82.欺瞞の罪
大変な事件が起きてしまった。
俺が先日の誕生日の際感じた漠然とした不安は、この事を示唆していたのかもしれない。
それは、週が明けた月曜の事──。
クリスマスと冬休みを前にどこか浮ついた空気の学校を終え、俺は自宅に戻り、ゆったりと過ごした後、夕食を作ってそれを食べた。
そんな、夜が始まって間もない頃。
食後の珈琲を飲みながら、スマホで何気なくネットニュースを流し読みしていると、不意に目を疑うような記事が飛び込んできた。
──『新進気鋭の若手人気女子高生ラノベ作家ねーじゅの最新作「変調愛テロル」三巻に盗作の疑い!』
まさに、寝耳に水だったその知らせに、驚きと憤りを感じながら、その詳細を読み進めていくと、こういう経緯だという事が分かった。
俺も作品を連載中の小説投稿サイトのカキヨミで、”最果”というペンネームで主に恋愛小説を投稿している作者が訴えを起こした事が発端だったらしい。
その証言によると、ねーじゅ先生の最新作として先日発売されたばかりの『変調愛テロル』三巻の内容が、自分が十月の中旬頃にカキヨミで連載を始めた作品に酷似しているという事だった。
つまり、自分の作品をパクられたと言っているのだ。
その最果の作品でも、性別誤認トリックが使われており、物語のクライマックスとなる印象的なシーンで語られる一節が、一文字違わず同じだと言う。
他にも似たような内容の文章が散見されるとの事だ。
事実かどうか確かめようと、その最果の投稿作品を見てみた。
すると、その問題とされている作品は、盗作騒ぎで話題になった為か、星が千を超えていたが、それ以外は、どれも星百にも満たず、凡百の作品の中に埋もれていた。
そのパクられたと言っている作品を読んで見ると、確かに『変調愛テロル』三巻のものと同じ文章が記されていた。
だが、その疑いは、断じて事実とは違う。
その性別誤認トリックのアイデアは、他ならぬ俺が出したものだし、何よりプロ作家としての揺るぎない自信と誇りを持っている怜愛が、盗作なんて卑劣な真似をするはずがない。
ただ、これだけの長さの文章が、一字一句同じになる事など、偶然ではあり得ない。
つまり、その最果という人物は、その作品の連載を始めたという十月の中旬前の段階で、何らかの手段を用いて、怜愛が執筆していた『変調愛テロル』三巻のデータを、盗むか覗き見るかしたのだと考えられる。
盗作を働いたのは、怜愛じゃなく、その最果の方なのだ。
来栖が先日俺に仕掛けた罠が思い浮かぶ。
これは、それよりももっと悪質な、世間を巻き込んで怜愛の社会的地位を貶めようとする謀略だ。
俺は、怜愛の事を案じて、すぐにRainで連絡を取ろうとした。
だが、いつまで経っても、送ったメッセージが既読になる事はなかった。
──スマホも見れない程に落ち込んでいるんだろうか⋯⋯。
ネット上では、SNSや掲示板サイト等で、その盗作の事についてが、数多く語られていた。
ファンだったのに裏切られたと怜愛を非難する声。
ただの虚偽による売名行為だと盗作を否定し、怜愛を擁護する声。
どちら側にも与せず、中立の立場を貫く声。
これらの様々な声を、怜愛はどんな思いをしながら聞いているんだろうか。
早くその疑いを晴らして、彼女を安心させてやりたいが、事実無根の冤罪だと分かってはいても、何の力も持たない俺には、打てる手立ては何もなかった。
§
衝撃的な盗作騒ぎが起きた日の翌日。
怜愛は学校を休んだ。
既に盗作の噂は学校中に広まっているらしく、クラスメイト達もその話題で持ち切りのようだった。
ただ、悪く言う者はおらず、何かの間違いだと皆怜愛の事を信じていたので、その点だけは安心出来た。
そして、放課後となり、心配した俺は帰りに怜愛の自宅を訪ねるものの、会う事は叶わなかった。
対応に出た瑞希さん(怜愛の事が心配で仕事を休んでいるらしい)にはこう告げられた。
「怜愛ちゃんは、誰にも会いたくないと言ってずっと部屋に引きこもっているので、いくら蒼介君とは言っても、会わせてあげる事は出来ないんです。ごめんなさい」と謝りながら。
翌二十四日の終業式も、怜愛は休んだままだった。
その帰りに、白鳥が、怜愛の事が心配だから、何かあったら知らせてと言ってきたので、俺は「ああ、そうする」と頷いておいた。
だが、会う事も出来ず、連絡も取れないんじゃ知りようがない。
以前、二人で過ごそうと約束していたクリスマスイヴ──。
その約束は、綺麗な夢や幻想だけを見せて儚く消えるシャボン玉みたいに、果たされる事のないまま、その日は静かな終わりを迎えた。
§
冬休みに入ったが、依然、怜愛からは何の音沙汰もない。
Rainも未読スルーのままだ。
