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87.冬コミと初詣


 十二月三十日。


 今日は冬コミの開催日だ。


 正式名称『冬のコミック大市場』と呼ばれるそのイベントは、1975年に始まり、既に45年近い歴史を持つ、日本最大の同人誌即売会。

 夏と冬の二回開催で、それぞれ二日間の内に、来場者数約25~30万人を動員する。


 入場の際にはリストバンド型参加賞が必要で、

参加すると決めたのが二日前だったので、もうどこも売り切れているかと思っていたが、ある店舗に運よく在庫が残っていた。

 丁度二つだけ、午後入場の分が。


 今、その会場の文学市場でも訪れた東京ビッグサイト前の待機列に、怜愛と一緒に並んでいる。


 夏は熱中症対策が必須らしいが、冬の今は、逆にめちゃくちゃ寒い。

 ブログを読んで、貼るカイロ等で防寒対策してきて良かった。

 風邪を引いたまま年を越したくはないからな。



 そして、待つ事一時間弱。


 十二時になったところで、ようやく入場出来た。


 スマホにデータを入れているコミケWebカタログを見ながら、ラノベ作品の二次創作が集まる東展示棟への導線を確認し、人波に揉まれながら、そこに向かう。


 『FC(小説)』の『物書きのアルカヌム』関連の二次創作が集まっている島中に、はなフルこと夏伐さんのブースがあった。

 売り子をしている三人──八剣さん、夏伐さん、揚羽の内、八剣さんと揚羽は、作品を購入しようとする一般参加者(コミケには、お客様はいないとされている)の相手をしている。


 丁度手が空いたらしい夏伐さんに声を掛けた。



「お疲れ様です。夏伐さん──今日ははなフルさんと呼ばせてもらいますね」

「こんにちは。盛況みたいだね」

「ん。二人共きてくれてありがとう。取り置きしておいた私の新刊をどうぞ。ちゃんとサインも入れてある」


 俺はその差し出された、オフセット印刷のB5判

漫画同人誌を、お代を払いつつ、「ありがとうございます!」と受け取った。


 タイトルは、『虹色のアルカヌム』。

 そのタイトル通り、表紙には、七色に彩られた虹の下で、ヒロインの文屋紡希が微笑みながら腕を広げて空を仰いでいるイラストが描かれている。

 怜愛も同じように、サイン入りのその作品を購入していた。


「ん。完結した後の後日談。ハートフルな内容になってる」

「そうなんですね。読むのが楽しみです」


 と俺とはなフルさんがやり取りをしている横で、客足が途切れた揚羽の前に、怜愛が立った。


「な、なんですか? 喧嘩なら買いますよ?」


 揚羽が気圧されて動揺しつつも、敵対の意志を示す。


「ありがとね」

「へっ?」


 思わぬ言葉が怜愛の口から出てきて、揚羽が驚きにポカンと口を開けた。


「直接お礼を言いたかったんだ。心配、してくれてたんでしょ?」

「ま、まぁ、貴女がいなくなったら、張り合いがなくなりますし?」


 素直じゃないな。本当は心から無事を喜んでいるだろうに。顔に喜色が滲んでいるぞ。


「私が伝えたかったのは、それだけ。次に会う時は、また敵同士だから」

「ふん! 望むところです! 次こそは、貴女をぎゃふんと言わせてみせますからねっ!」


 鼻を鳴らしながら、威勢よく言い放つ。


「ふふっ。精々頑張ってね、蝶々ちゃん」


 相変わらず張り合っている二人だが、少しだけお互いを理解したような雰囲気だ。

 このまま、いいライバル関係みたいになれればいいんだけれど。

 


 その後は、コミケWebカタログを見ながら、色んなブースを見て回った。

 目当てのサークルは、事前にサークルのブログ、Twister、HP等を駆使して調べておいた。



 目星い作品を手に入れた後は、コスプレエリアを見学しにいってみた。

 

