30.第六ミッションと夏休み旅行の始まり
ねーじゅ『今日の水族館デートは大満足だったよ。君、自他共に認める陰キャだとか言ってる割には、女の子を喜ばせるツボってものをきちんと押さえてるんだね。意外だったよ』
ブルー『ゆるぺんくんやイルカのキーホルダーを見て、海の生き物が好きなんだろうって事は察しが付いてたし、本好きな君ならブックカバーも栞も喜んでくれるはずだって思ったんだ』
水族館デートを終えて、夜になった。
今俺達のメッセージのやり取りを華やかに彩っているのは、軽やかなメロディと透明感のあるボーカルが印象的な、スピッツの『ロビンソン』──。
『誰も触われない、二人だけの国』と歌われるその曲を聞いていると、今日の水族館デートが、何か感じていた以上に特別なものへと形を変えていく気がしてしまう。
ねーじゅ『私の事をそれだけ想ってくれてるって事だね。”蒼”と”雪”が合わさったプレゼント──大事に使わせてもらうよ。本を読む度に君の事を思い浮かべながらね』
ブルー『揶揄うのは止めてくれ。あの事は黒歴史として記憶の奥底に封印する事に決めたんだ』
ねーじゅ『私は忘れないけどね。絶対に、何があっても。でも君を虐めるのはこれくらいにしておこうか。あぁそうそう。そー君はベッドボードに置いて、夜は抱き締めて寝る事にしたから』
ブルー『君が? イメージが浮かばないな。そういうのって幼い女の子がするような事じゃないか?』
ねーじゅ『こう見えて少女趣味なところもあるって事で』
ブルー『何かおざなりだな』
ねーじゅ『まぁ細かい事はいいじゃない。それより、本題に入りたいんだけど』
ブルー『ん? そんな言い方をするって事は、まさか新たなミッションか?』
ねーじゅ『ビンゴ。今第五ミッションの新作執筆を遂行しているところだろうけど、もうすぐ待望の泊まり掛けで海に遊びにいく夏休み旅行が控えているからね。このイベント盛り沢山な企画を活かさない手はないよ。という事で始めます。第六回「緋本蒼介成り上がりリア充化プロジェクト」会議!』
ブルー『第六ミッションは海かぁ⋯⋯俺泳ぎは普通だぞ? そこでアピールは難しい』
ねーじゅ『他にもアピール出来るチャンスは沢山あるでしょ。例えば、電車移動中に会話を盛り上げたり、別荘でお得意の料理の腕を振るったり、
女の子達の水着や浴衣を気の利いた台詞で褒めたり、夏祭りの屋台で金魚掬いや射的の腕前を見せたり、花火大会で、「綺麗だね」「否、君の方が綺麗だよ」とか言って女の子をときめかせちゃったり』
ブルー『その中で俺が出来る事は、料理だけだ。他はそのためのスキルを持っていないし、最後のに至っては、実行すれば恥ずか死ぬ』
ねーじゅ『えー、そうなの? 隠れハイスペックな君の事だから、屋台のゲームで無駄に卓越したスキルとか持ってると踏んでたのに』
ブルー『そんなのはラノベ主人公だけだ。それよりも、俺には海に遊びにいくにあたって、乗り越えなければならない強大な敵がいる』
ねーじゅ『敵? 楽しい海にどんな敵がいるっていうの? クラゲを気にしてるなら、未だその時期じゃないよ』
ブルー『そんな生易しいものじゃない。その敵っていうのは──』
§
──「そんなのスルーして、普通に楽しめばいいんじゃない?」
その仮初めの恋みたいな浅はかさは、それだけ彼女が関心を持てないでいる証拠だろう。
俺が恐れをなすその強大な敵とは──。
そう。言わずと知れた、パリピな陽キャだ。
夏の海なんてそんな陽キャ達の巣窟だ。
そこら中にコバエみたいに蔓延ってウェイウェイと騒ぎ立てているに違いない。
旅行で同行する一軍グループも陽キャの集まりとは言える。
けれど、海で新しい出会いを求めてナンパするような本場で培われた生粋の陽キャに比べれば、可愛らしいものだ。
やつらの目に痛い程に眩しい陽のオーラに当てられて、敢えなく息絶えてしまわないように、身の振り方は慎重に考えなければいけない。
などと危ぶんだ俺が、数日前怜愛に相談して返ってきた言葉がそれだ。
