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永瀬水希の傘は赤いエッフェル塔と黄色い凱旋門が描かれていた

 朝から糸を引くような細かい雨が降っている。俺は傘をさすほどでもないかと思ったが、やはり濡れたくはなかった。だから折り畳みの黒い傘を使うことにした。

「山口君、おはよう」俺の後ろから柔らかい声がした。俺は振り向くと黒っぽい傘をさした永瀬が少し足早で歩み寄ってきた。

「おはよ」俺は永瀬のさしている傘に眼が奪われた。

「フフフッ、この傘、お気に入りなの。どうかな、このデザイン」フランスに住んでいたクラスメイトは持っている傘を俺の方に向けた。その黒い傘は赤いエッフェル塔と黄色い凱旋門が描かれていた。

「良い」俺はポカンとしながらも言った。

「フフッ、やっぱり山口君なら褒めてくれると思った。ところで今日、片田君はお休みかな?」

「ああ、あいつ朝、熱出したっておばさんから電話があった」

「そうなの」永瀬は心配そうな表情を浮かべた。

「コラッ! そこの二人。並んで歩くなら相合傘にしろ! 通行の邪魔だ、邪魔」俺は振り向くと紅い傘をさして笑っている北川がいた。

「おはよう、北川さん」

「おはよう、水希ちゃん。水希ちゃんのその傘、面白いねぇ」

「フフッ、ありがとう。北川さんもこういうデザインが好きなのかな?」

「うーん、そうだね。みんなと同じなのか嫌なのかな。やっぱ個性があるほうがいいじゃん! あ、それから水希ちゃん、北川じゃなくて舞でいいよ」

「うん、分かった、舞ちゃん」

「舞ちゃんなの?」

「いきなり呼び捨てはちょっと・・・」

「フーン、そっかぁ。水希ちゃんは品があるなぁ」

「いやいやいや、そんなことはないよ」永瀬は必死に否定していた。俺にとって女子同士の会話は基本的に分かりにくい。

「山口、幸太郎は調子悪いのか?」

「少し熱が出たとおばさんから朝、電話があった」

「そうか・・・。あたしが無理させちゃったかなぁ」

「いや、あいつは時々熱出すし。今日は雨だし」

「ああ、そうだな。幸太郎は雨の日、苦手だなぁ」北川は少し眼を落した。そして紅い傘を右左に少し回転させ雨粒を飛ばした。

「ワッ、止めろ」俺の顔に水滴がかかった。

「朝からのぼせている奴の頭を冷やしてやったんだ。感謝しろ、久志君」

「フン!」俺は北川の方に傘を傾けた。

「フフフッ、ところで片田君は気圧の変化に弱いの、舞ちゃん?」

「うん、そう。意外だよね。幸太郎はいつもギャーギャーうるさくって元気そうだけど、体は弱いよ。まあ本人も分かってるけどさ」、

「そうなの・・・」永瀬はポツリと言った。いきなりパラパラパラと大粒の雨が正門をくぐった俺たちの傘を叩いた。

「水希ちゃん、山口、急げぇ!」北川の激に何故か俺と永瀬は小走りになり高校の出入口を目指した。俺たちが校舎に入ると、辺りは暗くなり雨は土砂降りとなり雷鳴が低く響いた。

「舞ちゃん、よく雨が土砂降りになること分かったね、凄い」永瀬は傘立てに自分の傘を入れながら感心していた。

「へへーん、あたしは天気の変化に敏感なんだ、なあ山口」北川も傘立てに紅い傘を入れながら言った。

「ん、ああ」俺は曖昧に答えた。

「何だよ、その気のない返事は。まあ、いいや。ところで山口、水希ちゃんに土曜日のこと、ちゃんと言えよ」北川はニッと笑い階段を上っていった。俺は動揺しつつ黒い折り畳み傘を振って水滴を払った。そしてそれをビニール袋に入れ紺色のナップサックのポケットに入れた。

