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60.青海苔氏の配信デビューとリレーの練習


 十月下旬の土曜日。


 夜が始まって間もない頃、事前にSNSで告知していた通り、波絵チェリーのコラボ配信が始まった。


 待機画面で、穏やかなピアノによるメロディが流れる中、ベッドで布団に包まって眠っていたデフォルメされたアバターが目覚める。


 程なくして、彼女の配信画面に切り替わった。

 まったりしたローファイ系のBGMに被せて、チェリーのアバターがその小さな口を動かし始める。



『こんちぇ。宇宙から降ってきた一筋の流れ星。決して老いない永遠のセブンティーンとはボクの事。今日も配信頑張るぞい。波絵チェリーです。どうぞ、よろしく。よろしく哀愁』


【きた!】

【こんちぇ!】

【待望のコラボ配信と聞いて】

【ゲストの紹介はよ!】


『では、さくらんぼの皆さんも待ち切れない御様子ですので、さっそく登場していただきましょう。カモン、青海苔氏』


 紹介を受けて、コミュニケーションアプリDipcordのボイスチャンネルで繋がっている俺が、声だけで参加する。


『どうも、さくらんぼの皆さんこんばんは。冴えない根暗な陰キャぼっちから、爽やか好青年イケメンへと変貌を遂げて、女子からモテモテでチヤホヤされるようになってしまった、ラノベ風サクセスストーリーの体現者青海苔です』


【裏切り者がきたぞ】

【自画自賛してて草】

【呪われてしまえ】

【このアウェーに飛び込んでくるとは蛮勇だな】


 くそぅ。俺だってこんな恥ずかしい自己紹介なんてしたくなかったんだ。

 江南に、イラストを描いてくれる事を盾に取られてやむなくなんだよ。


『大歓迎じゃないですか。青海苔氏、相変わらず愛されてますねぇ』

『君は目が腐っているのか? この苦々しいコメントの数々が見えないとでも?』

『いえいえ、青海苔氏の生気を失った目よりはましですよ』

『誰がゾンビだ!』


【冒頭から言葉の殴り合いw】

【青海苔突っ込みイケるやん】

【漫才コンビ】

【学校でも仲良さそうでうらやま】


『とまぁ、青海苔氏は大体いつもこんな感じです。イケメン詐欺みたいなものですね。中身は元の根暗な陰キャのままです。故にモテモテチヤホヤとは誇大広告で法律違反。課徴金の支払いを命じます』

『君がそう言えって言ったんじゃないか! 勝手に冤罪をかけるな!』


【ノリノリじゃん】

【いつもの配信にはない新鮮さ】

【これが配信デビューとは思えんな】

【青海苔氏の才能に嫉妬】


『では、場も温まってきたところで、質問コーナーに移りましょうか。さくらんぼの皆さんの質問』に青海苔氏が「はい、喜んでー!」と居酒屋の定員ばりの活気の良さで答えてくれます。際どいところを攻めた質問だと、更に身悶えながら恍惚とします』

『俺はそんな変態なドMじゃない! 君と一緒にするな!』


【変態コンビw】

【草】

【青海苔もそーなん?】

【恥ずかしがらんでもええんやで】


『青海苔氏、配信デビューではしゃいでるのは分かりますが、少し抑えてください。進行が滞ります。という訳で、さくらんぼの皆さん、質問の方をどうぞ』

『誰のせいだよ、全く⋯⋯』


【青海苔のスリーサイズ】

【誰に需要あるんだ、それ?】

【ベタなところで、名前の由来とか?】

【チェリーが即興で付けたんじゃないの?】


『ほむ。名前の由来ですね。その質問には、他ならぬ名付け親である私が答えましょう。何故なら、彼の本名に──』

『わー! わー! わー!』

『⋯⋯なんですか、煩いですね』

『君ってやつは! あれ程言ったのに! それを言ったら特定されるかもしれないだろ!』


【危うく放送事故になるところだった】

【流石チェリーの配信。無法地帯だな】

【由来は何となく分かっちゃったけど】

【安心しろ青海苔。既に特定班が動き始めている】


 その後も、チェリーとさくらんぼのやつらに散々弄られて、約二時間に及ぶ配信が終わった時、俺は燃え尽きて真っ白な灰になっていた。



   §



 Vtuber江南の配信に、ゲストとして参加させられるという苦行を乗り切ってから数日後。


 今日の体育の授業は、体育祭での各種目ごとの練習に充てられている。

 そんな中、俺は男女混合色別対抗リレーでペアを組む女子とバトンパスに取り組む事になった。



「ヒモっち、よろ~」

 

 毛先を巻いたゆるふわウェーブのギャル風女子が声を掛けてきた。

 何の因果か、俺がバトンを受け取る相手は、この新居なのだ。


 彼女は、青黎祭で演劇をやった時、普段のキャラとは真逆な嫉妬に狂った女役を演じて、その性格にそぐわない器用な面をみせていたが、どうやら足も速いらしい。

 陸上部を押し退けて選ばれるくらいだから、相当だろう。

 人は見掛けに寄らないとは、彼女の為にあるような言葉だな。

 陸上女子の橘は、赤組の方で出るから、こちらにはいない。助かった。


 二人で軽くウォーミングアップをしてから、グラウンドの片隅で、先ずは静止した状態での練習を行う事になった。


「じゃあ、ヒモっち、いくよ~」


 俺の背後に立つ新居が緩く合図を送る。


「は~い」


 気の抜ける声掛けに合わせて、後ろに手を差し出して、バトンを受け取る。


「⋯⋯新居、もうちょっとシャキッとした声は出せないか? 演劇の舞台では出来てただろ?」

「あーね、それね~?」

「じゃあ、もう一回」


 再び前を向いて、後ろからの声を待つ。


「は~い!」


 未だ間延びしているが、少しはましになった。


「まぁそんな感じだな」


 演じる時はやれて、バトンパスではやれないとは、理由が判然としないが、それが限界というのなら仕方あるまい。

 無理強いはしたくないし、多くは望まないでおこう。



 その後、ジョギングしながらの段階に以降し、それにも慣れてきたところで、一度実際にグラウンドのコースを走りながらやってみる事になった。


「じゃあいくよ~」


 コースについた新居が手を挙げつつ声を上げて合図を送り、走り出す。


 その新居だが、自慢のゆるふわウェーブをなびかせながら走る姿は、まるで一陣の風のようだ。陸上部の女子より速いんじゃないか?


「はい!」


 何故か先程までとはまるで違う引き締まった声でバトンを渡され、内心で戸惑いつつも、何とか受け取り、コースを全力で走ってゴールした。



「ヒモっち、ガチで速いね~。あ~し、びっくり~。エモい」


 とギャル語混じりに感心を示す。


「そう言う新居だって、凄かったじゃないか」

「いや~、それ程でもあるっしょ~」


 謙遜するでもなく、誇らしげだ。


「ただ、走りの方はいいとしても、バトンパスはもっと改善する余地がありそうだな」


 走力は申し分ないし、バトンパスも練習を重ねればもっと技術は向上するだろう。

 後は本番で、普段の実力を発揮出来れば、いい結果が残せる筈だ。

 懸念と言えば、予期せぬミスが起きてしまう事だけ。


 ──体育祭では、青黎祭の時のようなハプニングが起きなければいいんだけどな⋯⋯。


 小さな不安に駆られる俺を、秋の深まりを知らせる冷たい風がひやりと撫でていった。




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