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51.青黎祭の始まり



 十月初頭の土曜日。


 ついに、大多数が待ち焦がれていた(俺は人混みが苦手だから、特に待ってはいない一部の層に含まれる)文化祭──通称”青黎祭(せいれいさい)”が開催される日が訪れた。


 消えゆく思い出みたいなひこうき雲がたなびく高い空は、インクルージョンが少ない宝石のように澄み切っていて、青はその無邪気な少年にも似た自由さを彼方まで広げている。


 盛大なフェスティバルに相応しい快晴の下、開催場所の学校へと赴く生徒達の足並みは、誰もが浮ついているように見える。

 常ならば憂鬱な授業が待っている辛い事も少なからずある学校も、この日ばかりは一日中羽目を外せるとあって、気持ちは軽くなり、胸は躍っているのだろう。


 最近は俺の厭世観も、だいぶ薄れてきたような気がする。 

 去年までの俺なら、祭りの熱に浮かされている彼らを見て、心中で毒付いていたはずだ。

 これも、怜愛と親しくするようになった影響だろうな。


 その怜愛と共に、校門の前に飾られた、色取り取りのバルーンなどで彩られたアーチを並んで潜り学校に入る。

 文化祭実行委員会が中心になって企画・制作を手掛けたとの事。


 教室に入り、既に登校してきていたクラスメイト達と挨拶を交わした。


 今日から二日間に渡って行われる青黎祭は、初日の今日は、校内のみ。一般公開されるのは、二日目の明日になる。


 うちのクラスの出し物は、一般開放される二日目に体育館で行われる演劇。

 なので、教室は簡易的な休憩所として開放される事になっている為、それ用に机と椅子を並べてある。


 皆が、「今日どこを回る?」などと期待を膨らませつつ話すのを聞きながら、怜愛の話にも応じるというマルチタスクを行いながら過ごす事暫く──。


 美作先生が教室に入ってきて、「時間だ。開会セレモニーが行われるから、体育館に集合するように」と告げられ、俺達はその言葉に従った。



   §



 体育館で行われた開会セレモニーでは、主催者挨拶、来賓祝辞等の後、生徒会長である樫井さんがマイクを持って登壇し、開催の挨拶をした。


「──今日からの二日間が、皆様にとって、そして、私達生徒にとっても忘れられない素晴らしい思い出になる事を心から願っています。それでは、存分に青黎祭をお楽しみください」


 持ち前の緩く柔らかい口調で語り、そう締めくくって開催宣言をすると、樫井会長はマイクを持って、徐に演台より前に進み出た。


 すーっと大きく息を吸い込む音が、マイク越しに響いてくる。


「今がその時だ! 青黎で起こせ! アオハル革命!」

「「「うぉー!!」」」


 突如として叫ばれた青黎祭のスローガン。

 それに腕を振り上げながら、力強いレスポンスを返す生徒達。

 というか、樫井会長、そんな声も出せたんですね。

 

 会場が異様な盛り上がりを見せ熱気に包まれる。

 そんな中、オープニングアクトとして、吹奏楽部によるポップなアレンジがされた校歌の演奏、ダンス部によるブレイクダンスとヒップホップを混じえたダンスパフォーマンス等が繰り広げられ、更なる高揚を誘う。



 そんな熱狂の式を終えた後は、自由行動となった。

 俺の今日の仕事と言えば、大道具・小道具係りとして、既に体育館の舞台裏に運び込んである、明日の演劇で使う舞台セットのチェックをするくらいだ。


「それじゃあいこうか、蒼介君」

「ああ」


 そのチェックは後回しにして、文化祭デートとして、怜愛と一緒に各クラスの出し物を見て回る約束を果たすべく、その誘いに応じる。


「それで、何から見て回る?」

「まだお腹は減っていないから、食べ物の模擬店は後回しでいいかな。先ずは、アトラクション系から見にいってみようよ」

「となると、各教室では、お化け屋敷、脱出ゲーム、巨大迷路、射的や輪投げが出来る縁日ゲーム、ステージでは、バンド、ダンス、漫才なんかの発表、そして、グラウンドでは、ジェットコースターや大規模なクイズ大会が開催されるって書いてあるな」


