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52.想定外のアクシデント



 怜愛との文化祭デートをした初日から一夜明け、青黎祭の二日目が始まった。


 今日は、一般公開日になる。

 その為、校内のみだった昨日と違い、生徒達の保護者や家族に親族等、他校の生徒達や本校の受験を希望する中学生、並びに地域の住民達等が訪れ、昨日以上の賑わいを見せる事になる。

 来場者達は、全て事前に申し込みし、その許可を得た者達ばかりだ。


 今日は俺達のクラスは出し物の演劇を午後から体育館で行う。

 だが、舞台セット等必要な物は既に舞台裏に運び込んであるので、舞台が開演される午後一時前の準備段階に入るまで、特に仕事はない。


 ちなみに、怜愛に勝負を持ち掛けた揚羽が脚本を務めたオリジナル演劇の舞台は、午前十時に体育館で開演される事になっている。


 もちろん俺と怜愛は、その舞台を見にいくつもりだが、その前に、一つ問題が起きてしまっていた。


「これはこれは、そちらの娘さんには、うちの蒼介君が大変お世話になっているようで」


 と俺の父さんが丁寧な態度で挨拶すれば、


「いえいえ、私の怜愛ちゃんこそ、蒼介君にはいつもよくしてもらっているんですよ。彼のおかげで、怜愛ちゃんの可愛い笑顔が増えていい事づくめです」


 と怜愛の母親瑞希(みずき)さん(とんでもない美魔女)が、朗らかな微笑みを湛えながら返す。


 休憩所として開放されている俺達の教室に、お互いの親が同時に現れて鉢合わせしてしまったのだ。


「蒼兄さん、お久しぶりです。お盆に泊まりにいって以来ですから、あれからもう二ヶ月近くが経つんですね。会えない時間が長過ぎて、寂しかったです。蒼兄さんの温もりを思い出すために、抱き締めてください」

「和咲。いい加減兄離れしたらどうだ?」


 俺と和咲がそんな会話をする隣では、


「怜愛、舞台を前にして緊張しているだろう。私が緊張を解す為に頭を撫でてあげよう」

「お父さん、私もう子供じゃないんだから」


 などと、怜愛と彼女の父親(けい)さん(一見すると三白眼で冷たくキツイ印象を受けるが、中身はただの親馬鹿だ)がやり取りをしている。


 そうしているところに、また新たにその集まりに加わってくる、ベリーショートヘアの洗練されたボーイッシュな大人の女性がいた。


「怜愛さん、君が脚本に携わったというオリジナル演劇を見にきたよ。調子の方はどうかな?」


 クールな態度で言う。洗練されていて、格好いい印象だ。バリキャリって感じがする。


冬瑚(とうこ)さん。多忙なのにわざわざきてくれてありがとう」


 怜愛が、親しげな相手にだけ向ける類の気を許した微笑みを向けながら、感謝を伝える。


「なに、平日ならともかく、今日は日曜だからね。君の文化祭にくる権利は十分にあるよ。それでも働けというのなら、編集長に辞表を叩き付けてやるから」


 冗談めかして、掌を拳で叩きながら言い放った。


「どんな理由があっても、辞表を出すのだけは止めて。私が困っちゃう」


 眉尻を下げながら、本当に心配するように。


「あはは。ほんの冗談だよ。ところで、君と脚本を共作したっていう例の彼はどこに?」


 キョロキョロと辺りを見渡す彼女。


「ああ、蒼介君なら、そこ」


 視線で怜愛が俺を示した。


「あ、どうも」


 紹介されて、ペコリと頭を下げる。

 どうやら彼女は、怜愛の作品を担当している編集の人らしい。


「私は貴志冬瑚(きしとうこ)という者でね。悠英社(ゆうえいしゃ)という出版社の編集部に勤めている、怜愛さんの作品の担当編集なんだ。君が緋本君か。そして、カキヨミで恋愛小説を投稿しているスカーレット&ブルーでもある」

「えっ? もしかして、怜愛から聞いてるんですか?」


 編集部の人間にまで話すとは。


「確かに、怜愛さんから君の事を紹介されはしたけれど、スカーレット&ブルーとしてなら、私はそれ以前から知っていたよ。君の投稿作品を全て読んでいたからね」

「ええっ!? 失礼ですけど、貴女、あの大手出版社として知られている悠英社の編集部に勤めているんですよね? そんなエリートが、俺なんかの鳴かず飛ばずな作品を?」


 まさに寝耳に水だ。疑う訳ではないが、容易には信じられない。


「怜愛さんの言った通り、自己評価が極端に低いなぁ。私はこう見えて恋愛物には目がないんだ。その中でも、特に純愛物にね。最近の人気ジャンルのものは、職業柄、仕事として扱う事もあるけれど、個人的にはあまり好きになれないんだ。その点君の作品は、どこか古典を思わせる王道を貫いていて好感が持てるよ。筆力も申し分ないしね」


