43.凍れる美少女と一枚の絵
先日に引き続き、六限目がホームルームとなった教室。
そこでは、クラスメイト達が、俺と怜愛で協力して完成させた脚本の、各人に配付されたコピーを読んでいるところだ。
この脚本には、登場人物達の台詞やト書き、シーン転換等も書かれているため、台本を兼ねたものになっている。
この脚本を、俺と怜愛は、共に意見を出し合い五日で完成させた。
結構な労力を費やされたが、それに見合うだけの内容になっていると自負している。
まぁ怜愛の力によるところが大きいのも否めないけどな。
タイトルは、『凍れる美少女と一枚の絵』──。
怜愛の案により、童話『白雪姫』をベースに、その古典を、舞台を現代とそれから数百年後の未来に置き換えて色々と改変した物語。
そのあらすじは、以下のようなものになる。
〈現代編〉
白雪という名前の、雪のように白く美しい少女がいた。
その白雪は、ある冬の雪がはらはらと舞う日に、小さな公園で一人の絵描きの少年──青葉と出会う。
興味を抱いた白雪が、「どんな絵を描いているの」と尋ねると、少年は、「僕の未来だよ」と答える。
その絵には、そこの小さな公園で、雪が降りしきる中、キスを交わす若い少年と少女が描かれていた。
「漸く巡り逢えたね。僕の真っ白な雪の妖精」──。
その後、二人は徐々に互いの心の距離を縮めていき、ついに結ばれて恋人同士になる。
二人は誓い合った。
どれだけの時間が経っても、生まれ変わっても、永遠に一緒にいようと。
しかし、そんな幸せな日々は、そう長くは続かなかった。
ある嫉妬に狂った女によって、二人は引き裂かれる事になってしまう。
Mirrorというマイナーな動画サイト。
そこで配信された動画の背景に、たまたま二人が仲良くしているところが映っていて、それを見た女は激しく憤った。
その女は、青葉に激しく執着するストーカーであり、彼をいつも追いかけ回して多大な迷惑を掛けていた。
そして、「私というものがありながら、他の女と仲良くするなんて⋯⋯あんなブスのどこがいいっていうのよ! こうなったら──」とある行動に移る。
そうとは知らない愛し合う二人は、白雪の誕生日を、初めて会ったあの小さな公園で共に祝っていた。
白雪の胸には、青葉からプレゼントされた、彼があれから一年掛けて完成させた絵が収められた額縁が抱えられている。
いつしか雪が舞い始めた中、二人は、その絵に描かれているように、互いに見つめ合い、ゆっくりとその唇を──。
「見つけたわよ! このドブ女!」
その場にやってきた、嫉妬に狂った女の手には、鋭い刃先を持つナイフが握られていた。
彼との幸せなキスを邪魔された白雪は、襲い掛かってきた女に抵抗も出来ずに刺されてしまう。
降り積もった雪を鮮血で真っ赤に染め上げながら、地面に倒れ伏す白雪。
青葉が必死に彼女に呼び掛ける中、女は、白雪が落とした絵を拾い上げた。
額縁のアクリル板を地面に叩き付けて割り、その中に収められていた絵を、ナイフでズタズタに切り裂く。
青葉の慟哭と、女の狂った笑声が、雪の降る小さな公園に響いていた。
白雪は、内臓にまで達する大怪我を負い、意識不明の重体となってしまう。
緊急で行われた手術により、一命は取り留めたものの、血液の供給力の低下により、脳がダメージを受けていて、意識が戻らないままだった。
そして、医師から、現代の医療技術では、彼女を目覚めさせる事は出来ないだろうと言われた少年は、一つの可能性に賭ける事にする。
白雪を冷凍睡眠状態にして、今より進んだ未来の医療技術に託そうと。
その頃には、自分は既にこの世にはいないだろうが、問題ない。
僕達は、生まれ変わっても永遠に共にあると誓い合ったんだから──。
〈未来編〉
七人の医師達が、冷凍状態から解かれて手術を終え、ベッドに横たえられている白雪を見守るようにして囲んでいた。
意識を失ったまま目覚めない白雪が、冷凍状態にされてから、数百年後の未来──。
それぞれが『神の手』と呼ばれる七人の天才医師達が行った手術は、成功した。
だが、白雪は何故か一向に目覚めなかった。
その白雪が眠る病室に、一人の少年が入ってくる。
彼は一介の絵描き。
凍らされて眠る彼女の傍らに置かれていた、ズタズタに引き裂かれている絵に何となく惹かれてしまい、それ以来、頻繁に彼女の病室を訪れるようになっていた。
手術の結果を、期待と不安を抱えながら待っていた少年は、成功したと聞き、一度は喜んだが、目覚めないと続けられ、落胆した。
