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66.この上ない名誉と修学旅行の班決め


 奇跡の大逆転劇を起こした、もじの広場での揚羽を擁する文芸サークル『ライターズシエスタ』との対決から二日後の火曜日。


 期末考査まで後一週間となり、テスト週間に入った。

 やる事は前回までと変わらない。

 夜のRainでは、怜愛が、第十回目となるプロジェクト会議を開き、第十一ミッションとして、期末考査で前回以上の順位を目指そうと目標を掲げた。

 その後の習慣となった視聴覚室での放課後の勉強会に、部活組に渡す対策プリント──。

 それらを恙無(つつがな)く終え、万全の状態で期末考査に臨んだ。



   §



 結果発表の時が訪れ、廊下の掲示板に貼り出されたその順位表を見て、驚き、瞠目した。




 一位 緋本蒼介 1182点/1200点


 一位 雪代怜愛 1182点/1200点


 三位 七海涼葉 1176点/1200点



 ⋯⋯⋯⋯



 怜愛との同率一位──。


 自己採点である程度は予想していた。

 だが、これまで不動の一位だった涼葉を押し退けてその座を奪えるとまでは思っていなかった。


「どう? トップになった気持ちは?」


 隣にいた怜愛が、達成感に満ちた爽やかな微笑みを向けて問う。


「なんというか⋯⋯喜びと驚きが入り混じっていて、上手く言葉では表現出来そうにないよ」


 物書きというのに、不甲斐ない。


「そう。私は、純粋に嬉しいよ。涼葉から一位の座を奪い取るのが、私が自分に課したミッションだったからね」

「俺と同率っていうのが、その気持ちに水を差してるんじゃないか」

「そんな事ないよ。君が私に並んでくれた事も、同じくらい嬉しい」


 それが紛れもなく本心だというように、声色を強くして。


「そうか。じゃあ、また君に水をあけられないように、これからも気は抜けないな」

「『あなたが今まく種はやがて、あなたの未来となって現れる』──」


 不意に(そら)んじる。そのよく知られた一節を。


「知ってるよ。夏目漱石が、日記の中に書き残した名言だろ?」

「そう。君のまいた種は、ここに実を結んだね。そして、これからも君は未来に向けて種をまき続ける」


 ポジティブな作風の彼女らしい言葉だ。


「君が水と肥料、そして光を与えてくれないと、上手く育ちそうにないけどな」

「私は、さしずめグリーンハンドってところかな。その未来に向けて、これからも力添えさせてもらうよ。君の成長を見守るのは楽しいからね」

「未来かぁ⋯⋯来年の今頃なんて、受験勉強に掛かりっきりなんだろうなぁ」


 その未来を思うと、多少憂鬱になる。勉強は嫌いじゃないが、『受験』というワードが、どうしてもそうさせるのだ。


「その前に、君は輝ける未来を手にしているよ、きっと」


 きっぱりと迷いなく告げた。


「断言するんだな」

「君は真摯で誠実だからね。人に対しても、勉強に対しても、スポーツに対しても、趣味に対しても、そして──」


 そこで怜愛は言葉を切り、その黒目がちなアーモンドアイで、じっと俺の顔を見つめた。


 その瞳に、期待と不安に揺れる俺の顔が映る。


 だが、それも、彼女が一つ大きく瞬きをするまでの事だった。


 彼女の十八番──悪戯っぽい笑顔を作り、緊張していた空気を霧散させると、


「君は、子供の頃の宝物を、いつまでも大事に持っていそうなタイプだから、安心出来るよ」


 何に対してなのかよく分からない言い回しで、はぐらかした。



 その後は、いつものように、部活組に感謝と称賛の言葉を送られた。

 

