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53.凍れる美少女とのキス


 俺が、怜愛と秋里さんと共に、体育館の舞台裏にいくと、そこに集まっていたクラスの皆は、一様に暗い顔をしていた。


 その重い空気を払い除けるように、秋里さんが声高に告げる。


「皆、安心して! 怪我をした来栖君の代役として、この緋村君が出てくれる事になったから!」


 その言葉を聞いた皆の反応は、二つに分かれた。

 朗報だと顔を明るくする者もいれば、懐疑的に眉を顰める者もいる。


「緋村君⋯⋯? ああ、緋本君の事か。彼って、主人公の台詞全部覚えてるの?」

「それなら大丈夫。彼には、私の個人練に付き合ってもらってたから、台本なしでも、最初から最後まで通せるよ」


 怜愛がその疑問に自信を持って答えた。


「けどさぁ、幾ら台詞全部覚えてたって、演技が下手じゃあ、せっかく感動的なシーンなのに観客に笑われて台無しになるんじゃね?」

「その点も問題ないよ。彼の演技力のレベルは高いし、なんならあいつ──来栖君よりも数段上手いくらいだからね。後は、大勢の観客を前にして、冷静に演じれるかどうかだよ」

「それ、マジなやつ?」

「ホントなら大助かりなんだけど!」

「『雪氷の美姫』のお墨付きだぜ? イケるって!」


 怜愛の後押しを受けて、ちらほらと好意的な意見が出始め、そこに発言力の強いゆるふわウェーブで毛先を巻いたギャル風女子新居が付け加えた。


「ヒモっちがやる気があるってんなら、あーしは賛成っしょ~。彼、くるぽんとは違うタイプの陰のあるイケメンでビジュいいし、主人公の青葉君にどっか似てるとこあるし~。あーしもアリかナシかで言えばアリよりのアリっていうか~」


 ギャル語が二日酔いのように頭に響くが、とりあえず褒めてくれたようだ。

 ただ、”ヒモっち”という呼ばれ方が気になる。

 まるで俺が、自らは働かず、女性に依存して堕落した生活を送っているような渾名だ。出来る事なら早々に改めて欲しい。

 秋里さんといい、このクラスの女子は俺の扱いが雑過ぎる。意識してかどうかは知らないが。

 


 希望が見えてきたと前向きなムードが漂い始める。


 そんな中、監督兼演出の内巻きワンカール女子桐谷が俺の前にきて、ポンと肩に手を置きながら呼び掛けた。


「緋本君、君は、今まで土中に埋もれていたモグラだよ! さあ、地上に飛び出して燦々とした光を浴びよう!」


 否、そこは嘘でも、『埋もれているダイヤの原石だ!』とか言っとけよ。

 何だよ、土中に埋もれていたモグラって⋯⋯。陰キャな俺を揶揄してるのか?


「それじゃあ、皆賛成って事で! 開演まで余り時間もない事だし、きびきび動いてくよー。衣装係は、緋村君用に衣装の調整よろしく! 後は──」


 俺と来栖は体格が余り変わらない為、衣装の手直しにはほとんど手間が要らず、主人公の絵描きの少年青葉に扮する事が出来た。



 そうやって、全ての準備を終えた、開演五分前──。


 クラスの全員で円陣を組み、クラス委員長の秋里さんが、挑戦的な笑みを浮かべながら掛け声を発した。


「ねーじゅ先生効果で、客入りはキャットウォークにまで立ち見が出る程の満員御礼! 後は最高の舞台にしてその観客達を沸かせるだけだよ! 皆、いい? いくよ! 二年B組、最優秀賞獲るぞー!」

「「「おぉー!!」」」


 コール&レスポンスを終え、皆がそれぞれの持ち場につく。


 その際に、秋里さんに「頼んだよ、クラス皆の想いを繋げて、緋村君」と託された。


 名前が違うのが少々締まらないなと思いつつ、「ああ、分かった」と頷く。


 そして、客席から舞台裏を隠している袖幕の前に立ち、


「いよいよ始まるな」


 隣に立つ、雪のように真っ白で美しい少女白雪に扮した怜愛に声を掛けた。


「うん。プロ作家ねーじゅとして、『雪氷の美姫』として、そして、雪代怜愛という一人の少女としての最高のパフォーマンスを披露して、観客の度肝を抜いて見せるよ」


 とその黒目がちなアーモンドアイを力強く輝かせつつ宣言する。



 それから暫くの後──。


「長らくお待たせ致しました。ただ今より、二年B組によるオリジナル演劇の舞台『凍れる美少女と一枚の絵』を開演いたします。脚本、ネージュブル、演出、桐谷二千伽(きりたににちか)──」



