47.文学サークル『ライターズシエスタ』
閉場まで後一時間もない中、慌てて再度入場した文学市場の会場。
そこで俺は、足早に先程訪れた文学サークル『ライターズシエスタ』のブースを目指した。
ブースの前にくると、あの時売り子をしていた小柄な少女はおらず、代わりに、髪を横で結んだサイドポニーの少女が立っていた。
「あの!」
思わず大きな声が出てしまった。
「はい、なんですか?」
「二時間程前に、ここでこの文芸誌を購入させてもらった者なんですが」
「あ、そうだったんですか!? ご購入、ありがとうございます!」
元気よく礼を言い、頭を下げるサイドポニーの少女。
「それで、この『恋は星が瞬くように』っていう冒頭の一作目に掲載されている短編の恋愛小説を書いた人に会わせて欲しいんです!」
懇願するように、テーブルに身を乗り出しながら詰め寄る。
「えっ!? 私の書いた小説を読んでいただけたんですか?」
そのぱっちりした淡いブラウンの瞳を輝かせながら、驚きと喜びを示す。
「君が書いたのか! 素晴らしい作品だった! ぜひ君と親交を深めたい! よければ、連絡先を教えてくれないか?」
「えっ? ええっ?」
俺に手を両手でがっしりと掴まれながら迫られ、あたふたと動揺するサイドポニーの少女。
そうしていると、彼女の背後で椅子に座っていた二人の若い大人の女性が立ち上がり、その傍らに立った。
「ちょっとお客さん、そういうのは感心しないデスねー。ボディタッチはメッ! デスよー」
「未だお若いんですもの。衝動に突き動かされれてしまう事もあるでしょうし、光さんの可愛いらしさに参られてしまったのでしょう。致し方ない事ですわ」
一方は、アニメやラノベに登場するような外国人キャラ風のイントネーションで話す、金髪をロングポニーテールに結んだ女性。
もう一方は、お嬢様風な口調の、腰まである長い髪を下の方で緩く結んでいる、大きな二つの果実が目を引くグラマラスな女性。
先程の寝ぼけ眼の少女といい、中々に濃いキャラが集まっている。
外国人キャラな女性に窘められ、お嬢様キャラな女性に擁護された俺は、はっと我に返り、平身低頭非礼を詫びるのだった。
§
「先程は、本当にすいませんでした⋯⋯素晴らしい作品に巡り合えた事で、テンションが上がり過ぎていて⋯⋯」
エリーズ珈琲の店内にある五人以上で使う個室で、俺は改めて、彼女達に向かって頭を下げた。
「そういう事デシたかー。なら、やむを得ないデスねー」
「若さ故の過ちという事ですわね」
「ん。君は私のイラストの良さが理解出来る見込みある青年。悪い事なんてする筈がない」
「私は別に気にしてませんから、頭を上げてください」
四人の許しを得て、頭を上げる。みんないい人達みたいでよかった。
「それでは、せっかくこうしてワタシ達の作品を通じて出会ったんデスし、お互いの自己紹介から始めましょうか。ワタシは、八剣架純といいマス。二十六歳デス。この文学サークル『ライターズシエスタ』の代表を務めていマス。ドイツと日本のハーフデス。日本語は、アニメや漫画、ラノベで学びマシた。中学生の時に日本に留学してきて、大学卒業後、出版社に就職シマしたけど、二年前に独立して、フリーランスのWebライターになり、同時にこのサークルを立ち上げマシた。ドイツ人としての名前ももちろん持っていマスけど、既に祖国は捨てていて、ここ日本に骨を埋めるつもりデスので、その事には触れないでくだサイ」
外国人キャラの女性は、八剣さんというらしい。
綺麗なブロンドの髪に碧眼で、凛としたとても綺麗な人だ。
ドイツで生まれ育ったのに、日本語が堪能じゃないとなれないライター業に就いているなんて凄いな。
俺、物書きとして彼女に負けている気がする。
「では、次は私ですわね。私は、純岡愛奈という者ですの。『ライターズシエスタ』の副代表でしてよ。現在二十一歳で、都内の私立大学に通っていますわ。草月流に属する華道家の娘で、私も生け花を少々嗜んでおりますのよ。趣味は、小説を読む事──特に官能を得られる刺激的な内容のものが好みですわ。どうぞ、よしなに」
この人、いきなりとんでもない性癖をぶっ込んできたな。
見た目は、まさに深窓の令嬢って感じの淑やかな女性なのに⋯⋯どこか江南に通じる残念さが漂っている。
「やっと私の番。名前は夏伐花凜。『ライターズシエスタ』書記。愛奈と同い年の二十一歳。専門学校卒で、フリーのイラストレーターをしてる。君が買った文芸誌の表紙だけじゃなく、挿絵も全部私が描いたもの。これでも業界ではそこそこ名が知れてる。”はな花フルーリー”ってペンネームなんだけど、知らない?」