 また、クラスメイト達の多くからも、一位になった事で、「凄いね、緋本君」、「今度勉強教えて」などと好意的に話し掛けてもらったりなどした。


 ただ、負けず嫌いの涼葉には、こう言われる。


「次は絶対一位を取り戻して見せるから、覚悟しておきなさい。それまで精々、束の間の栄光を噛み締めておくといいわ」


 その半ば喧嘩腰の宣戦布告には、少々辟易とさせられた。



   §



 月が変わって十二月となり、今年も残すところ後一カ月程になった。


 外では、氷属性クーデレキャラの眼差しにも似た冷たい風が吹きすさぶ中、教室では、六限目のホームルームが行われていた。

 一週間後に迫った修学旅行の班決めの為の話し合いだ。


 修学旅行は、来週九日の火曜から、十二日の金曜までの三泊四日の行程。

 行き先は、定番の大阪と京都だ。


「はーい。今から、来週九日火曜から始まる修学旅行の自由行動の班決めと一緒に寝る部屋班の発表を行いまーす。自由行動班の人数は、四から八人の間で、二日目の大阪USJと三日目の京都散策はこの班で動く事になるから、よく覚えておいてねー。部屋班の人数は六人で、これは既に決められているので、配られるプリントで確認しておいてー。じゃあ、自由行動の班を話し合って決めてくださーい」


 ショートポニーのしっぽが今日も元気に跳ねる眼鏡っ娘クラス委員長秋里さんがそう伝える。


 と同時に、後ろの席にいた天真爛漫女子白鳥が、並ぶ机の間をずんずんと突き進み、俺の傍に迫ってきた。


 その純粋さを振りまきながら我が道をいこうとする彼女を止める事は、誰にもできない。


「緋本君、末広がりオールスター復活だよ!」


 そう元気一杯、声高に宣言すると、いつかのように、俺の腕を掴んで、教室の後ろの方へと連行していった。


「よう、緋本! 一緒に京都で舞妓さんを見ようぜ!」


 離れろ、朝倉。暑苦しい。


「蒼介、修学旅行が終わるまでは、一時休戦としましょうか」


 涼葉。いつ俺と君は争いを始めたんだ?


「やぁ緋本君。修学旅行ではお手柔らかに頼むよ」


 鳴宮には、あの夏休み旅行中に懐かれてしまった節があるからな。君が殊勝な態度でいるのであれば、対応を考えてやらないでもない。


「修旅で共に過ごす中で生まれる男同士の愛──学生BLの仄かなキュンを味わえる絶好の機会⋯⋯ぐ腐腐腐⋯⋯」


 甘いな橘。これまでの経験で耐性の付いた俺は、その程度の腐れ加減じゃ少しも揺るがんぞ。


「緋本⋯⋯」


 来栖とは因縁めいた関係になってしまったからなぁ⋯⋯君も嫌だろうけど、俺だって出来れば避けたいんだぞ?


 そんな風に声を掛けられた俺を、怜愛は自席に座って退屈そうに眺めている。


 おい。頼むから、何かフォローを入れてくれ。俺だけじゃ、この一軍グループの放つオーラ(一人陰りを見せている者もいるが)にあてられて萎れてしまうじゃないか。


「ちょっと待て。自由行動の時に、八人の大所帯で動くのは大変じゃないか? 意見の集約が難しくて行動が遅延する原因にもなるし、集合や移動にも時間が掛かる。その他、電車やバスの座席確保とかの問題もあるし、余り現実的なやり方じゃない。組むなら、この八人を四人ずつの二組に分けるべきだ」


 萎縮しそうな心を奮起させ、何とか発言する。


 これで、白鳥が末広がりオールスターの復活を断念してくれれば本望なんだが⋯⋯。

 そうすれば、因縁の相手来栖と組む事だけは避けられそうだ。


「そんなのは、全部気合いで乗り切ればいいんだよ!」


 まさかの根性論。

 俺の出した建設的な意見が、道端に転がっている空き缶を蹴飛ばすように、軽々しく一蹴されてしまった。


「リーダーは、林間学校の時と同じ理人って事で! じゃあ、末広がりオールスターのリバイバル記念に、最後に皆で写真撮ろう!」


 そう言って撮影された写真には、俺が朝倉に肩を組まれながら、苦々しい顔で写っていた。

 それを見る橘の笑顔の卑しさよ。

 白鳥は、早速、写真・動画をメインとするSNS──Isosta(イソスタ)に嬉々として投稿していた。


 修学旅行に待ち受けている不幸を占うような一幕だった。




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