 そして、舞台の幕が上がる。



   §



『──こうして、未来の医療技術に全てを託した青葉の計らいによって、白雪は、冷凍睡眠状態にされ、凍れる美少女として、眠りながらの数百年という長い年月を過ごす事になるのでした』


 女子生徒によるナレーションが終わり、舞台が暗転し、その間に、裏方による舞台セットの入れ替えが始められた。



 舞台袖に下がった俺は、裏方の女子から「お疲れ様。はい、これ」とペットボトル入りのミネラルウォーターを渡され、それを飲んで一息ついた。


 怜愛は、俺が制作に携わった冷凍睡眠装置で凍りついて眠っている状態のまま後半の未来編に入るので、舞台上に残ったままだ。


 ──ここまでは、何とか台詞をトチる事なく進められた。動きについても、目立ったミスもないし、及第点と言ったところだろう。このまま最後までいければ、皆の期待を裏切らずに済みそうだ。



 暫くして、舞台が明転し、冷凍睡眠装置で凍りついて眠っている怜愛扮する白雪の姿が浮かび上がった。

 その冷凍睡眠装置からは何本ものケーブルが伸びていて、その横に置かれた機械装置へと繋がれている。


 そこに、一人一人が『神の手』と呼ばれる七人の天才医師達役の、白鳥、涼葉、朝倉、鳴宮、橘、秋里さん、原口が、それぞれ白衣を羽織った姿で現れた。


「ふぉっ、ふぉっ、無事成功したのぉ」


 老人医師に扮した原口がその顎から伸びた長い付け髭を擦った。

 ズレた丸眼鏡とコミカルな所作が、弄られキャラの彼によく似合っている。


「これで目覚めてくれるはずなんだけれど⋯⋯」


 若手医師に扮するのは、涼葉だ。

 定期考査で不動の一位を維持している彼女の理知的なイメージにぴったりだな。


「彼女はもう私達の娘みたいなもの。早く抱き締めて目覚めを祝ってあげたいわ」


 橘は中年の医師役。

 今それを演じている彼女は、普段の腐れ加減を微塵も感じさせず、白雪を見つめるその顔は慈愛に満ちている。

 