「山口君、土曜日のことって何かな?」永瀬は白いスポーツシューズの上履きに履き替えた後、俺に尋ねた。俺は傘立てにある永瀬の華やかな傘をチラッと見た。

「ああ・・・。昨夜、麻倉から電話があって、今度の土曜日にみんなで遊びに行かないかって」

「みんなって、片田君や舞ちゃんたちの一年の時のグループ?」

「うん、麻倉と原と俺の五人だけど・・・」俺と永瀬は階段を上り、二階の通路から2-B教室に入った。

「それで?」自分の席に着くと永瀬はウキウキと嬉しそうにしている。

「永瀬さん・・・、おはよ・・・」俺たちの後ろから男子生徒の籠った声がした。俺は振り返ると松下泰の小さな眼が永瀬を見ていた。そして奴は一瞬、俺を見た。

「あっ、松下君おはよう。昨日はありがとう」

「ん」松下はそれだけ言って、その場を離れた。

「松下は文芸部?」

「うん、そうだよ。山口君、知らなかった?」

「ああ」俺はそう答えるしかなかった。永瀬は相変わらず嬉しそうにしている。

「それよりも先ほどの話。ねえ山口君、土曜日に何処かにみんなで遊びにいくのでしょう。それで?」

「あのさ、麻倉が言ったけど、あの、永瀬さんも一緒にどう?」

「私も行っていいの?」永瀬はあまり疑問に思っていないようだ。

「麻倉が、そのっ、永瀬さんが入ると、男女のバランスが良くなるとか言って・・・」

「そういう言い方は良くないなあ、山口君」俺の頭上から原の声がいきなり割り込んできた。

「なっ、何だよ」俺は自分の心臓の音が聴こえた。

「久志、本心はちゃんと言ったほうがいいぞ。永瀬も聞きたいだろ」

「聞きたいなぁ」隣の席の少女は本当に嬉しそうな顔をしている。俺は人がこんなにも嬉しそうな顔が出来るのかと驚いた。彼女の顔の輪郭が淡い白色に輝いている。

「永瀬さん、土曜日に俺たちと何処か遊びにいかない?」

「ハイ、喜んで!」俺は茫然と永瀬水希を見た。

「あの、傘さぁ・・・ちょっと・・・」クラス真ん中あたりから女子のヒソヒソ声が聞こえた。その時、永瀬は一瞬銀色がかった瞳を閉じた。俺は喉の奥にざらついた感触を覚えた。

「ホントに相変わらずだ」原は教室の真ん中あたりを見て、ため息をつきながら言った。

「あの、おはよう」原の右横から辻村が遠慮がちに挨拶した。辻村の右隣に立っている川田も遠慮がちに頭を下げた。

「あっ、おはよう、辻村さん、川田さん。昨日はありがとう。楽しかったわ」俺は辻村と川田が話しかけてきてホッとした。

「エッーッ、そう。安心したわ。ねえ葉子」友人の言葉に川田は数回頷いた。

「やはりバイリンガルの知識と語り口は違うだろ」

「さすがスーパーギタリストの言うことは違うね、葉子」また川田が頬を赤く染めながらウンウンと頷いている。俺は辻村がこんなに積極的に話すとは思っていなかった。

「永瀬さん・・・詩をソネットを分析するって、すごい」川田は相変わらず照れている。

「あれは授業でレポートを提出しないといけないので、いろいろと調べたの。シェークスピアのことも知りたかったからね」

「でも詩を詳しく分析するって、私もビックリしたよ。詩を永瀬さんのように解釈する読み方もあるって初めて知った」辻村は右手で黒縁眼鏡を動かしつつ話している。

「うん、理屈で読んでいるわけじゃないけど、いろいろと調べるとシェークスピアの時代に入っていけるかなぁと思ったりするよ」

「でも・・・松下君が・・・」川田は辻村を見て永瀬を見た。

「そうなのよねぇ。永瀬さん、松下君の質問攻め、嫌にならなかった? 彼、普段はあまり喋らないのに。どうしちゃったのかな」

「大丈夫だったよ。逆に何も訊かれないよりも会話が弾んで良かったと思うけど」

「だけど松下君、結構しつこくて、何かムキになってなみたいで、私も葉子もハラハラしちゃったけど」

「松下氏は、詩は感性で読むものであって論理的に解釈するものではない! とか言ったんじゃない?」拓海は悪戯っぽく文芸部員二人に問いかけた。

「そうそう、原君、よく分かるねーっ! ねぇ葉子、原君を文芸部にスカウトしようか?」辻村の軽い肘打ちに川田はまた赤くなった顔を両手で覆い、その場で足踏みしている。

「松下は俺の前の席でよく中原中也や高村光太郎の詩集を読んでいるぜ。ときどきブツブツと気に入った詩のフレーズを呪文のように呟いてる。ゆあーん、ゆよーん、とか」

「ヤダァ、それはちょっと怖いね」

「ウンウン」文芸部の女子は少し残酷だ。

「でも永瀬さんが楽しんでくれて良かったわ。安心した。それで、もしよかったら文芸部の入部のこと考えてね。ちょっと変人もいるけど」辻村はそう言うと右目でウィンクした。そして川田と自分たちの席に戻っていった。

「北川は元気になったみたいだな」原は辻村たちを眼で追いながら言った。

「麻倉から聞いたのか?」

「いや、さっき北川がお前ら二人に絡んでいるのを見た」

「はあ?」原の神出鬼没ぶりに俺はよく驚かされる。

「あっ、そういえば」永瀬は何かに気づいたようだった。それから俺を見て小首を傾げた。

「オッ、もうホームルームの時間だ」拓海は教壇の後ろに掛かってある丸い時計をチラッと見て自分の席に戻っていった。

「山口君、昼休みに訊きたいことがあるのだけど・・・」隣の帰国子女は呟くように言った。

「あっ、俺も永瀬さんに訊きたいことあるし」

「フフッ、そう」永瀬は俺の言葉を嚙みしめるように聞いていた。



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