何ともおざなりである。彼女は俺の事などどうなってもいいらしい。
薄情な。俺達は志しを共にする運命共同体じゃなかったのか。
怜愛の助けが得られずに諸問題が解決しないまま、俺は今新幹線のグリーン車で、身の置き所がなく縮こまっている次第だ。
その薄情な怜愛は、俺の隣ですぅすぅと可愛いらしく寝息を立てている。
その可愛らしく整った鼻を摘んでやりたい。
八月二日の土曜。
怜愛の誕生日からほとんど間を置くことなく直面する事になった第二のXデー。
末広がりオールスター(白鳥しかそう呼んでいない)でいく、海辺の別荘への二泊三日の夏休み旅行という名の鬼門だ。
「萌莉ー、さっきから何見てるのー?」
俺と通路を間に挟んで隣に座る、駅弁を食べ終えてさっきから所在なさげにしていた白鳥が、窓側に座る橘に相手してアピールをする。
話し掛けられた橘は、耳に付けていたワイヤレスタイプのイヤホンを外し、前のめりになりつつその問いに答えた。
「Vtuberの波絵チェリーだよ。その独特の語り口調とユーモアセンスで、あっという間にチャンネル登録者数三十万人超えにまでなった大人気Vtuber。てか個人勢でそれってあり得なくない? ねぇ姫もそう思うでしょ? 一度見たら絶対気に入るって。だから一緒に推し友になって推し活しよ? なってくれたら、グッズの可愛いアクキーあげちゃう。駄目?」
オタク特有の熱っぽいマシンガントークで一気に畳み掛ける。
請われた白鳥はというと、あたふたと目を泳がせながら引き気味になりつつ、
「う、うん。また今度ゆっくりと見せてもらう事にするね。暇な時にでも」
『前向きに検討させていただきます』くらいに曖昧な返答だ。
今まさに退屈そうにしていただろうに。
おそらく白鳥がその波絵チェリーたらいうVtuberの姿を見る日はこないだろう。
「Vtuberか。そんなに面白いのか?」
そんな興味なさげな白鳥とは裏腹に、少しばかり心に引っ掛かった俺は、思えず尋ねてしまった。
今は新作のエピソードを執筆する上でネタを得るために、色んな方面にアンテナを張り巡らせているところだ。
Vtuberといえば、最近ではWeb小説の題材として取り上げられる事も多い人気のテーマ。
その情報が少しでも手に入るとあれば、天敵の腐女子橘といえども、背に腹は代えられない。
「ん? 何? ホモと君──もとい緋本君も興味ある感じ?」
おい! 今してはいけない言い間違いをしなかったか!?
その間違い方は無理があるだろ。
まさか普段から俺の知らないところでそう呼んでるんじゃないだろうな。
全く······油断も隙もあったもんじゃない。
だが、気にしたら負けだ。
詮索すればさらなる状況の悪化を招き兼ねない。
俺はその事を追求はせずに、平然さを装う事にした。
「まぁな。最近趣味を広げようとしていたところなんだ。どのプラットフォームで見れるんだ? Wetubeか?」
「そうだよ。緋本君、意外とそっちもイケる口?」
そっちってどっちだよ。オタクかどうかって事か?
ラノベを読んだり、それが原作のアニメを見たりもするからな。大雑把に分類するとすればそうなるだろう。
「俺はラノベを読むし、たまにアニメも見るぞ。サブカルの知識だったらそれなりに持っているからそっち方面の話であれば大体はついていけるはずだ」
「おぉ。じゃあ素養は十分あるって事だね。チェリーの配信ではちょくちょくネタが差し込まれるから、理解するにはそっちの知識が必要になるんだよね」
「まぁまずは一度その配信を見てからだな。今日の夜の暇な時間でも使って見てみるよ」
「うん。気に入ったらチャンネル登録を忘れずにね。また今度感想でも聞かせて」
「ああ。分かった」
橘と思わぬ形で親交を結んでしまった。
腐っているという点を除けば、彼女は割と人当たりもいいし、陰キャの俺でも付き合い易い。
サブカルに精通している様だし、ネタの提供者としてならアリな存在かもしれないな。
橘の印象がそれまでとは少し変わった交流だった。