 そこでは、『カメコ』と呼ばれるコスプレイヤーを撮影するアマチュアカメラマン達が、高価そうな機材を構えながら、シャッターチャンスを狙っていた。


「君がコスプレしている姿も一度見てみたいな」


 様々なキャラクターに扮するレイヤー達を眺めながら願望を述べる。怜愛なら、モデルのキャラよりも魅力的になってしまうんじゃないだろうか。


「そんな事言っちゃっていいの? 蒼介君をメロメロに悩殺しちゃうかもよ? 初心な君に耐えられるかな?」


 挑むように、揶揄うように。

 失意から立ち直った彼女は、持ち前の小悪魔っぷりを存分に発揮している。


 いつもの怜愛を見て、改めて彼女を救えた事に心からの喜びを感じた。




   §



 年が明けた元旦の朝。

 今日は今から皆で初詣にいく約束をしている。


 いき先は、代々木八幡宮。

 渋谷にある太古の森に鎮座する鎌倉時代に建立された古社だ。

 主祭神として応神天皇を祀り、ご利益は厄除開運・産業・文化の発展と守護として信仰されてきた。

 境内社の出世稲荷社は、仕事運・金運アップのご利益があるパワースポットとして知られ、例年約五万人の参拝客が訪れるらしい。


「貴女達が、『蒼銀の歌姫』とそのサポート役のクォーター姉妹ですか。私は蒼兄さんと相思相愛のその愛妹、緋本和咲です。どうぞ、よろしく」

「うん。蒼介と似て、可愛い。よろしく」

「私は茅野エリカっす。同じ妹同士、仲良くしたいっす」


 待ち合わせ場所の代々木八幡駅構内待合室で、対面した和咲と茅野姉妹が挨拶を交わす。

 和咲は昨晩俺の自宅マンションに泊まりにきていた。


「おー、緋本君達ももう揃ってるねー」

「初めて見る凄ぇ美少女が三人もいるな」

「蒼介、怜愛の件ではご苦労だったわね。怜愛も、元気そうでよかったわ」

「よく怜愛を救ってくれたね。緋本君は根っからのヒーロー体質だ」

「ぐぬぬ。美少女率が半端ない。これじゃあ私の腐力が萎んでしまう⋯⋯」


 白鳥、朝倉、涼葉、鳴宮、橘という一軍グループの登場だ。

 来栖が抜けた今、白鳥の言う末広がりオールスターは解散状態になってしまっているが、彼女達は、既に割り切っているのか、その事を気にしている素振りはない。

 白鳥などは、華やかな振袖に身を包み、嬉しそうに怜愛や早速打ち解けた和咲、茅野姉妹に感想を求めている。


 そんな総勢十名が揃い、目的地の代々木八幡宮へと向かおうとしたところ、隣にいる怜愛に徐に手を差し出された。


「ん」

「⋯⋯あの、怜愛さん、まさかこの知り合いが沢山いる中で、手を繋げとか言うんじゃ⋯⋯」


 恐る恐るしながら問う。


「そのまさかだよ。ほら、早くしないと皆に置いてかれちゃうよ」

「はぁ⋯⋯」


 深い溜息を吐きながら、仕方なく手を握ると、すかさず指と指を絡められ、恋人繋ぎに。


 ペシミストな俺には眩しすぎる、新しい年への希望に満ちた朝の白い光が差す中、周りから冷やかされ羞恥を感じながら歩かされる羽目になった。


 それから五分程で、代々木八幡宮に辿り着いた。


 都心にありながら、自然の中で初詣が出来る穴場的な神社。

 その境内には、謹賀新年と書かれた提灯が設置され、参道周辺まで多くの屋台が立ち並んで賑わいを見せている。


 人混みの中、先ずは手水舎(ちょうずや)で手と口を清め、人の流れに乗るようにして賽銭箱の前まで進んだ。


 それぞれお賽銭を投げ入れ、鈴を鳴らし、二礼二拍手一礼し、祈願する。


「君は何を願ったの?」


 お参りを終え、怜愛に尋ねられた。


「俺は家内安全と無病息災、それと、和咲の合格祈願だよ」


 当たり障りのない無難なものだ。


「家族を大事にする君らしい願いだね」

「怜愛は?」

「私は、私欲に塗れてるよ。『変調愛テロル』の発行部数が百万部を超えて大ヒット作になる事」


 大言を吐いているようにも思えるが、彼女は、虚言は決して口にしない。


