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50.演技の練習と共同ペンネーム


 

 九月も残すところ後数日──そんなある日の宵の

口。


 バスケットコートのある広々とした公園。

 そこで俺と怜愛は、外灯の下、暖色系の光に照らされた中、お互い首と背中に手を回して、見つめ合いながら立っていた。


「君と永遠に一緒にいる事を誓うよ。例え、死が二人を分かつとも、来世でも、そのまた来世でも巡り逢って結ばれよう」

「うん。君をずっと永遠に愛すよ」


 そして、二人は互いの唇を近付け──。


「はい、ここまで」

「はぁっ⋯⋯緊張した。こういうシーンは心臓に悪いな」

「この後は、嫉妬に狂った女が叫びながら登場だから、新居さんがいないと出来ないしね」


 俺達は今、『凍れる美少女と一枚の絵』の現代編におけるクライマックスシーンを演じていたところだ。


 ここで二人切りでの演技の練習を始めてから、既に十日以上が経った。

 怜愛は日増しに練度を高め、それに付き合う俺も、彼女に必死に食らいつきながら相手役を演じ、初めの内はとちっていたけれど、今ではだいぶ熟れてきたと思う。


「それにしても、木の役しか経験がなかった蒼介君が、ここまで演れるとは思わなかったよ。この短期間で台詞まで全部暗記しちゃってるし。流石は隠れハイスペック」


 と怜愛が褒めてくれる。


「俺も自分で驚いてるよ。君にリードされてる面も多いけどな」


 新しい自分を見つけた気分だ。


「君、案外役者に向いているのかもね。本当の自分を押し殺して、陰の存在を長く演じていたからとか?」

「否、陰キャなのは、俺のデフォルトだよ」

「ふふっ。何にせよ、おかげで自分で納得がいく演技が出来るようになったよ。『Practice makes perfect』──練習する事で完璧に近付くけれど、内容次第では、間違った方向にいきかねないからね」

「そりゃあよかった。今週末に迫った青黎祭に向けて、調整は万全ってところか」

「うん。これなら最高のコンディションで本番に臨めそう」


 怜愛は自信ありげに拳を握ると、「一息入れようか」と外灯の下に置かれているベンチに座った。

 ここにくる途中のコンビニで買っておいた、ペットボトル入りのスポーツドリンクを口に傾ける。


 俺もそれに倣い、彼女の隣に腰掛けてペットボトル入りのお茶を飲んだ。


「文化祭の二日目には、蒼介君のお父さんと和咲ちゃんがくるんだっけ?」


 喉を潤して人心地ついた怜愛が尋ねた。


「ああ。怜愛の方は、両親がくるんだったよな」


 お茶のペットボトルを脇に置きながら答えて、問い返す。


「うん。どっちも過保護だから、ちょっと恥ずかしいんだけどね」


 怜愛が、いじいじと姫カットされた長い横髪を指で弄ぶ。

 彼女の照れる仕草を見るのは、珍しい。


「俺、まだ会った事ないんだよなぁ。どんな両親なんだ?」

「お父さんは、(けい)って名前で、企業向けのファイナンシャルプランナーをしてる。眼鏡を掛けていて、見た目は冷たくて厳格そうなんだけど、中身はただの子煩悩な父親だよ」

「まぁ君みたいな一人娘を持ったら、そうなるのも分からないでもない」

「お母さんは、瑞希(みずき)って名前のエステティシャン。こっちも普段はお淑やかだけど、私に対しては激甘で構いまくり」

「君を産んだ母親なら、相当な美人なんだろうなぁ」

「見た目が浮世離れしてるっていうのは私も認めてるけどね。アラフォーにもなるっていうのに、未だに私の姉妹だって誤解されるくらいだし」

「美魔女ってやつか? ラノベとかじゃよくある設定だけど、身近な現実にも存在してるなんて思わなかったよ」

「蒼介君のお父さんはどんな人なの?」

「温厚で柔らかい感じかな。大手のアウトドアメーカーで企画課課長を務めてる」

「君をそのまま大人にしたような感じ?」

「父さんは俺みたいなペシミスティックな人間と違って、よく出来た人だよ。周りからの人望も厚い」

「その真偽はともかく、一度会って話してみたいものだね。文化祭できちんと挨拶しておかないと」

「まぁ君はいいとしても、クラスメイトと自分の親が会うのって、出来れば避けたいよな」

「ホント、それ。私なんて、『雪氷の美姫』なんて二つ名まであるんだよ。それって何の拷問? って話だよ」


 と眉間に皺を寄せながら。


「ははっ。自分の書いた脚本を自分で演じるっていうのも、相当なもんだしな」


 と相槌を打つ。その気持ちは理解出来る。


「それはもう今更って感じだけど──ああ、そうそう。その脚本の事で、君に大事な話があるんだった」

「大事な話って?」

「ペンネームの件だよ」

「ペンネーム? ねーじゅ名義で発表するんじゃないのか? そっちの方が話題になり易くて集客力も上がるだろうし」

「それじゃ駄目だよ。だって、今回は、二人で共作した脚本なんだよ。それが分かるペンネームじゃないと、私のプロ作家としての矜持が許さない」

「君がそうしたいって言うなら、それでもいいけど⋯⋯じゃあ、どんなペンネームにするんだ? シンプルに二人のペンネームを合わせて、ねーじゅ&ブルーとか?」

「近いけれど、それより、もっといいのがあるよ。とっておきのが、ね」


 そう言って、パチリとウインクして見せた。


「もったいぶるなぁ。でも、君には、あのチープなプロジェクト名なんかを命名したっていう前科もあるしなぁ」


 故に油断は出来ない。


「ネージュブル」


 唐突に、その単語を告げた。


「なんだそれ。どっかで聞いた事があるような響きの言葉だけど」

「フランス語で、『青い雪』を意味する言葉だよ。Neige(ネージュ) Bleu(ブル)。君の青に染まった私の雪。どう? 私達の共同ペンネームにぴったりだと思わない?」

「何だか怖いくらいに嵌ってるな」

「ね? おあつらえ向きって感じでしょ?」


 得意げになる怜愛。とても楽しげだ。自分アイデアにワクワクしているらしい。


「ちょっと気恥ずかしいし、俺なんかが烏滸がましいって気持ちもあるけど、いい響きのペンネームだと思うよ」

「うんうん。これで、私と君が相思相愛だって、公然とアピール出来るね」


 そう悪戯っぽく笑う彼女の細められた黒目がちなアーモンドアイ──。

 そこには、サンタさんにクリスマスプレゼントを期待して、枕元に大きな靴下を用意して眠る幼子のような、あどけない期待の色が宿されていた。




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