 事前に渡されていたパンフレットを見ながら、それらを挙げていった。


「うーん⋯⋯音楽好きとしては、バンド演奏とか気になるかなぁ。それって何時から?」


 怜愛が下顎に人差し指を当てて考える素振りをしつつ尋ねた。


「午前十時からと午後二時からで、それぞれ一時間取ってあるな。午前の部が軽音部で、午後の部が一般生徒による有志バンドだ」

「じゃあ、今九時を過ぎたところだから、先にお化け屋敷にいって、その後でバンドを見にいこうよ」

「お化け屋敷? 君、お化けは信じてないんだろ? 林間学校前に、非科学的だって否定してたじゃないか」


 すかさず突っ込みを入れる俺。


「信じる信じないは関係ないでしょ。ああいうのは、イミテーションだからこその恐怖ってのがあるんだよ。存在しないお化けなんかよりも、作り物のホラー映画の方が、よっぽど恐怖を掻き立てられる」


 鹿爪らしく、説き伏せられた。


「はぁ、さいですか」


 適当に相槌を打つ。


「さぁいくよ。私がどれ程のクオリティか見定めてあげる」


 

 これから魔王の討伐に向かう勇者のように、勇ましく前を歩く怜愛の後について向かった二年E組の教室。

 そこは、一面がおどろおどろしい様相に飾り付けられていた。

 髑髏が陥没した眼窩の奥に怪しい光を宿し、至る箇所に深紅の鮮血が飛び散っている。


「へぇ、結構リアルじゃないか」


 その凝った装飾を見ながら、感心したように評する。


「これくらい、普通だよ。それに、問題は中に入って恐怖を感じるかどうか」


 怜愛の評価の物差しは、基準が厳しい。文化祭の出し物に、そこまでのレベルを求めるのは酷というものだろうに。


「いらっしゃいませ~」


 黒いマントを羽織り、頭に深くフードを被った怪しげな魔法使いみたいなコスプレをした女子生徒が、声色を作りつつ招き入れる。


 俺と怜愛は、入場料三百円をそれぞれ払い、『覚悟は出来たか?』とこちらを煽るような文句が書かれた暖簾を潜り、中に足を踏み入れた。



 紋切り型のヒュードロドロ的なBGMが流れる中、怜愛と並んで薄暗く狭い通路をゆっくりと歩く。


 すると、不意に何か冷たい物が頬に触れた。


「──こんにゃくか。古典的だな」


 その正体を知り、天井から吊り下げられたこんにゃくを、片手でぺしっと払う。


「食べ物を粗末に扱っちゃ駄目でしょ」


 御尤もで。


 そのまま、二人してお化け屋敷の客としては歓迎されそうもない太々(ふてぶて)しい態度でずんずん先へと進んでいく。


 と、古びた新聞紙の切れ端や割れた空き瓶等が転がっている廃墟風の装飾がされた場所までやってきた時──。


 突如、横に垂れ下がっていた暗幕がバサリと開き、頭に斧が突き刺さった血塗れの白衣を着た男子生徒が奇声を発しつつ躍り出てきた。


「ぐぅわぁああああああ!」


 だが、彼のその熱演を前にしても、怜愛は顔色一つ変えず、欠片も動じる事なく、呆れ返ったように大きく溜息を吐くと、辛辣な言葉を投げ掛けた。


「そんな稚拙な演技で、本当にリアルな恐怖を演出出来ると思ってるの? ホラー舐めてるんじゃないよ。出直してきて」

「は、はぁ⋯⋯なんか、すんません⋯⋯」


 怜愛から本気の駄目出しを食らったお化け役の男子生徒は、肩を落としながら、暗幕の奥へとすごすごと引き下がっていった。


 憐れだ。

 せっせと頑張って準備していたであろう彼の事を思うと、いたたまれない気持ちになってしまう。


 どうか、今後彼の元に訪れる生徒が、純粋に驚き怖がってくれますように。



   §



 怜愛曰く、「口程にもなかった」お化け屋敷を出た俺達は、軽音部によるバンド演奏のステージを見るべく、体育館に向かった。


 入場すると、丁度開演時間だったらしく、MCを務めるボーカルの男子生徒がマイクを握っていた。

 他、ギター、ベース、ドラム、キーボードの五人編成だ。

 皆で、『青黎スターズ』と書かれたお揃いのTシャツを着ている。


「皆さん、『青黎スターズ』のステージへようこそ! 『青黎スターズ』は、我が校の軽音部のメンバー五人で、この青黎祭のためだけに結成された期間限定コピーバンドです。楽しい一時を約束するので、最後まで見ていってねー!」

