37.二人切りの花火鑑賞
「本当によかったのか? 来栖をあのまま放っておいて」
怜愛に腕を引かれながら、彼の身を案じた。
「いいの。しつこく私に迫ってきた罰だよ」
冷たく突き放す。
「やっぱり、告白されたのか?」
「まぁね。もちろん答えはノーだけど」
「俺と付き合ってるって嘘を吐いて?」
「ううん。色々考えたんだけど、やっぱりそうするのは止めておく事にしたよ。彼って、一応あの一軍グループのリーダー的存在だし、うちのクラスでもかなり発言力あるでしょ? そんな彼の不興を買ったら、この先、プロジェクトを進めていくに当たって、障害になると思ってね」
どうやら、思いとどまってくれたみたいだ。
「それは助かる。でも、もう手遅れな気もするけどな。こうして親密にしているところも見せつけちゃってる訳だし」
「それでも、実際に交際しているのといないのとじゃ全然違うでしょ。未だ自分にも希望は残されているって思える訳だし。と言っても、絶対、何があっても、未来永劫、その希望ってやつが叶う事はないんだけどね」
ピシャリと来栖をシャットアウト宣言。
彼も、怜愛を好きにならないでさえいれば、イケメンで付き合う相手には困らないんだから、幸せでいられたろうに⋯⋯不憫なやつだ。
「来栖がその言葉を聞かされたら、絶望で首を括るもしれないな。否、最近のWeb小説の傾向から考えると、学校の屋上から飛び降りて異世界転生ってところか」
「彼が転生するのは、きっと醜いゴブリンかオークにだよ」
と吐き捨てるように。
「それは悲惨だ」
怪我を負った来栖に対して少々不謹慎な内容の言葉を交わし、互いに笑い合う。
「ところで、どこに向かってるんだ?」
迷いのない足取りで俺の腕を引く怜愛に尋ねた。
「秘密の場所だよ」
彼女が、いつもの悪戯っぽい笑みを添えて答える。
暫くそのまま歩き、林の中に入ったかと思うと、石張りの参道が奥に向かって伸びていた。
──カランコロン、パタパタ。
雪駄と草履を二人で踏み鳴らしながら、その参道を抜けると、そこには小さめの社があった。
かくれんぼで忘れられてそのまま取り残されてしまったかのように、もの寂しくポツンと佇んでいる。
優しげに見守る月の灯りに照らされた、テニスコートをもう少し広げたくらいの境内を見渡しながら、怜愛が得意げに話す。
「ここ、花火を見るのに打って付けの穴場なんだって。ここら辺に詳しい地元の人のブログを読んで知ったんだ。どう? いい場所でしょ? ここなら誰にも邪魔される事はないよ」
俺はその言葉を聞いて、動揺した。
何かこれからここでいけない秘め事をしようと告げられているようで、上手く冷静さを装えているかが気掛かりだった。
「そこに座ろ」
拝殿に上がる階段の一番下に、二人で並んで腰を下ろす。
「怜愛、これ」
俺は信玄袋に入れておいた、輪投げゲームの残念賞としてもらったお菓子の詰め合わせを渡した。
「これ、どうしたの?」
「輪投げゲームの景品だよ。残念賞だけどな」
「ふぅん」
やっぱり、がっかりさせてしまっただろうか──と不甲斐ない自分を情けなく思いながら反応を窺う。
けれど、袋を開けて中身を取り出した彼女は、その瞳に興味の色を宿しつつ嬉しげな笑みを浮かべた。
「ラムネ菓子! 私、子供の頃駄菓子屋でこれが一番好きだったんだ!」
その青い包みを目の前に掲げて、懐かしそうに目を細める。
「まさか、そんなので喜ばれるとは思わなかったよ」
思わぬ好評に、半ば呆れつつも安心した。
「いただくね」
一言断ってから、その一粒を口に含むと、
「んー、甘酸っぱい! これこれ、この素朴なサイダー味がいいんだよ!」
まるで白鳥化したように、無邪気に楽しげな声を上げる。
それに続くように、彼方の空で、大きな火花が弾けた。
「始まったね」
「ああ」
それから暫く、共に無言で、次々と打ち上げられる花火が夜空を彩る光景を眺めていた。
「──君に出会えてよかった」
俺の独白にも似た言葉が、花火の音に紛れてその場に零れ落ちる。
「俺が過去に負った心の傷は、一生消えないものだと諦めていたのに、君は温かく包み込んでその傷を癒してくれた。でも、ふとした時に不安になるんだ。俺は君なしじゃ、生きられない、何も出来ない程に弱くもなってしまったんじゃないかって」
儚さを孕む花火のあえやかさに、少し感傷的になってしまったのかもしれない。
口から出る言葉は、どこか露を含んだような湿り気を帯びていた。
「『雪が降るのではない。雪片に満たされた宇宙を、僕を乗せたこの世界の方が、上へ上へ昇っているのだ』」
お得意の引用だろうか。唐突に、含みを持たせた印象的なフレーズを空読みで唱えてみせる。
「岩澤夏樹『スティル・ライフ』の一節だよ。過去に負った傷に囚われていた君を、私が降り落ちて君を包んで癒した。それは事実かもしれない。
でもね、それだけじゃない。君は私と共にある世界で、どんどん上昇しているんだ。今はその過程なんだよ」
花火を見ながらそう語る彼女の横顔は、まるでクリスマスローズの咲き始めのように、ひたむきな純白に煌めいていて綺麗だった。
「この世界は、ダイナミックに流動している。生きているんだ。厭世的になって悲観していても、その生は実感出来ないよ」
そう言葉が結ばれるのを待っていたかのように、夜空に彩り豊かな花々が咲き誇った。
祭りの最後を華々しく飾るスターマイン──。
夜空に連続して打ち上げられ、弾けては消えていく光の乱舞の鮮烈な美しさに、言葉を失って見入る。
ふと階段に置いていた手の甲に温かい感触を感じてそちらに目をやると、怜愛の手がその上に重ねられていた。
その温もりに、安心感を得ると共に、雪に抱かれるような切なさを伴った幻想感に心を揺さぶられた。
──俺は彼女に、受け取った分に見合うだけの何かを返せるんだろうか⋯⋯。
答えの見えない問いかけは、弾けては散りゆく火花に寄り添うようにして、夜闇の中に消えていった。