その日の夜。
面会時間ギリギリまで居座っていた少年は、眠り続ける白雪の顔を見つめていた。
「もったいないな。こんなに綺麗な顔してるのに⋯⋯彼女が笑う姿を見てみたかった⋯⋯」
そうしていると、あるイケない衝動が、熱を持った胸の奥からせり上がってきた。
彼は思わずその衝動に突き動かされるままに、眠る白雪の唇に、自分の唇を重ねてしまう。
すると、白雪の重く閉ざされていたはずの目蓋が、ゆっくりと開き──。
「やっとでまた巡り逢えたね。私の運命の君に」
白雪は、彼があの永遠を誓い合った絵描きの少年の生まれ変わりだと、信じて疑わなかった。
そして、その少年もまた、奇遇にも青葉という名前を持っていて、生まれ変わる前の記憶を取り戻し、その事を自覚する。
数百年の時を超えて、再び巡り逢った二人は、ここにもう一度結ばれた。
その後はエピローグ。
青葉が、ズタズタに切り裂かれていた絵を何とか復元。
その幸せな二人が描かれた絵は、一緒に暮らすようになった二人の住まいに飾られたという事が、ナレーションで語られて終劇となる。
「どうかな。白雪姫を下敷きにしてあるけれど、オリジナルな要素も沢山盛り込んだつもりだし、高校生が文化祭の演劇でやる分には、割といい感じに仕上がったと思ってるんだけど」
怜愛が皆の反応を窺うと、一斉に称賛の声が返ってきた。
「いいよ、これ! 分かり易いし、キスシーンもあって盛り上がりそう!」
「うんうん。数百年の時を超えてもう一度結ばれる純愛って、感動的だよね!」
「さすがプロの作家が考えただけはあるなぁ。内容のよさだけじゃなくて、台本の作りも細かい点までしっかりと説明されてる」
「後は、キャストを誰にするかだね。ここ重要だよ。せっかくの感動的な物語も、キャスト次第で台無しになるんだからね」
皆が口々に高い評価を語る中、クラス委員長の秋里さんが、両手を叩いて皆の注意を自分に向けた。
「はーい。じゃあ、脚本は満場一致でこれでいくって事で、次に役割の振り分けを行いたいと思いまーす。先ずはキャストを決めて、残った人達が裏方に回るって感じね。そのキャストだけど、やっぱりヒロインの白雪からかな。誰か立候補したい、もしくは推薦したい人がいるなら、挙手して発表してくださーい」
秋里さんが促すと、ゆるふわウェーブで毛先を巻いたギャル風女子(新居だったはず)が、「は~い」と口調まで緩い感じで手を挙げた。
「はい、新居さん、どうぞ」
「ヒロインはやっぱ姫ぴょんっしょ~。可愛さはあーしも負けるくらいエグいし~。マジ映えて、皆好きピになると思うんだよね~」
ギャルである。悪い子ではなく、むしろ接し方が緩く柔らかいので、皆から愛されている感じなのだが⋯⋯。
緩い口調も、一見樫井会長と被っているようでもあるが、如何せん、ギャル語というものに耐性がないため、癒やし効果のある彼女と違って少々聞き辛い。
「えー、私ー?」
推薦された白鳥が、自分の顔を指差しながら、戸惑いを見せる。
「私も、姫ちゃんなら、外さないと思う」
「俺も白鳥さんを推すぜ!」
「でも、姫ちゃんって不器用だから、上手く演技出来ないんじゃない?」
「眠ってる時に、クシャミとかしそう。もしそうなったら、一気に場が白けちゃうよ」
賛成と反対の意見が半々出る中、もう一人挙手する男子がいた。
俺が今絶賛敬遠中の来栖だ。
「はい、来栖君、どうぞ」
「俺は怜愛がいいと思う。雪のように真っ白で綺麗な女の子って、怜愛のイメージにぴったり重なるだろ」
その意見に、幾つもの好意的な反応が返ってくる。
「確かに、言えてるよね。雪代さんが、自分をモデルにしたんじゃないかってくらいに」
「それに、美少女JK作家ねーじゅ先生の脚本&主演なんて、話題性抜群じゃん。観客が体育館に入り切らないくらい見にくるかもよ」
「でも、『雪氷の美姫』だぜ? 振りでもキスシーンなんてNGなんじゃねーの?」
次々に上がってくる声に、秋里さんがストップを掛けた。
「はいはーい! それじゃあ、他に立候補や推薦もないみたいなんで、クラス投票でどちらかに決めたいと思いまーす」
そうして行われたクラス投票の結果、倍以上の差を付けて、怜愛がヒロインの白雪役に抜擢された。
「という訳で、ヒロインの白雪役は、雪代さんにやってもらう事に決まりました。雪代さんは、そういう事でオーケーかな?」
「クラス投票で決められたんだから、その結果を拒むような事はしないよ。私は執筆が本業であって、演技はあまり経験がないけれど、そんな私でよければやらせてもらう」