「ねーじゅさんであれば、神頼みするまでもなく達成出来そうな気がするよ」

「ふふっ。お互い、今年は飛躍の年になるといいね」


 怜愛のその言葉に被せるように、朝倉の声が届いてきた。


「おー、甘酒配ってんな。俺ちょっともらってくるわ」


 振る舞われている甘酒に真っ先に飛び付く。


「私お汁粉ー」

「私も甘酒で温まろうかしら」

「僕はじゃがバターがいいな」

「お、若い美男子二人組を発見! 脳内補完完了! ただちに妄想を展開! ぐはあっ! これはたまらん⋯⋯耽美過ぎて死ねる⋯⋯」


 一軍グループがそれぞれ欲しい飲食物を口にする。

 一人吐血しそうな程に昂ぶっているが、彼女はもう手遅れだろう。処置なし。


「蒼兄さん、私とエリカさんはりんご飴にしますね」


 この短時間の内に意気投合したらしい和咲とエリカちゃんが、一緒にりんご飴の屋台へと向かう。


「蒼介、私、初詣に、来るの、初めて。賑やかで、お祭り、みたい。楽しい」


 アリスが楽しげに周りを見渡しながら笑む。


「それは誘った甲斐があるな。怜愛は何も食べたりしないでいいのか?」

「そうだねぇ。じゃあ、お汁粉をいただこうかな。蒼介君と一緒に」

「俺も同じのを買えっていうのか?」

「違うよ。君と私、二人で一つ。」

「え⋯⋯?」


 予想外の返しに面食らう。


「お願いね」


 俺は戸惑いながらも頷くしかなかった。彼女の圧に屈したのだ。完全に尻に敷かれている。



「んー、甘いね。はい、残りは全部あげる」


 俺が買ってきたお汁粉を二三口飲んだ怜愛に、その余りの入った紙コップを渡された。


 俺は、その紙コップの縁に付いた赤いルージュの跡をまじまじと見つめながら、ゴクリと喉を鳴らした。


「どうしたの? もしかして、間接キスだからって躊躇ってる? そんなの今更でしょ。あんな情熱的なキスまでしておいて」


 揶揄うように口角を上げながら。


「おい、俺の黒歴史を無闇に掘り返さないでくれ。あれは若さ故の過ちだったんだ」


 不満を込めて言い返す。


「ふぅん。君はあの二人にとって大事な意味を持つ誓いの儀式を、そんな風に捉えてたんだ」


 機嫌を損ねたようにして、ジト目を向けられた。


「嘘を吐いた訳じゃない。ただ、完全にキャパをオーバーしてるんだよ」

「器が小さいなぁ。男ならもっとどーんと構えてくれないと」


 そんな風に呆れられても、事実なんだから仕方ないじゃないか。


「俺に男の甲斐性なんてある訳ないだろ」

「二人は、キス、したの?」


 しまった。アリスが傍にいる事を失念していた。


「いや、それはだな⋯⋯」

「そうだよ。とびっきり熱いやつをね」


 俺が答えあぐねていると、代わりに怜愛が得意げにきっぱりと過剰な表現で言い切った。


「そう。仲がいいね。歌詞作りの、参考に、したいから、今度、ゆっくり、聞かせて」


 アリスが興味深げにそう願う。



 そんな一幕があった後は、皆で御神籤を引いた。



「わーい、大吉だー!」

「げっ! 大凶じゃねぇか! こんなんマジで入ってんのかよ!」

「中吉。まぁこういうのは程々がいいって言うしね」

「僕は平だね。希少だから、ツイてると言えるかな」

「私は小吉。『縁談』──あなたの心の声に従いましょう──はい! 今年も腐力の向上とBLの布教に邁進します!」


 と一軍グループ。


「恋愛は、積極的に出れば、吉ですか。蒼兄さんに、更なる果敢なアタックが必要なようですね」

「自分、末吉っす。なんか微妙っすね」

「私、大吉。嬉しい」


 和咲と茅野姉妹の結果。


「私、吉だったよ。無難な結果だね」

「俺は凶だった⋯⋯新年早々ツイてないし、朝倉と仲間みたいで嫌だ⋯⋯」


 とまぁ、そんなこんながあって、去年の一人寂しく過ごしていた時と違い、賑やかな元旦となった。




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