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永瀬水希は「橋は世界を区切り繋ぐもの」と言った

 校門を出た俺たちはゆっくりと水色の歩道橋の階段を上っていた。南西の空は雲が薄くなり、ぼんやりとした陽光が雲の隙間から漏れている。

「傘が見つかるといいね、水希ちゃん」北川は傘の石突きを濡れている階段に打ち付けながら言った。

「誰かにとられちゃったのかなぁ、あの傘」永瀬も階段に眼を落しながら上っている。

「あの傘、ロッカーに入れてたら良かったな。ごめん」俺は言っても仕方のないことを言った。

「ううん、そんなことないよ。ほとんどの人が傘立てに傘を置いているでしょう。山口君が

責任を感じることはないよ」

「ヒヒヒッ、久志君は紳士だねぇ」北川はニタニタ笑った。俺はツインテールを軽やかに揺らしている女子高校生を一瞬睨んだ。

「ねぇ山口君。今日ぐらいの雨の日は片田君、この歩道橋を渡らないの?」一番先に階段を登り切った永瀬は振り向きながら訊いた。

「いや、あいつ、雨の日でも歩道橋渡ろうとする日がある。今日ぐらいの雨だったら渡ろうとするかもしれない。よっぽど体調が優れないときは大回りするけど」

「フーン、そうなの」

「幸太郎は変なところで意固地になるんだ。しんどいとか辛いとか言わなくてダウンしちゃう。その辺りの微妙な変化は山口しか分からないんだよ、水希ちゃん」

「へぇーっ、凄いね」永瀬と俺の眼が合ったので俺は慌てて眼をそらした。

「ところで水希ちゃんは他にどんな傘を持ってるの? やっぱりカラフルで面白いデザインの傘かな?」

「うーん、どうかなぁ・・・。今持っているのは透明で青い水玉模様の傘とピンクや黄色の花がたくさん咲いている傘なの」

「ヒャー! 面白いし見てみたい。あーっ、でもそれは学校に持ってこない方がいいなぁ」

「そうみたい」永瀬は小さく息を吐きながら言った。

「ねえねえ水希ちゃん、信じられないだろうけど、あたしのこの紅い傘でも変な目で見る子がいるんだよ」

「エーッ、うそぉ。その傘普通でしょ」転校生はかなり驚いて北川を見て俺を見た。

「だからあたしは、わざとこの傘を使ってる」

「フフフッ」

「今度の土曜日はお互い気に入ったファッションで楽しもう」

「ハイ、頑張ります!」永瀬はおどけて敬礼のポーズをとった。

「山口も土曜日は決めて来いよ。じゃないと水希ちゃんに愛想つかされるぞ」

「エッ、俺・・・」

「ププッ。水希ちゃん、山口は困ると眉間に皺が寄るんだよ、ホラッ」北川は俺の眉間を素早く指さした。

「あっ、ホントだ。山口君、困ってるの?」

「いや、別に」俺はそう答えるしかなかった。

「私も山口君の私服を見たいなぁ。でも外出のときは自分が一番気に入った服がいいと思うよ」永瀬はいつものように微笑んでいる。

「ほーぉ、なるほど」北川は一人で何故か納得しているようだった。

 北川と別れる国道の手前に来た時、ツインテールの女子高校生は唐突に言った。

「あのさ、もし時間があるんだったら、今からあたしの家に寄らない?」

「エッ?」永瀬は少し驚いた。

「いや、あのっ、まあ忙しかったら無理しなくてもいいけど・・・あたしの家、遠いし」

「ううん、時間は大丈夫だよ。でも舞ちゃんのお家はお店もやっているのでしょ? 急に行って迷惑じゃないのかな?」

「アーッ、それは大丈夫ダイジョーブ。うちの母さんはそのへんは鷹揚っていうか、急に人が来ても喜ぶタイプだから。幸太郎も山口も何回か来てるし。なあ山口」

「・・・」俺は無言で何回か頷いた。

「そうなの。じゃあ、お邪魔しちゃおうかな。ねっ、山口君」

「あっ、ああ」俺は永瀬の明るさに気圧されたようにまた数回頷いた。

 東に延びる国道沿いの歩道はまだ雨が残っている。俺たちは水たまりを避けながらコンクリートの道を歩いていた。

「水希ちゃん、山口から金曜日のこと聞いた? あたしが父親に会ったときのこと」

「ううん、聞いてないよ」永瀬は小さく首を振った。

「そうかぁ、まあ久志君はそうだよなぁ。ペラペラ喋る男子どもとは違うし」

「うん」永瀬は前を向いたり右横の北川を見たりしている。

「まあーっそのぉ、簡単に言うと離婚した父親に子どもができて、あたしが柄にもなく落ち込んじゃったわけ。もう大丈夫だけど・・・」北川の声のトーンはいつもより低かった。

「そう・・・」永瀬はそれだけ言った。女子高生二人は並んで俺の目の前を歩いている。北川が水たまりに足がつかりそうになると、永瀬は右手で隣の女子の左手を引っ張って「舞ちゃん、濡れるよ」と言った。

「アリガト・・・。あー、あたし、まだ拘ってるみたい。意外でしょ? 水希ちゃん」

「ううん、そんなことないよ」永瀬は優しく微笑んだ。

 俺たちは大きな橋の手前に来た。街を南北に流れる川が東西に伸びる国道と垂直に交差している。その川の流れる先には蒼く広い海がある。

永瀬はいきなり駆け出して橋の中央に着いた。

「ねえ舞ちゃん、山口君。橋って不思議な場所だと思わない?」彼女は振り返り楽しそうに言った。川を渡る風に吹かれ豊かな黒髪がフワーッと左に揺れている。

「橋が不思議な場所なの?」北川は怪訝そうに訊いた。

「橋は場所と場所を繋ぐモノだけど、場所と場所を区切るところでもあると思わない?」

「あーっ、そうかぁ・・・」ツインテールの少女は曖昧に答えた。

「矛盾している場所?」俺はそう答えた。

「そう、山口君。私もそう思うよ。この橋の西側、私や山口君の住んでいるところは宅地が多くて静かな感じがする。そして橋の東側、舞ちゃんのお家の方はお店が多くて賑やかな雰囲気があるんじゃない?」

「あっ、そういえばうちらのところは店が多いなぁ。食堂とか酒屋とか、細々した店がたくさんあるよ」

「ねっ! 橋によって違う世界が区切られているけど、また繋がってもいるって面白いよね?」

「へぇー」俺と北川は橋の真ん中で笑っている永瀬を見ていた。

「水希ちゃんの言ってることって、不思議だけど何か良い感じだよ」俺の隣で北川は楽しそうに答えた。そして彼女は足早に永瀬の立っている場所に移動した。それから二人は何か話しながらクスクス笑い合っていた。

 俺は二人から少し離れたところで川の流れを見ていた。川の水の量は増していたが、思ったより濁ってはいなかった。その豊かな川の水はくすんだ緑色の橋脚の半分の高さまで達していた。俺はこの街における水の循環を想像し、そして橋の上で北川舞と話している永瀬水希を見た。

 永瀬水希という少女はこの世界の風景を誰よりも色鮮やかに見ているのではないかと俺は感じた。そして彼女と一緒にいれば、俺が見ている世界ももっと美しく見ることができるのではないかと思った。



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