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38.妹とのバッティング



 二泊三日の夏休み旅行を終えて帰ってきた翌日の昼下がり。


 今俺の部屋には怜愛が訪ねてきている。

 第六ミッションの夏休み旅行を振り返ってのミーティングの為。

 それと、今度のお盆期間中に新作を連載するという第五ミッションの進捗状況を知るためにきたとの事だ。


 あの夏祭りでの一件の後、帰りの電車から降りて駅で別れるまで、来栖は俺と目も合わせようともしなかった。

 怜愛は大丈夫と高を括っているけれど、何かよからぬ事が起きそうで少し不安だ。

 焦った来栖が、何かやらかすような事しなければいいんだが⋯⋯。


「第六ミッションの夏休み旅行は、お得意の料理で皆の舌を唸らせた以外は、特筆すべき事はなかったね」


 自分へのお土産で買ってきたクッキーを摘みながら、怜愛が言う。


「俺に、海や祭りなんていう陽キャ御用達のイベントは、根本から向いてないんだよ」


 と俺が忌避感を滲ませつつ。


 会話する俺達を優しく包んでいるのは、怜愛のリクエストでかけている『歌うたいのバラッド』──。

 斉藤和義のシングルを集めたアルバムからの一曲だ。

 大切な人に、「愛してる」と伝えたい気持ちを、アコースティックギターの憂いを帯びたシンプルなメロディに乗せて、飾らない言葉と純粋な感情で歌い上げている。


「でも、よかったね。私の好感度はかなり上がったよ。ピンチに駆け付けて助けてくれる正義のヒーロー。林間学校でのナイト振りに始まり、イメチェンでの変身に、球技大会の決勝戦で見せたあの大技といい、君、ラノベ主人公に向いてるんじゃない?」


 茶化すように笑む怜愛。


「実は、自分でも中々よく出来てたストーリーじゃないかって思ってるんだ。だから、その経験を活かさない手はないんじゃないかってな」


 それに対し、俺は真面目に受け止めて糧にする事にした。


「ん? もしかしてだけど、君、自分の事を新作のモチーフにしたとかじゃあ⋯⋯」


 何か危険を察知したような顔になっている。何故?


「まぁな。冴えない根暗な陰キャぼっちが、成り上がっていくサクセスストーリーだ。主人公の成長に主軸が置かれている分、おかげで、これまでの純愛路線からは少し外れる事になったけどな」


 堂々と答えた。


「ねぇ、それって徹夜明けのテンションみたいなものじゃない? 自分を主人公のモデルに据えるなんて恥ずかしい事、普通の感覚じゃ思いも付かないよ?」

「⋯⋯やっぱり痛いかな?」


 冷静に鋭く指摘され、感じていた僅かな懸念が大きく膨らむ。


「全身複雑骨折で全治まで半年以上はかかるね」

「早まったか⋯⋯」


 意気消沈し、がっくりと項垂れた。


「戦慄を禁じ得ないね。君の若さ故の暴走を止められなくて歯痒い思いだよ」

「どうしよう、死にたくなってきた⋯⋯」


 ──将来、タイムマシンが開発されたら、真っ先に痛々しい過去を改変しよう⋯⋯。



   §



 自分の経験を新作のモチーフにした事を怜愛に散々弄られた日から一週間以上が経ち、お盆期間に入った。


 『変調愛テロル』二巻の発売日であり、初の顔出しサイン会を明日に控えた怜愛。

 だが、ここのところ俺の部屋に入り浸っている彼女は、それを気にしている様子もない。

 今もソファに腰を下ろし、スマホで呑気に小説を読んでいる。



「ねぇ、この主人公君、ナイーブ過ぎない? 流石に蒼介君がモデルなだけはあるね。うん。卑屈で殻に閉じこもっているところに好感が持てるよ。案外こういうのも悪くないね」


 一段落ついたのか、怜愛が顔を上げて感想を述べた。

 彼女が読んでいたのは、昨日カキヨミで連載を始めたばかりの俺の新作ラブコメ小説だ。

 そのタイトルは、『降る雪は沈む蒼の心を優しく包む~冴えない根暗な陰キャぼっちの成り上がりリア充化プロジェクト~』──。

 誠に遺憾ながら、そのチープな響きの言葉を副題に入れてしまった。

 何故かそれが妙に嵌ってしまったのだ。


「そこはスルーして、ストーリーを中心に見て欲しかったんだけどな」


 ローテーブルの前に座りノートパソコンのキーを打って、その物語の続きを綴りながら答えた。


「で、それはいいとして、気になるのがこのプロジェクトリーダーの美少女だよ。もしかしなくても、これって私がモデルだよね?」


 気づかれていたらしい。まぁ、露骨な形容をしているからな。


「やっぱり分かっちゃうか」


 隠れて悪戯していたのがバレたように、少し決まりが悪い。


「まぁプロジェクト名が丸被りだから、そんなところだろうって予想はしてたけどね。見た目は私そっくりだし、二つ名も、『雪花の美姫』ってちょっともじってるだけだし。まさか君の痛々しさに私まで巻き込まれるなんて思わなかったよ」


