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転校生は帰国子女

1970年代の高校生の物語です。

「あーっ、転校生の永瀬水希さんだ。これまで六年間、アメリカとヨーロッパに住んでいた。いわゆる帰国子女だ」

「オーッ!」

「可愛いじゃん」

「胸、大きくね?」

「外国に住んでいたってーっ」興味と卑屈な軽蔑の視線が教壇の横に立っている少女に注がれた。

「静かに。永瀬さんはご両親の仕事に関係で日本に戻って来た。久しぶりの日本なので慣れないこともあるだろうから、みんなよろしく頼む」担任の四角い顔の那須が真面目に言った。

「初めまして、永瀬水希です。六年ぶりの日本なので分からないことがたくさんあります。よろしくお願いします」転校生は緊張しながらフワフワの長い髪を左手で触り挨拶した。

「席は廊下側の一番後ろの山口久志の隣だ。山口、いろいろと彼女に教えてあげるように」

「ヒューヒュー、久志ちゃん優しくしてねぇ」

「怖い顔したら水希ちゃん、泣いちゃうよーっ」いつも賑やかな林紘一と藤本博が喜んでいる。

「アメリカやヨーロッパだってぇ・・・」何人かの女子の妬みを含んだ嘲るような声も聞こえた。

 俺の隣に座った転校生はニッコリ笑って言った。

「山口・・・君」

「あっ、ああ」

「これからいろいろ迷惑かけるけど、よろしくね」

「あっ、ああ・・・」俺が曖昧な返事をすると、転校生はクスクスと笑った。



 帰国子女は珍しいのか、2-Bクラスのミーハーな奴らは外国からの転校生に群がってあれこれと訊いている。

「ねえねえ、ヨーロッパの何処に住んでいたの?」

「あっ、パリに三年間・・・」

「エーッ、じゃあフランス料理を毎日食べていたの? 素敵ぃ」

「えっ、いやっ、そういうわけではないけど・・・」

「じゃあ、永瀬さん、アメリカでは何処に住んでたの? ニューヨーク、ロサンジェルスかなぁ」クラス委員長の本田明日香が身を乗り出して訊いている。

「あの、ワシントンDCです・・・」

「ワシントン? ジョージ・ワシントン?」坊主頭の林が黒目を上転させながら言った。

「アハハ! 林ぃ、それは大統領の名前でしょうーっ、何言ってんの」韮崎瞳の金切り声がした。

「バーカァ。何言ってんだよう、林はぁー、ハハハハァー」藤本博が大笑いしている。

俺は新鮮な空気が吸いたくなり自分の席を離れて外廊下に出た。

俺の通っている高校は海の近くに位置している。俺たち二年生の教室は二階にあって、その廊下からの見晴らしはなかなかのものだ。梅雨の晴れ間に青い海は白光の粒子を放っている。その水面は白い靄がかかっているように曖昧にも見える。

「せっかくカワイ子ちゃんが隣の席に来たのに、なぜ離れているんだ?」クラスメイトの原拓海は少し色が入っている眼鏡を右手で動かしながら青い空を見た。

「オイ、誰だよーっ、カワイ子ちゃんって? それより久志ィ、トイレ」2-Cの片田幸太郎は車椅子を両手で動かしながら寄って来た。

「俺も行こう」

 俺たち三人はトイレで用を足すと再び同じ場所にもどった。

「山口、レッド・ツェッペリンの二枚目聴いただろ? どうだった」原は眼鏡を灰色のハンカチで拭きながら訊いてきた。

「ああ、この前の日曜に買った。あんまり分かんないな。俺はパープルの方が良いなぁ」

「ジミー・ペイジのレスポールよりリッチー・ブラックモアのストラトキャスター方が良いか? 俺はツェッペリンの方が好きだけどな」

「ツェッペリンのギターとかボーカルって粘くない? ちょっとしつこい感じがするけど」

「それが良いんだよ。リッチーの方がジミー・ペイジより上手いけどな」

「原は粘い方が良いのか?」

「ブルースっぽいギターはカッコいいぜ」原はギターがとても上手い。こいつはバンドのリードギターをしてるけど、インプロビゼーションのフレーズが勝手に出て来るって言ってた。アコースティックギターで必死にFのコードを押さえている俺には分からない世界だ。

「お前らぁ、よくあんなうるさい音を聴けるなぁ。変態じゃねーのか?」幸太郎は車椅子の肘掛けに右肘をついて呆れていた。

「幸太郎こそ、アイドルの下手な歌をよく聴けるなぁ。今は誰のファンだ?」拓海がニタニタ笑ってる。

「アグネス様じゃあー! おっかのうえーひんなげしのはながぁー」幸太郎はマイクを持つように両手を重ね、体を左右に揺らしファルセットボイスでアグネス・チャンの歌真似をした。

「ヒャヒャヒャー、何、その下手くそな歌は、気色悪っ。オイッ幸太郎、お前はやっぱ変態か?」突然現れた2-Dの北川舞が馬鹿にしたように片田を覗き込んだ。

「バーカァ、お前なんかにアグネス様の可愛らしさが分かるかぁ。アホ、ブス。オイ、舞、お前、やけにスカート短いなぁ。おう、分かった。俺様にパンツ見てもらいたいのかぁ?」幸太郎は少し不自由な左手で北川の紺色のスカートをめくろうとした。しかし北川はサッと身を翻すと幸太郎の左手は空を切った。北川は茶色のツインテールを揺らしながら得意そうに言った。

「バーカ、幸太郎のスケベ! お前なんかアグネス・チャンのポスター見てマスかいてるんだろ」

「な、な、な、な、なにおー、このドブスゥ!」幸太郎は車椅子で目の前の舞を目がけて突進しようとした。しかし彼の車椅子は急に止まってしまった。

「誰じゃー!」幸太郎振り返ると麻倉遥が車椅子のグリップと介助用ブレーキを握っていた。

「遥ちゃん!」幸太郎は微笑んでいる遥を見るとだらしなく笑った。

「相変わらず片田君と舞は仲が良いのね」麻倉の落ち着いた声を聞くと幸太郎は慌てて右手を振った。

「だ、だ、だ、だれがあんなイカレポンチと。遥ちゃん、それは誤解ですゥ」

「幸太郎、お前はホントにハルカの前では態度が変わるなぁ」北川は呆れていた。

「それより山口君、ちょっと2-B覗いたけど、あなたの周囲はうるさくて大変ねぇ」麻倉遥は涼し気な眼差しで俺を見た。同じ高校二年生とは思えない大人っぽい瞳の色だと俺はいつも感心している。

「別に・・・、どうせ直ぐ静かになる」俺はつまらなそうに言った。

「フフッ、そうね。あと数日したら元にもどるかも。でも永瀬さんはバイリンガルだから大変かも、ねえ拓海?」

「・・・そうだな」拓海は瞳を閉じ少し考えて返事をした。俺と北川、幸太郎はそれぞれ不思議そうに顔を見合わせ、そして幼馴染だという麻倉と拓海を見た。




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