「えっ!? もしかして、ラブコメラノベ『物書きのアルカヌム』のイラストを担当したはなフルさんですか?」
その驚きの事実に、思わず前のめりになる。
「ん。一般的にはその愛称で呼ばれてる」
「うわぁ! 俺、あなたのイラストに惹かれてあの小説を買ったんですよ! 文芸誌の表紙に描かれてるイラストを見た時から、何処かで見たような絵柄だなぁっ思ってたんです!」
感激だ。まさかこんな偶然の出会いで、憧れのはなフルさんと知り合えるなんて。
「ん。やっぱり君は見込みがある。よければ文芸誌にサインしてあげるけど」
「本当ですか! ありがとうございます!」
という事で、俺はひょんな事から、人気イラストレーターはなフルさんの直筆サイン入り文芸誌をゲットする事が出来た。
彼女が少女などではなく、れっきとした大人の女性だという驚きの事実も気にならない程に浮かれてしまっている。
今日は収穫が多過ぎてキャパオーバーなくらいだ。
「それじゃあ、最後に私ですね。私の名前は、揚羽光です。『ライターズシエスタ』の会計を担当しています。今年で十六歳で、私立の青黎高校っていう学校の一年生です」
「えっ!? 君、うちの高校の生徒だったのか?」
これは奇縁と言うべきか。これからも繋がりが得やすくなるのは僥倖だ。
「という事は、貴方も青黎の!?」
彼女も驚いたようで、目をぱちくりとさせる。
「ああ。俺の名前は緋本蒼介で、青黎の二年生。趣味でWeb小説を書いていて、カキヨミって投稿サイトで今ラブコメ小説を連載中だ」
「うちの高校の先輩だったんですね! そう言えば、友達が、二年生に凄くバスケが上手くてイケメンな緋本っていう先輩がいるって話してたような⋯⋯私、球技大会は風邪で休んでたんで、先輩が活躍するところは見てないんですけど⋯⋯それで、緋本先輩のペンネームはなんていうんですか? カキヨミなら私もアカウント持っていますし、知ってるかも」
「スカーレット&ブルーだよ」
「ええっ!? 今人気急上昇中の話題作『ふるリア』の作者さんじゃないですか! 私、あの作品、初投稿からずっと追いかけてるんですっ!」
熱心な読者でいてくれているらしい。今日は嬉しくなる事ばかりだな。
「そうだったのか? 未だそこまで言う程評価は高くないけどな」
「何を言っちゃってくれてるんですか! 『ふるリア』は、いずれ必ず大人気になる作品ですよ! 書籍化だって夢じゃありません! 私が保証しますっ!」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、それより、君の『愛は星が瞬くように』だよ。あれ程の衝撃を受けた作品に出会うのは、久しぶりだった」
彼女──揚羽の勢いに押されて尻込みしながらも、その作品を称賛した。
「そ、そうですか⋯⋯? 私、執筆を始めて未だ一年にも満たないので、何だか照れちゃいます⋯⋯」
揚羽が赤らめた顔を俯かせながら、両手の指を組んでモジモジとする。
「たったそれだけの期間であれだけの作品を書き上げのか。控え目に言って、天才だな」
「そんなに持ち上げないでくださいよ! それまで本を沢山読んでたから、下地が出来てたってだけですっ!」
「二人は同じ高校だったんデスねー。これは驚きデス。世間は狭いデスねー」
と八剣さん。
「アオハルですわね。瑞々しくて甘酸っぱいですわ」
続けて、純岡さん。
「ん。青黎の二年生なら、私も知り合いがいる。光には未だ言ってなかったけど、今度の文化祭にも、『ライターズシエスタ』のこの三人でいくつもり」
『ん』が特徴的な喋り方の夏伐さんも。
「花凜さん達も見にきてくれるんですねっ! 楽しみが増えちゃった!」
嬉しげにする揚羽。
彼女は他のメンバーとは年が離れているが、その分愛されているみたいだな。仲の良い四姉妹みたいな関係だ。
「そうなんですね。文化祭では、うちのクラスはオリジナル演劇の出し物をするんで、よかったら見ていってください。一応俺も共同ペンネームの脚本で関わっています」
「えっ? 緋本先輩のクラスもですか? 実はうちの一年C組でも、オリジナルの演劇をやる予定なんですよ。私、趣味で小説書いてる事皆に知られてるから、その脚本頼まれて、慣れないながらも必死になって完成させたんですっ!」
「そう言えば、実行委員の田辺が、一年にもオリジナルの演劇やるクラスがあるって言ってたな」
「お互い、脚本として携わった舞台が成功するといいですねっ!」
それから暫くはそのまま雑談していたが、もう外も暗くなってきた事だし、Rainでグループチャットを作っておくから、続きはまた今度そこで、という事で、お開きになった。




