表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/23

丸岡賢一は本田明日香の計画が気に入らない

 昼休み、俺は食堂でミートスパゲティを食べていた。

「山口はスパゲティかぁ?」俺の左隣の椅子に中華そばを白いトレーに乗せた長身の丸岡賢一が座った。

「マルケンはラーメンかぁ」俺の対面に坊主頭の林紘一が座り、奴の右隣には藤本博が座った。二人のトレーにはカレーライスが乗っている。

「ラーメンじゃない。中華そばだ」丸岡は眼にかかった前髪を書き上げ、中華そばをすすりながら答えた。

「違うの?」猛烈な勢いでカレーライスを食べている林が右を向くと、カレーライスを頬張っていた藤本は「フゴフゴ」と答えた。

「お前らはいつもカレーだな」丸岡は冷ややかに言った。

「リンゴとはちみーつ、トローり溶けてるーっ」林がテレビのコマーシャルソングを歌い始めた。彼の歌が終わると藤本は右手で頭を数回叩き「ヒデキィーカンゲキー!」と言った。

「フッ」俺は少し笑ってしまった。

「オッ、久志ちゃんが笑った」

「俺たちンゴ、ヒデキにンゴ、似てた?」藤本はカレーを食べながら訊いてくる。

「ああ」俺は適当に答えた。

「やったぁ、久志ちゃんを笑わせたら女子には大受けだぞ」体格のいい林は既にカレーライスを食べ終えている。藤本は半分以上カレーライスが残っている。

「あのさ山口、本田たちが学園祭でさぁ、クラス全員で合唱するって言ってるけど、どう思う?」丸岡は不機嫌そうに言った。

「エッ、そうなの?」

「合唱なんて小学生じゃあるまいしさぁ、カッコ悪いよな」林はスプンを丁寧に舐めている。

「合唱だとング、練習しなきゃいけないだろ、ング。俺、ング、嫌だなあ」藤本はまだカレーライスを食べている。

「本田がさぁ、このクラスはまとまりがないから、合唱をしたら一致団結するって言ってるるけど、バカじゃない、あいつ」丸岡は吐き捨てるように言った。

「でもマルケンはよく本田たちと話してるじゃん」藤本はようやくカレーライスを食べ終えた。

「あいつらが、勝手に話しかけてくるんだよ」丸岡は面倒くさそうに答えた。

「確かに俺たちが話してるときに韮崎とか小野とかが最初話しかけてきて、そのあと本田が本題を話すみたいなパターンだよな」そう言うと藤本はグラスの水をウグウグと飲んだ。

「他に花田とか武居なんかも本田のパシリみたいだよーん」林はまだスプンを見ている。

「マルケン、このままだとクラスの出し物、合唱になっちゃうじゃない? 本田はクラス委員長だし」小柄な藤本は周囲をチラチラ見まわしながら小さめの声で言った。

「だからさぁ、俺たち男子もまとまってさ、女子に対抗して違った出し物を考えて、合唱を止めさせようぜ。本田、あいつ、偉そうだし」丸岡の口調は機密情報をばらすようにひそやかになった。

「本田はクラス委員長だからさぁ、人望があると思ってんじゃない」藤本も更にヒソヒソ声になった。

「本田の奴、あの麻倉遥ちゃんと張り合っているんだぜ。あいつが遥ちゃんに敵うわけないのにさ。なあ久志ちゃん?」角ばった林の頬が緩んでいる。

「ああっ」俺は話の展開についていけない。

「山口、本田たちが合唱やろうって言ってきたら、俺たちと一緒に断ろうぜ」丸岡は突然俺の右手を掴み握手した。

「マルケン、選挙の候補者みたいだなぁ」林は丸岡ほど緊張感はない。

「じゃあ」俺はトレーを持ち立ち上がった。

「山口、頼むぞ」丸岡は俺の背に向けて大声で呼びかけた。俺は一瞬振り返って彼らを見た。三人はまだ何か話している。俺が食器を返し食堂の出入りに向かう途中「・・・永瀬」「・・・北川」といった言葉が彼らから聞こえたような気がした。その声の響きは俺を少し不安にさせた。