 貴志さんが所感を述べる。身に余るお言葉だ。


「そうなんですか⋯⋯でも、それなら、最近連載を始めたラブコメは、王道純愛物とは毛色が違うんでがっかりされたんじゃないですか?」

「確かに、最初はその作風の変化に戸惑いもしたね。けれど私は、あの作品も、一種の純愛物だと定義しているよ。主人公の成長をメインに描かれていても、その根底には、その成長を促すヒロインとの心の繋がりがある。それは、純愛と呼べるものだと、私は思うよ」

「なんか、過大な評価いただいてるみたいですけど、確かな目を持っている編集の人に認められているのなら、自信に繋がります」

「うん。君の作品は、どこに出しても恥ずかしくない誇るべきものだよ。まぁ編集としての立場から言わせてもらうと、書籍化するには、未だ読者からの評価が足りていないね。こっちもこれで食べていっている以上、幾ら出来が良くても、売れないと分かっている作品を出版する訳にはいかないんだ」

「ええ。それについては、自分でもよく理解していると思っています」


 そんな事を俺と貴志さんが話していると、またしても新たな顔ぶれがやってきた。


「緋本君、お疲れ様デース!」

「ごきげんよう。お久しぶりですわね。焦らしプレイをされていた気分ですわ」

「ん。元気してた?」


 ここにはいない揚羽が所属する文学サークル『ライターズシエスタ』のメンバーだ。


「皆さん、お久しぶりです。ようこそ、青黎祭へ」

「光ちゃんと、あの新進気鋭の若手女子高生作家ねーじゅ先生との対決デスからねー。こんな名勝負、普通はお金を払っても見れマセんよー」

「私は光さんが勝つのではないかと予想していましてよ。あの子は未だ若いですけれど、才能の塊ですもの。きっと脚本の面でも秀作を仕上げている事でしょう」

「ん。私も光に一票。それで、その光はどこ?」

「彼女なら、もうすぐ舞台が開演しますから、他のクラスメイト達と一緒に、舞台袖に集まっている頃じゃないですかね」


 その横から会話に割り込んでくる女子生徒がいた。


「はなフル氏、お久しぶりです。その節はどうも」


 ド変人の江南だった。


「ん。チェリーも元気そうで何より」


 んん?

 まさかこの二人、知り合いなのか⋯⋯?

 驚きだ。どういう繋がりだろう?

 江南は夏伐さんのイラストレーターとしてのペンネームで呼んでいるし、夏伐さんは、江南のVtuberとしての名前で呼んでいる。

 夏伐さんは、顔出ししている訳じゃないし、夏伐さんが波絵チェリーのリスナーとか?

 でも、配信を見ていたからって、それで江南には繋がらないはずだよな。

 一体どういう事なんだ⋯⋯?


 そんな疑問に首を傾げる俺の横で、いつの間にか、八剣さんと貴志さんが旧知の仲のように親しげに会話していた。


「久しぶりね、架純。まさか、この文化祭で貴女に会えるなんてね」

「冬瑚さんも相変わらずクールなバリキャリって感じで、恰好いいデスねー」

「貴女も、大学の学園祭で出会った時から変わらず、若々しくて美人じゃない。金髪碧眼の外国人キャラって需要高いよ」


 お互いを褒め合うこの二人も、以前からの知り合いだったらしい。


 ──最近、世間の狭さを痛感させられる事が多い気がするな⋯⋯。


 俺がそんな事を考えつつ、次々と訪れる関係者達の対応に追われていると、崇拝するねーじゅ先生こと怜愛と楽しげに会話していた和咲が、話を切り上げて寄ってきた。


「蒼兄さん、そろそろ、不届き者の憎っくき泥棒猫が、恥ずかしげもなくその稚拙な筆力で書いたという出来損ないの脚本によるオリジナル演劇という名の三文芝居が行われる時間ですよ」

「和咲、まだ顔も合わせた事のない相手に対して、辛辣にも程があるだろ⋯⋯何が君をそこまで駆り立てるんだ⋯⋯」


 『ねーじゅ先生の敵は、私の敵です!』とでも言わんばかりの和咲の剣呑さに、俺は戦慄を禁じ得なかった。



   §



「いい舞台デシたねー」

「私、思わずラストシーンでは号泣してしまいましたわ。おかげでハンカチが、愛撫された蜜◯(みつつぼ)のようにビチョ濡れですの」

「ん。あれは脚本の勝利。流石光」

「確かに感動的でしたね。怜愛ちゃん、あんないい舞台の後で、プレッシャーを感じていませんか?」

「怜愛、嫌だったら、無理にやらなくてもいいんだぞ?」

「平気だよ、お母さん、お父さん。蝶々ちゃんの脚本はまあまあの出来だったけど、こっちは最強タッグで書き上げた力作だからね。ネージュブルの敵じゃないよ。その上、私がヒロインを演じるんだから、主人公の演技がどれ程の大根だろうと、それをカバーして余りあるってもんだよ。終幕後、観客はスターティングオベーション──そして、青黎祭の最優秀賞は、うちのクラスがいただきだね」