「「「おぉー!」」」


 聴衆達が、その呼びかけに、一斉に手を振り上げて応える。相変わらずうちの高校の生徒はノリがいい。


 そして、ドラムがスティックを叩き、「ワン、ツー、スリー、フォー!」とカウントし、演奏が始まった。


 その特徴的なギターのカッティングと印象的なキーボードのメロディですぐに分かった。

 一曲目は、Mrs.GREEN APPLEの『ダンスホール』だ。

 ファンキーかつキャッチーなサウンドのその曲に合わせて、聴衆は身体を揺らしたり、手を振り上げたり、ジャンプしたり等して盛り上がる。

 中には、そのアップテンポな曲に合わせて躍っている生徒までいるみたいだ。


「上手いね。バンド名がネタみたいなやつだったからどうかと思ってたんだけど、うちの軽音部って結構レベル高いんだ」


 ネーミングセンスについては、ねーじゅ先生じゃない時の君も、人の事を言えないと思うんだけどな。


「この曲結構好きなんだよな。俺はネガティブな陰キャだけど、『いつだって大丈夫』って歌われるのを聞いていると、何となく、そうなんだって気がしてくる」

「いい曲だよね。『この世界はダンスホール』。どうする? 私達も一緒に踊っとく?」


 楽しげに揶揄うようにして、無茶な誘いを掛けてきた。


「俺にダンスなんかの経験がある訳ないだろ?」


 苦々しく顔を歪めながら。

 ダンスなんて、アメリカ人がパーティでするようなやつだろう? そんな陽キャ御用達の享楽的な行為に興じるのは御免だ。


「経験なんて要らないよ。こういうのはノリで何とかなるって、ほら」


 嫌がる俺の手を取って、その場でくるくるとと楽しげに回って見せる怜愛。


「あはははっ!」


 ──人目も気にせず、子供みたいにはしゃいじゃって、全く⋯⋯君といると、退屈しないよ。


 誘われるように、軽やかなステップを刻む。


 その可憐にスカートを翻しながら優雅に舞う様は、踊るように降り落ちる雪景色を見ているようだった。



   §

 


 軽音部のステージを見た後は、笑ったり踊ったりして喉が渇いたという怜愛の提案で、模擬店で休憩を取る事に。

 そこで、樫井会長が店員として接客しているという三年A組の大正浪漫カフェ『癒泉館(ゆずみかん)』を訪れてみた。


「ようこそ、癒泉館へ。お席へご案内致します。どうぞ、こちらへ」


 俺と怜愛をそう迎え入れてくれたのは、着物と袴を合わせたハイカラな格好をした樫井会長だった。

 白い着物と赤い袴のコントラストが鮮やかで、施されたバラ柄がいいアクセントになっている。

 モダンでいて、どこか懐かしい。

 袴を着る事で、その豊満な二つの果実が強調されているような気もするが、そこに視線を向けるのは失礼なので、意識して彼女の顔に目をやるようにする。


 促されて中に入ると、ステンドグラスの窓を象った装飾に、床一面は木目調のタイル貼りで、教室っぽさは完全に消えている。


 花柄のデザインがされたレトロなテーブルクロスが掛けられた席に、怜愛と向かい合う形でつく。


「悠果姉さん、その衣装似合ってるね。可愛い」


 怜愛が、目を細めながら褒める。


「ふふっ。ありがとう、怜愛ちゃん。緋本君はどう思う?」


 樫井会長が、カーテシーをするように、ショート丈の袴の裾を両手で摘み、軽く持ち上げて見せた。


「いい感じだと思います。『はいからさんが通る』に登場しそうな雰囲気ですね」

 