 呆れたようにして言う。けれど、諦念を抱きつつ、受け入れる事にしてくれたようだ。


「勝手にモデルにして悪かった。でも、この物語に君の存在は不可欠だと思ったんだ」


 ──ピンポーン♪


 二人で会話していると、不意に玄関の呼び鈴が鳴った。


「誰だろう、宅配業者かな? そういや通販で新しいマウスパッドを注文してたんだっけ」

「私が出てみるよ。君は執筆を続けてて。もしサインが必要ならまた呼びにくるから」


 気の利いた台詞と共に、怜愛が率先してソファから立ち上がり、玄関の方へいってから暫く──。


「きゃーっ!」


 女性の甲高い悲鳴が隔てたドア越しに響いてきた。


「怜愛、何があった!?」


 慌てて玄関に駆け付けると、妹の和咲が、怜愛に抱き着かれてあうあうと酷く狼狽えている姿があった。

 その傍らには、キャリーバッグが置かれている。


「可愛い! お人形さんみたい!」


 怜愛が抱き締めた和咲の頭を撫で繰りしながら、顔をへにゃりと綻ばせて愛でている。


「そ、蒼兄さん、何なんですか、この人!?」


 その熱烈なアプローチを受けて、和咲は目を白黒させて戸惑うばかりだ。


「あー、怜愛。とりあえず、和咲を離してやってくれ」


 執筆にかまけていて、今日から和咲が泊まりにくる事をすっかり失念していた。


 しかし、まさか怜愛がこれ程和咲の事を気に入るとは⋯⋯。

 まぁ和咲は世界一可愛いよく出来た妹の鑑だからな。

 などと、その和咲に睨まれながら、シスコンな事を思うのであった。



   §



「それで、これはどういう事なんですか、蒼兄さん。きっちり説明してください。私の許可なく、他の女を部屋に連れ込むなんて。事と次第によっては、その不躾極まりない女と共に、闇に葬らせてもらいますからね」


 物騒な言葉を添えて、まるで罪人に詰問するような厳しい口調で尋ねる。


 俺と一先ず落ち着いた怜愛は、和咲と間にローテーブルを挟んで向かい合って座っていた。

 和咲は不機嫌そうにソファに両足を組んで座っている。


「怜愛。事情を説明してもいいか?」

「いいよ。蒼介君の妹なら、信用出来るし、何より、こんなに可愛い子が悪い事なんてするはずないからね」


 怜愛は、すっかり和咲に骨抜きにされてしまったようだ。

 可愛いけれど本性は悪女なんてキャラ、ラノベには腐る程いるだろうに。

 というか、明日発売の『変調愛テロル』二巻に、そういった新キャラを登場させて、ざまぁしてるって楽しげに語ってなかったか?


 それはともかく、俺も和咲であれば、決して言い触らすような事はすまいと、怜愛と出会った経緯や、彼女がプロの作家ねーじゅという事まで話して聞かせた。


「──という訳なんだ」


 語り終えたものの、和咲は、何やら顔を俯かせてプルプルと小刻みに震えるばかりで、何も反応を返さない。

 一体どうしたんだろうか?

 怜愛が作家のねーじゅだと知ったあたりから、何か様子がおかしかったが⋯⋯。


「どうした、和咲?」


 怪訝に思い問うと、和咲は箍が外れたように、ガバリとソファから立ち上がって怜愛の傍に跪き、その手を両手で固く握り締めた。


「えっ⋯⋯?」


 突然の事に、戸惑いを見せる怜愛に、和咲は、瞳をキラキラと輝かせながら、


「私、ねーじゅ先生の大ファンなの!」


 声高にその事実をつげた。

 和咲は、興奮したりして感情が昂ぶると口調が砕けて、敬語ではなくなるという特徴がある。


「まさかこんなところで会えるなんて! 嗚呼、こうなるって事前に分かっていさえすれば、『変調愛テロル』の観賞用を持ってきて、直筆サインしてもらったのに! 蒼兄ぃ、なんで教えてくれなかったの!」


 咎めるように言葉を投げつける。そんな理不尽な。


「だって君、そんな事一言も言わなかったじゃないか」


 心外だと反駁した。


「蒼兄ぃはラブコメなんて読まないと思ってたの! 中学の頃は純文学ばかり読んでたし。カキヨミで純愛小説投稿してるっていうのも初耳だったし」


 そう言えば、自分から明かすのも何だか気恥ずかしくて、これまで家族には内緒にしてたんだった。


「和咲ちゃん、キャリーバッグできたって事は、お泊りしにきたんだよね?」


 さっきまでとは立場が逆転して詰め寄られる怜愛が、微笑ましいものを見るようにして尋ねた。


「あ、うん! 三泊するつもり!」

「だったら、和咲ちゃんも明日のサイン会に蒼介君と一緒においでよ。その時に、私が直筆サイン入りの一巻をプレゼントしてあげるからさ」

「えっ!? いいの? もちろんサイン会には最古参を自負する者として絶対にいくつもりでいたけど、そんな貴重な物までもらえるなんて!」

「可愛い義妹の為だもん。なんて事ないよ」


 ん? ⋯⋯なんか今、言葉のイントネーションが可怪しかったような⋯⋯気のせいか?


「ありがとう、ねーじゅ先生! 蒼兄ぃ、明日は朝一で並ぶよ!」


 意気盛んに和咲が言いつける。


「分かったよ。分かったから、とりあえず落ち着け」


 俺は両手を前に出しながら宥めた。


「あははっ。和咲ちゃんみたいな子がファンでいてくれて嬉しいよ」


 怜愛が、さも愉快だというように声高に笑う。


 その後は、夕方になって怜愛が帰宅するまで、和咲のテンションは高いままだった。




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