簡単な朝食を摂り終えた後は、何をするでもなく、怠惰に過ごしていた。
昨夜は、『ライターズシエスタ』のメンバーとRainでグルチャしていた。
皆怜愛の事を心配してくれていて、あれだけお互いにバチバチとやり合っていた揚羽なども、悪感情を排して同情する言葉を寄せていた。
だが、どれだけ周りが心配したところで、怜愛自身が引きこもって連絡も絶っている以上、その言葉を届ける事さえ出来ない。
俺が遣る瀬無い気持ちを抱えたまま、そろそろ昼食の準備を始めようかとしたところ、スマホがRainの着信を鳴らした。
送信者は、『蒼銀の歌姫』アリスだ。
アリス『こんにちは、蒼介』
ブルー『アリス⋯⋯君も、怜愛の事を心配して連絡してきてくれたのか?』
アリス『彼女の、事なら、エリカから、聞いた』
ブルー『そうか⋯⋯』
アリス『彼女、傷付いて、いるんでしょう?』
ブルー『ああ⋯⋯部屋に引きこもっていて、連絡も絶ってる』
アリス『蒼介は、彼女を、助けて、あげないの?』
ブルー『俺だって、出来る事ならそうしてやりたいよ。でも、どうしようもないんだ。俺は、一介の高校生でしかない。世論を動かすだけの力なんて持っていない』
アリス『あがけ』
ブルー『え⋯⋯?』
その普段のアリスらしからぬ厳しい物言いに、戸惑う。
アリス『彼女は、貴方にとって、かけがえのない、唯一、なんでしょう? それなのに、何も、行動を、起こさずに、傍観している、だけなんて、貴方らしく、ない』
ブルー『かけがえのない、唯一⋯⋯』
──そうだ。アリスの言う通りだ。
俺は、何があっても傍にいる──そう怜愛と約束したじゃないか。
それなのに、ちょっと障害に阻まれたからって、その誓いを反故にしていい訳がない。
いつまでも塞ぎ込んでいても何も状況は変わらない。
何かしらのアクションを起こすべきだ。
俺が出来る事なんて細やかな抵抗かもしれないけれど、無為に過ごしているよりは、遥かに生産的だろう。
──怜愛を、救う。
そう、心の中に青く燃える炎を灯す。
俺に課される次の第十三ミッションは、彼女に掛けられた疑いを晴らし、盗作疑惑を解消して、安寧を与える事だ。
ブルー『ありがとう、アリス。おかげで吹っ切れたよ』
アリス『うん。頑張れ。私も、できる限り、力になる。必要な時は、言って』
ブルー『ああ。その時は、頼りにさせてもらうよ』
§
アリスとのRainを終えた俺は、先ず状況をきちんと把握する為に、ネットを使って少し調べてみた。
その結果分かったのは、訴えられたと言っても、未だ裁判所が、原告から提出された訴状を内容を確認して受理をする段階だという事だった。
当事者その他の訴訟関係人に、訴訟上の書類を送達するまでは、十日から二週間は掛かるとの事なので、短くても後一週間程は猶予がある事になる。
出来ればそれまでに、怜愛が盗作などを行ってはいないと証明し、原告と和解や合意に至り、彼女に掛けられている疑いを晴らしたい。
そう考え、次に、カキヨミにおける怜愛の作品の頁に、他TwisterなどのSNSを使って、彼女を応援するメッセージを残した。
これで少しでも、彼女を信じようとする人達が増える事を願って。
そうしてから、何か手掛かりになる情報はないかと、色々と調べていると、一つ大きく気になる点があった。
怜愛がカキヨミに掲載している作品において、そのレヴューや感想欄に、最果のハンドルネームで書かれているものが多数見つかったのだ。
──思い出した! あの最果だったのか!
そう。最果と言えば、ねーじゅさんの作品に、初期の頃は好意的なレヴューや感想を投げていた。
けれど、ある時期から、急に攻撃的な言葉で批判的なレビューや感想をぶつけるようなった問題のある人物だったのだ。
最近は鳴りを潜めていたみたいだったから、今まで思い出せずにいた。
しかし、これは貴重な情報かもしれないぞ。
訴えを起こした最果が、ねーじゅさんに何かしらの悪感情を抱いていたとしたら、その彼女を貶める為に、盗作騒ぎを起こしたという可能性が高まる。
──後は、それを裏付ける為の証拠となるものがあればいいんだけどな⋯⋯。
そう考えながら、スマホを操作して、今は引きこもっていて会話する事さえ出来ない怜愛との、Rainで過去にしたトークの履歴を振り返って読んでいた。
トークの保存期間は最大の三年に設定してあるので、ねーじゅさんとのRainでの思い出は、全て履歴が残っている。
そうしていると、ある時のトークに、まさに俺が求めていた情報が含まれているのを見つけた。
──これだ! このデータがあれば、怜愛への疑いを晴らすための大きな証拠にする事が出来る!
喜び勇んだ俺は、その証拠を一つの起点として、そうするための計画を練った。