 大正時代を舞台にした大人気漫画で、アニメ、映画、ドラマ、舞台等、多岐に渡ってメディアミックスされたラブコメディを引き合いに出してみた。


「そうかな? そう言ってもらえて嬉しいよ。私、あのアニメ好きなんだ」


 ころころと笑む樫井会長。


「悠果姉さん、ここのおすすめのドリンクって何?」

「そうだねぇ。珈琲、紅茶、カフェラテ、抹茶ラテ、クリームソーダがあるから、その中から好きなのを選んでね」

「じゃあ私、抹茶ラテにするよ。蒼介君は?」

「俺は珈琲にしようかな」

「抹茶ラテに珈琲ね。フードやスイーツはどうする?」

「今は喉が渇いてるだけだから、ドリンクだけでいいよ」

「はい。かしこまりました。すぐに御用意するので、少々お待ちください」


 注文を取った樫井会長は、席を離れ、裏方として働いているスタッフ達に伝えにいった。


「⋯⋯君、また悠果姉さんの胸見てたでしょ」


 怜愛にジト目を向けて責められた。


「言い掛かりだ。俺は来栖とは違うぞ」


 俺は潔白だ。故に反駁させてもらう。


「そうは言っても、君も健全な男子高校生──否、余り健全でもないのかな? 何だか枯れてるイメージあるし。なら、大丈夫か」


 思い直したようにして、失礼な事を宣う。


「おい、その納得の仕方はいただけないな。俺はまだ枯れてないぞ。人を老人扱いするのはやめてくれ。俺はまだピッチピチだ。見ろ、この肌艶を」


 頬をペチペチと手で叩きながら、若さを主張して見せた。


「その言葉選びのセンスからして年季を感じさせるね。そう言えば、私がこの青黎の入学式で初めて君を見た時は、目が死んでたよ? 枯れてるどころか、今にも風化してさらさらの砂になりそうだった」

「なんて儚い⋯⋯というか、君、その頃から俺の存在に気付いてたんだな。出来るだけ陰に潜んでいようと、存在感を消していたのに」

「忍者にでもなるつもりだったの? 私はちゃんと見てたよ。自分に近いものを感じていたからね」

「君は確かにミステリアスだったけれど、俺はただ殻に閉じこもっていただけだぞ」

「一見した印象だと、そうかもね。でもそうだなぁ⋯⋯少し格好付けた言い方をすると、魂が共鳴していた感じかな。フィーリングだよ。理屈じゃない」

「フィーリングねぇ⋯⋯」


 その言葉を自分なりに咀嚼して飲み込んでみる。


「だから、ブルーさんの中の人が君だって分かって喜んだんだよ。もしかすると、私達って、青葉にとっての白雪みたいな、ソウルメイトって言えるような関係なのかもね」


 彼女の口から、そんな印象的な言葉が紡がれたところで、樫井会長が、注文の品を木製のトレーに載せて運んできた。


「お待たせしました」


 丁寧な所作でそれぞれの前に、珈琲と抹茶ラテが置かれる。


「何だか楽しそうだね。どんな話してたの?」

「私と蒼介君が、ソウルメイトじゃないかって事について」


 怜愛が答えると、樫井会長は、パンと両手を叩き合わせると、目を輝かせながら夢見る乙女のように語った。


「ソウルメイト! 私、そのソウルメイトの恋愛を描いた映画を最近見て感動させられたばかりなの! 前世からの特別な絆で結ばれた関係っていいよねぇ。憧れちゃうよ。あ、そうだ! 緋本君が今連載中のラブコメに登場する主人公とヒロインの蒼生君と雪乃ちゃんの二人も、そういうソウルメイトな関係にしてみてもいいんじゃないかな?」


 気持ちが抑えられないように、身を乗り出しながら。樫井会長がここまで早口で話すのは初めて聞いた。


「うーん、ソウルメイトな関係性か⋯⋯考えた事なかったな⋯⋯」


 そのアイデアに、腕を組みながら唸る。


「これは、私が思い付きで口にした言葉が、作品作りのヒントになっちゃったかな?」

「ね! いいと思うでしょう? 蒼生君と雪乃ちゃんって、巡り逢うべくして出会ったんだと思ってたんだよね。それが前世からの繋がりで──っていうんだったら納得だよ」

「ありがとうございます。いいアイデアをいただきました。どうにか作品に落とし込めないか、自分でもよく考えを練ってみます」



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