怜愛は渋るかと思っていたが、素直に結果を受け入れる事にしたらしい。
まぁ彼女は多才だから、不慣れな演技でも卒なく熟す事が出来るだろう。
「快く引き受けてくれてありがとう。これは貴女の一ファンとして言わせてもらうけど、本業の執筆に負担が掛からない程度に頑張ってくれればいいからね。文化祭は皆で協力して盛り上げる楽しいお祭りであって、個人に無理を強いるものじゃないから」
秋里さんが、その苦労を慮るようにして言った。
「気遣ってくれるのは嬉しいけど、出来る範囲でやるから、心配は要らないよ」
「そう。じゃあ、演技の方でも期待させてもらうね。はい。という訳で、次に主人公の絵描きの少年青葉役を決めたいと思いまーす。立候補、推薦、どちらでもいいので意見をどうぞー」
その言葉に、他の誰よりも先んじて、怜愛を白雪役に推薦した来栖が手を挙げた。
「俺がやってみたいんだけど、いいかな?」
なんと、自らの立候補だ。
主人公を演じてみたいと言い出すなんて、幾ら爽やかイケメンでも、少々痛々しい。
そこまでして、怜愛と共演したいのか。
どうせ、怜愛をヒロイン役として推薦する前から、その腹積もりでいたんだろうが⋯⋯。
ふと後ろの席にいる怜愛をチラ見してみると、世界一苦いお茶として知られる苦丁茶を、三十杯程一気飲みさせられたように顔を歪めていた。
「いいと思う。来栖君イケメンだし、舞台でも輝けるよ」
「サッカー部のレギュラーで、運動神経抜群だし、演じるのも上手そうだよね」
「雪代さんと並び立つとしたら、やっぱ来栖か。最近イケメンにクラスチェンジしたやつは、見た目はまぁイケてるとしても、元がド陰キャだし」
「でも、絵描きの少年って、優しげで柔らかいけど、どこかミステリアスな面もあるとおもうんだよな。来栖って、陽なイメージだし、ちょっと違うんじゃないか? そういう観点でいくと、緋本の方が適役だと思うんだけどな」
概ね肯定的みたいだが、三番目に発言したやつ──それはもしかしなくても、俺の事か?
見た目を褒めてくれたのはいいが、元がド陰キャは言い過ぎだ。
それに比べて、早風の意見の的確さよ。
陰キャをミステリアスだと言い換えているし、彼はこのクラスにおける一服の清涼剤だな。
早風がマスターを務める喫茶店に通いたくなってしまう。
「それじゃあ、来栖君と、今名前が挙がった、ひ、ひ──あれ、緋村君だっけ? その緋村君とで、クラス投票して決めるって感じでいいかな?」
秋里さん⋯⋯せっかく早風が、正しい名前を言ってくれたのに、君って子は⋯⋯。
そう俺が心中で嘆く中、再びのクラス投票が行われ、その結果、圧倒的大差で来栖に決まった。
俺に入ったのは、三票だけだった。
俺は自分に投票するのは憚られたので、不本意ではあるものの来栖に入れておいた。
仮に選ばれたとしても上手く演じ切れる自信なんてないしな。
だから、三人が俺を支持してくれた事になる。
その内の二人は言わずとも知れた、怜愛と早風だろうが、後一人が分からない。
その疑問に俺が首を捻っていると、後ろから、ポンポンと肩を叩かれた。
嫌な気配を感じつつも振り返ってみると、ド変人江南が、俺に向けて、口角をニヤリと吊り上げながら、ビシッとサムズアップして見せた。
──もう一人の正体は、君か⋯⋯喜ぶべきか悲しむべきか分からないな⋯⋯。
そんなこんなで、主人公とヒロインは、来栖と怜愛に決まった。
他のキャスト──嫉妬に狂う女は、何故か自ら、「あーし、その役演ってみた~い」と名乗りを上げたギャル風女子の新居に(イメージと真逆だが、本当に演れるんだろうか)。
七人の天才医師達は、白鳥、涼葉、朝倉、鳴宮、橘、秋里さん、原口に決まった。
見事なまでに、一軍グループ揃い踏みだ。
医師に女性の割合が多い気がするが、それは高校生が文化祭でやる演劇という事で、現実との整合性までは求められないだろう。
エロ原こと原口も、喋らなければ顔立ちは悪くないので、賢く見えるように、小道具で伊達眼鏡でも用意してやれば、お馬鹿さも多少は誤魔化せるはずだ。
俺は、主に舞台セットの作成や配置等をおこなう大道具・小道具係に回された。
縁の下の力持ちとして、陰ながらクラスを支える所存だ。
こうして、我が二年B組は、来月の頭に開催される青黎祭に向けて、スタートを切る事になった──のだが、今日の下校時と、夜に怜愛とRainで交わすメッセージが、愚痴で溢れ返る事になるのは、必須だろう。