「僕達の技術を結集させたんだ。きっと上手くいってるさ」


 若い青年医師に扮する鳴宮は、演じるまでもなく、元の気障っぽい口調のままだな。


「白鳥ちゃんの好きな食べ物って、何かなー?」


 少しずれた発言をするのは、少女の医師に扮する白鳥。

 天才児という設定のはずだが、言動は、普段の天真爛漫な彼女に近い。


「奇跡は必ず起きるよ。そう信じていればね」


 キリッとした顔で、眼鏡をクイッとしながら印象的なフレーズを聞かせたのは、若い医師に扮した秋里さん。

 彼女の掛けた眼鏡が生き生きと輝いて見える。


 残る朝倉はというと、他の皆の言葉に大げさに首を振ったり、身振り手振りの反応を示すだけで、台詞は一つもない。

 これは、演技となると、何故か彼の口調が途端に棒読みになる為、台詞を全部カットされたのだ。

 憐れ朝倉。衆目の中で道化を演じる事になるとは。

 まぁ普段の彼をよく知る観客の一部にはウケているみたいだから、彼も満足だろう。



 しかし、暫くそのまま待っても、一向に白雪は目覚めようとはしなかった。


「何故? 手術は成功しはずなのに⋯⋯」


 嘆くように、若手医師に扮する涼葉が呟き漏らす。


 他の天才医師達も、口々に悲しみや無念の言葉を述べ、その場は重い空気に支配された。



 それから後、七人の医師達が皆悄然として舞台上から去っていき、再び暗転する。


 急ピッチで舞台セットの入れ替え等が行われ、再び明転した時には、場面は病室に変わっていた。

 中央に置かれたベッドの上には、怜愛が仰向けの状態で横たわっている。

 その目蓋は、依然として重く閉じられたままだ。


 俺は控えていた舞台袖から、再び舞台上へと上がると、その横たわる怜愛の元へと近付いた。


「どうして目覚めてくれないんだ⋯⋯」


 彼女を深く想う気持ちを表情で示しながら、語り掛けるように問う。


 暫くそのまま彼女の寝顔を見つめ、複雑な心情を、”静”の演技で表現した。



 そうした後、徐に、その長い黒髪を手で(すく)う。


「もったいないな。こんなに綺麗な顔してるのに⋯⋯彼女が笑う姿を見てみたかった⋯⋯」


 真っ白な雪のような頬──。


 ぷるんと瑞々しい赤い唇──。


 二百年もの間凍りついていたとは思えないその美貌を前に、思わず、いけない衝動に駆られてしまう。


 ──この唇を、奪いたい。


 その沸き起こる衝動のままに、重く目蓋を閉じる彼女の唇に、ゆっくりと顔を寄せていき──。


 だが、これは勿論演技なので、その寸前で止める手筈になっている。


 ここまで順調に進めてきた舞台。

 最大の見せ場、このクライマックスシーンを無事に演じ切れば、後はハッピーエンドが待つだけだ。


 そう心中で安堵していると、ここで想定外の大問題が発生してしまった。


 重く目蓋を閉じたまま、怜愛が、その紅いルージュが薄く引かれた唇を小さく動かして衝撃的な言葉を告げたのだ。


「⋯⋯ねぇ? ホントにしちゃう?」


 心臓が、バクンと大きく跳ねた。


 激しい動揺に、今自分が舞台で演じている事も飛んでいき、一瞬、頭の中が真っ白な状態に。


 けれど、すぐさまハッと我に返る。

 

 ──これはいつもの彼女が得意とする揶揄いなんだから、気にするな。


 そう自分に言い聞かせ、平常心を取り戻しつつ、そのまま彼女の唇に顔を近付け、唇同士が触れ合う寸前で止めた。


 その間、彼女は、妙な真似をしようとはせず、身動(みじろ)ぎもしなかった。


 ──ふぅ。大人しくしていてくれたか⋯⋯。


 と俺が胸を撫で下ろした時──。


 突如、跳ねるようにガバリと上体を起こした彼女が、驚愕に唖然とする俺の首に両手を回し、不意打ちで頬に唇を押し付けてキスをしてしまった。


「──ッ!」


 勿論、これは台本にない完全な彼女の暴走行為だ。


 唇を重ねた訳ではなく、頬へ──とは言え、振りではない本当のキスを見せられた観客達は、一瞬で騒然となった。


「えっ!? 今、ホントにキスしてなかった?」

「確実に触れてたよな!?」

「いやいやいや、衆人環視の中でやるって、どんだけだよ!」

「チークキスって⋯⋯欧米か!」

「俺の『雪氷の美姫』の唇がー!」



 悪びれもしない怜愛は、いつものそれを最大レベルまで引き上げたような、小悪魔チックと呼ぶのも生温い悪戯っぽい笑みを浮かべると、軽やかな動きですくっと立ち上がった。


 そして、くるりと真っ白いワンピースの裾を翻しながらこちらに向き直ると、


「目覚めさせてくれた私からのお返しです!」


 その台詞も、台本には書かれていない彼女のアドリブだった。



   §



『──こうして、白雪を数百年もの間凍りつかせる原因を作った、あの嫉妬に狂った女によってズタズタに引き裂かれていた絵は、生まれ変わった彼の手によって無事元通りに復元されました。そしてその絵は、同棲を始めた二人の自宅に飾られる事になり、末永く二人の幸せな生活を見守り続けたのです──』


 ナレーションが終わり、暗幕がゆっくりと降ろされていき、舞台の閉幕を告げる館内アナウンスが流れる。


 怜愛と共に舞台袖に戻った俺達を待っていたのは、クラスメイト達からの質問攻めだった。


「ねぇねぇ、あのキスの意味は?」

「二人は付き合ってんの?」

「雪代さん、大胆!」

「末永くお幸せに。俺は潔く身を引かせてもらうよ⋯⋯」


 皆あの衝撃のキスシーンついて言及するばかりで、俺の必死の演技に触れてはくれなかった。

 悲しい⋯⋯。


 そこに、ゆるふわウェーブで毛先を巻いたギャル風女子新居が加わった。


「ホント、驚かされたっしょ~。あんなアドリブするなんてつよつよ~。怜愛ちゃんって、ヒモっちの事好きピだったんだね~。あーし的にはエモくてヤバイくらいメロかったよ~。観客にはウケてたし、あーしもウケたし~。やっぱ怜愛ちゃんしか勝たん」


 天才医師を演じたクラス委員長の秋里さんも続く。


「本当にありがとね、緋村君! おかげで舞台は大成功だよ!」


 ──まぁ、皆喜んでるみたいだし、細かい事は気にしないでいいか。


 何とかそう自分を納得させる。


 そうして、少々どころではないハプニングがありはしたものの、とりあえず、観客達を満足させる演技が出来たんじゃないかと、じわじわと込み上げてくる達成感を味わっていると──。



「この後、いつものフリースペースで待っていて」


 既に衣装を着替えて、普段のブレザー姿に戻っていた怜愛に告げられた。


 先程の頬へのキスの余韻が未だ残っていて、すぐに応じる事が出来ずに固まっている俺。


 彼女は、そんな俺の返事を聞くのを待たずに、傍から離れていった。



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