッ! ツェッペリンのライブ行ったの。すげえ! やっぱりジミー・ペイジのギターはカッコよかった? ロバート・プラントはあんな声が出るのかな?」俺は興奮してしまった。

「そうだね。ジミー・ペイジもロバート・プラントも良かったけど、私が一番凄いと感じたのはジョン・ボーナムのドラムかな? ドスン、ドスンってお腹に響くの」帰国子女は両手で自分のお腹をそっと押さえた。

「へぇー、ジョン・ボーナムのドラムかぁ」俺はボーッとして目の前の銀色がかった瞳を見ていた。目の前の転校生は何故か楽しそうに微笑んでいて、その瞳は美しく光っている。

「久志ぃー、しっこー!」教室の後ろの入り口からダミ声が響いた。

「うるさいな!」俺は幸太郎と車椅子を押している北川を睨んだ。

「トイレくらい一人で行け!」

「ほうほう、この子が山口久志クンの大好きな永瀬水希ちゃんですか? なるほどなるほど、うんうん。あっ、あたしは北川舞。よろしくね、水希ちゃん」北川はそう言うと俺にウインクした。

「な、な、な、何を言ってるんだ、北川! お前は!」俺は頭に血が上るのをハッキリと感じた。そして口が上手く動かない。

「ヒャヒャヒャー、図星だ図星。オイ幸太郎、見ろ。山口が真っ赤だぞ」

「ギャハハハ―ッ、水希ちゃん、気を付けてねーっ。こいつ巨乳好きだからぁ、夜中に水希ちゃんを想いながらぁ、アヘアへしてるぞぅ」幸太郎の奴、手を叩いて喜んでいる。

「アヘアへ、ンン?」北川が白々しく首を捻っている。

「アヘアへ、ドッピュン!」幸太郎は白目をむいて口を開け恍惚の表情をつくった。

「アハハハ―ッ」今度は北川が喜んで手を叩いている。

「お前ら、あっち行け! 俺は永瀬さんとロックの話をしているんだ!」デリカシーの欠片も無い人間とは、こういう奴らのことだろう。

「そんにゃぁー、久志くーん。僕がおしっこするのぅ、優しく手伝ってぇー」猫なで声だ。

「気色悪い声だすな! 一人で出来るだろ」

「今日はカラダに力が入らないんじゃぁ。久志クーン、お願いちまちゅ」

「ふざけるな! 北川にしてもらえ」

「舞ちゃーん、僕のおしっこするの手伝ってーぇ。僕のプリプリスベスベのお尻が見れるよーぅ」

「ヤダ、死んでもヤダ!」北川は厚めの紅い唇を尖らせてツインテールをブンブン振った。

「わかったよ、もう・・・。永瀬さん、ゴメン」俺は椅子から立ち上がり、車椅子のグリップを握ろうとした。

「ちょちょちょちょチョット、久志ィ、ちょっと待てよ、コラァー」幸太郎は振り返り右手を上げた。

「ごめんごめん、山口。幸太郎はもうトイレ一人で済ませたんだ」北川が真顔になっている。

「んん?」俺はあっけにとられた。

「あたしら水希ちゃんに会いにきたんだよ。どんな子かなぁって」

「うん、そうだ。まいったかぁ? 久志ィ」幸太郎は何故か偉そうに言った。

「この不愛想で無表情な山口をアタフタさせた可愛い帰国子女を見に来たんだ。ゴメンね、水希ちゃん」北川は永瀬に右手を差し出した。永瀬は嬉しそうに立ち上がり北川の右手を優しく握った。そして彼女は北川をそっと抱きしめた。

「はぁー、水希ちゃん、いい匂い。それとさすが外国育ちだねーっ、ハグするのが上手」

「ミーツ―、ミーツ―。俺も水希ちゃーん」幸太郎が騒いでる。何がミーツ―だ。

「ナイスッミーチュー」永濱は幸太郎の右手を握った。

「ガッカシ・・・」と言いながらも幸太郎は嬉しそうに笑った。

「山口君のお友達は楽しいね」

「エッ、そう・・・かな」

「それから山口君にもまだちゃんと挨拶していなかったよね」

「ウン?」俺が彼女の言葉を疑問に思ったとき、柔らかい体が俺を抱きしめていた。

「・・・・・・」何かの花のような香りが漂い、目も眩む真っ白な世界の中、俺は何も言えなかった。しばらくして現実世界の映像がもどってきた。俺が最初に見たのは、白く輝いている永瀬水希の笑顔だった。俺は慌てて左の方へ眼をそらすと、幸太郎と北川のポカンと口を開けた顔があった。




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