「君のその自信が、一体どこから沸き起こるのか、俄然知りたくなってきたよ」


 順に、八剣さん、純岡さん(もう彼女のセクハラ発言に突っ込むのは止めた)、夏伐さん、怜愛の母親瑞希さん、怜愛の父親慧さん、怜愛、俺の発言だ。


 現在午前十一時四十五分にもうすぐなろうとしている時分。

 今俺達は、再び休憩所になっているうちの教室で、椅子を円状に並べて座りながら、揚羽達の舞台の感想会みたいなものを開いている。

 先程、昨日に引き続いて入店した大正浪漫カフェ『癒泉館』で、集まった皆で一緒に昼食を摂ってきたところだ。

 父さんと和咲は、俺達のクラスの演劇が始まるまで他の出し物を見て回るとそこで別れたので、ここにはいない。


 俺達が、ああだこうだと互いに意見を交わし合っていると、クラス委員長の秋里さんが、何やら血相を変えた様子で教室に駆け入ってきた。


「雪代さん、大変な事が起きたの!」


 その傍にきて、不穏な言葉を告げる。


「どうしたの、秋里さん? そんなに切羽詰まったような顔して」

「主人公役の来栖君が怪我して舞台に立てなくなっちゃったんだよ!」

「えっ!?」


 それまで余裕の態度で、後は開演するのを待つばかりだった怜愛の表情が崩れ、驚きと共に焦りの色が滲む。


 秋里さんの話によると、こういう経緯だったらしい。

 焼きそばの模擬店をしているクラスに来栖が入店しようとした。

 すると、その入口の上に掲げられていた看板のネジが外れて落下し、彼の足を直撃してしまった。

 その後で、容体を診てくれた保健室の先生の話によると、舞台に立つのは到底認められないとの事だったそうだ。

 レントゲンを撮ってみない事には詳しくは言えないけれど、骨にヒビが入っている可能性が高く、打撲の状態も酷いらしい。


「どうしよう、このままじゃ開演出来ないよ。もう時間もそんなに残っていないし、一体どうすれば⋯⋯」


 憔悴した秋里さんが、不安に押し潰されそうにしながら、力なく呟く。


「残念だけど、舞台は中止にするしかないんじゃないか? 代役を立てようにも、他に主人公を演じれるやつなんて⋯⋯」


 話しながら、はたとある事実に気が付かされ、不吉な予感に絡め取られた。


 言葉を途中で詰まらせた俺の肩が、ガシッと力強く掴まれる。


「蒼介君、いけるね?」


 怜愛が、その黒目がちなアーモンドアイで見つめながら、真剣な顔で問う。


「ま、待ってくれ! 確かに俺は、君の演技の練習に付き合う過程で、台詞を暗記はした! けれど、それと主人公役がちゃんと務まるかどうかは別問題だろ!」


 俺が慌てふためきながら拒むものの、怜愛は聞き入れてくれる様子もない。


「大丈夫! ヤバイ状況になっても、私がアドリブでなんとかフォローしてみせるから!」


 と力強く言い放つ。


「そんな事言われても⋯⋯」


 俺がどうしたものかと逡巡していると、他の人達からも背中を押す言葉を投げ掛けられた。


「緋本君、為せば成るデスよ!」

「私も、貴方が主人公を演じるところを見てみたいですわ。恍惚とさせる名演、期待していますわよ」

「ん。頑張れ」

「緋本君なら上手く演じ切る事が出来ると私も思いますよ。怜愛ちゃんとも息がぴったりですし」

「蒼介君、大きな成長を遂げたかったら、それが今だよ」


 全員から後押しされ、最後に怜愛の言葉で諭された俺は、頷くしかなかった。


「ああ、もう、分かったよ! やればいいんんだろ!」


 こうなっやらもうヤケだ。

 黒歴史確定の未来が今から見える気しかしないが、それでもいいってんなら、引き受けてやろうじゃないか。骨は拾ってくれよ。


「よく言った! それでこそ男ってもんだよ!」

「緋村君、ありがとう!」


 怜愛と秋里さんに、称賛と感謝の言葉をもらい、俺も覚悟を固める。


「気にしないでいいよ。俺も、皆が今日のために必死で頑張ってきたのは知ってる。出来ればその努力が報われて、笑って青黎祭の終わりを迎えたいしな」


 ついでに秋里さん、いい加減俺の正しい名前を覚えてくれ。わざとやってるんじゃないだろうな。


「そうと決まったら、さっそく舞台裏にいこう! 衣装を緋村君用に調整し直さないと!」

「よし、いこう! 漲ってきたよー!」


 人の不幸を喜ぶようであれだが、来栖が相手役から外れて、心底嬉しそうな怜愛。


「緋本君、Viel(フィール・) Erfolg(エアフォルク)!」


 不意に八剣さんが、馴染みのない言葉を浴びせてきた。


「⋯⋯なんですか、それ?」


 怪訝に眉を顰めながら、問う。


「ドイツ語で、『成功を祈るよ』という意味の言葉デス!」

「⋯⋯どうも。まぁ失敗した時は笑ってやってください」




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