 俺が自分の席に戻ると永瀬は文庫本を熱心に読んでいた。彼女の前の席に座っている花田良子はいない。

「あっ、おかえりなさい、山口君。山口君はいつも食堂に一人で行くの?」永瀬は不思議そうな顔をしている。

「いや、そういうわけじゃないけど」

「フーン、ウフフッ」永瀬は何故か嬉しそうに笑った。

「あのさ、土曜日に、えっと、みんなと遊びに行く話だけど」

「うん」

「それで、永瀬さん、転校してきて、直ぐに期末テストあるし。俺たちと遊びに行って大丈夫?」

「うーん、大丈夫じゃないけど山口君たちと一緒に遊びたいの。テスト勉強も頑張るけど、そんなに無理してもね。フフッ、山口君、心配してくれるんだぁ」転校生はよく微笑むので、俺はやはり視線が定まらない。

「まあ、あっ、そう・・・だよな。それでっと、あの永瀬さんは・・・えっと、何処に行きたい?」

「私はね、山口君たちと映画が観たいな」

「アッ、そうか・・・」俺は今、どんな映画が上映されているか考えてが、何も思い浮かばなかった。

「山口君はあまり映画を観ないのかな?」

「うーん、そうだなぁ」

「じゃあ、何処に行きたいの?」

「・・・・・・海、かな」

「海・・・ふーん」隣の席の少女は何か考えていた。

「俺、ときどき一人で海岸に行く。ただボーッと海を眺めているだけだけど」

「うんうん、それ、良いねぇ」

「でも土曜日の行き先にはならない気がする」

「そうかぁ。じゃあいつか私と二人で行こう?」永瀬は悪戯っぽい瞳で俺を見た。

「あっ、ああ」俺は細かく三回頷いた。そのあと胸の鼓動が聴こえた。そして急に朝の会話を思い出した。

「あのさ、永瀬さんが訊きたいことって、北川のことかな? あいつが落ち込んだ原因とか」俺は言いたいことが全く言えてないと感じた。

「うん、それは気になっているけど、舞ちゃんかなり元気になったみたいだから、いいかな。とてもプライバシーに関わることでしょ? そういうことは本人が話したければ聞くべきことだしね」

「・・・」俺は頭の中が何故かスッキリした。

「山口君、嬉しそう」俺は慌てて手で頬を下に伸ばした。永瀬は吹き出すのをこらえていた。

「あのね、山口君。昨日の夜、マイルス・デイヴィスのカセットテープを聴いたかな?」

「ああっ、ビッチェズ・ブリュー、凄いな。あんまり分かんないけど、何か不思議な気がした」

「うん、そうでしょう。不思議な気がしちゃうよね。私の兄さんはモダンジャズの新しい方向性を示した傑作って言っていたけど。私もよく分からないの」

「俺の姉貴が高校生でマイルス好きとはセンスが良いって言ってた」

「フフフッ、ありがとう。山口君のお姉さんはどんな人なの?」

「あーっ、えっと、姉貴は大学で考古学やってて、しょっちゅう遺跡の穴掘りしてる。それから大酒飲みだ」

「へぇー、なかなかユニークで素敵なお姉さんだね」

「そうかな? よく俺にビール勧めるんだ」

「フフフッ、私もときどきワインやウィスキーを飲むよ。お父さん、お母さんの晩酌相手として・・・」

「エッ、やっぱり欧米では早くからお酒飲むのかな?」俺は隣の席の転校生はその心に深くて広くて豊かな森を持っているような気がした。

「さあー、どうかしら。山口君、秘密だよ」永瀬は右手人差し指をピンクの唇の真ん中に当てた。俺は彼女の人差し指、ピンクの唇、悪戯っぽい光を放っている瞳・・・、どこを見ていいのか分からなかった。ただ分かり始めたことは、永瀬水希がこれまでに俺が出会ったことのないミステリアスな少女だということだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