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14.肝試し


 夕食を食べ終え、暫くの休憩をとった後は、皆がお待ちかねの(俺は出来れば避けたい)肝試しの時間だ。


 夜の帷が下りた山荘前の広場に班ごとに整列する。


「それじゃあ皆順番にくじを引いていってくださーい」


 実行委員の高めの位置で作ったお団子がアクティブな田辺(たなべ)が抱えている四角い箱に入ったくじを、一人ずつ引いていく。


 ペアの相手で最良なのは言わずもがな、俺の最大の理解者である雪代だ。


 次点で天真爛漫女子の白鳥。

 しつこく絡んでこようとするのはマイナスポイントだとしても、性格は善良だから対応は容易だ。


 三番手は涼葉にしておいてやろう。まだ(わだかま)りはあるが、一応幼馴染だから、勝手は分かっている。


 それと橘は論外。腐の海に引きずり込まれて、二度と戻ってこれなくなりそう。


 ちなみに、それ以外の女子達とも上手くやれる自信は全くない。


「はい、じゃあ次の人」


 ついに俺の番がきた。

 田辺に促されて、彼女が抱えている箱の上面に空いた穴に、こわごわと手を入れる。


 ──お願いします、神様。どうか雪代とペアを組ませてください。


 普段は神様の存在なんて欠片も信じていない無神論者のくせに、都合のいい時だけ縋ろうとするその浅ましさに罰が下ったのだろうか。


 なんの因果か、俺のペアになったのは、ボクっ子のド変人、江南だった。


 ──神は死んだ⋯⋯。


 愛するヒロインを失ってしまった悲劇の主人公のように、天を仰いで嘆く俺に、江南が近付いてきた。


「そんなにボクとペアになれて嬉しいんですか、緋本氏? さては肝試し中のラッキースケベを期待していますね。このむっつりスケベさんめ」


 第一声からこの安定の暴虐ぶりよ。

 

「江南、頼むから、無駄なサービス精神を発揮して例の美少女ジョークをするのは止めてくれよ。俺が社会的に死ぬ」


 心からの懇願だ。


「ご安心めされよ、緋本氏。今日のボクはチートキャラ。胸はパッドで盛りに盛っているため、いくら触ってもそれはただのイミテーション。罪に問われる事はナッシングです」


 なんて事のないように堂々と言い放つ。


「そんな訳あるか! 言った傍からこれだよ⋯⋯」


 ほとほと嫌になる。誰かどうにかしてくれ。


「さあ、いきましょう緋本氏。めくるめく夜の眷属達が(うごめ)く闇の世界へと」


 ⋯⋯なんだ、この徐に差し出された手は⋯⋯?

 接待料金を請求されてる訳じゃないだろうし······。

 その意図が全く掴めない。


「なぁ江南さんや」

「なんじゃい、緋本氏?」

「この手は何を意味してるんだ?」

「はて? 分からないんですか? さすが根暗な陰キャぼっちクソザコ童貞チー牛の緋本氏ですね」

「さらに不名誉な称号が追加された······」


 俺の嘆きは誰にも届かない。


「肝試しで男女のペアになったらお約束は決まっているでしょうに。ほら、とっとと手を繋ぎやがれください」

「えっ!? 俺と手を繋いで肝試しにいく気なのか?」


 その想定外の発言に、恐れ(おのの)く。


「当然です。エスコートは紳士の嗜みですよ」

「そんな事したら、俺達が付き合ってるんじゃないかって周りから誤解されるぞ?」


 そんな迷惑極まりない状況を危惧して指摘する。


「言いたいやつらには言わせておけばいいんです。有象無象の戯言など、片腹痛しですよ」


 けれど、江南は平然として受け止めると言う。


「君は俺の事が嫌いなんじゃないのか?」


 ふと引っ掛かりを覚えて、尋ねてみた。


「これは異な事を仰る。ボクは緋本氏の事、嫌いじゃありませんよ。むしろ好意的に思っています」


 想定外の答えが返ってきた。俄には信じ難い。


「⋯⋯マジで?」

「マジもマジ。大マジです」


 これでもかという程に真顔。そこに揶揄(からか)いの色は含まれていない。


「最初に会話した時から暴言をぶつけてくるから、てっきり嫌われてると思ってたよ」

「浅はかですね。緋本氏は乙女心というものを理解していません。好きな相手程キツく当たってしまうものなんです。所謂ツンデレというやつですね」

「君、俺にデレた事なんてあったっけ? 悪いけど記憶にない」

「なんと! 忘れてしまったというのですか! あの熱いベーゼを交わした夜の事を!」


 周りに人がいるというのに、淫らな行為に至ったとの偽りを声高に。


「記憶の捏造はやめろ! 美少女ジョークは禁止って言ったはずだ!」


 声を荒らげながら咎めた。


「そう目くじらを立てないください。それよりそろそろ時間ですよ。遅れないように早く出発しないと」


 君のせいだよ。


「お願いだから、これ以上俺の胃に負担をかけないでくれよ」


 そんな不毛なやり取りを終え、俺達は夜闇(やあん)に沈む森の中へと足を踏み入れた。


 無論、手は握っていない。



   §



「緋本氏、怖いです。真っ暗です。とにかく暗いです。暗い。怖い、暗い⋯⋯」

「どうした? 怖くて語彙力がバグったのか? 君、オカルト雑誌なんか読んでる割にこういうの苦手なんだな。出発前は毒舌を連発する程余裕があったっていうのに」


 怯える江南は、俺のシャツの肘あたりを摘むように握っている。

 光源は俺が手にしている懐中電灯だけなので、暗い事は暗いが、足元が見えないなんて事はない。


「今日初めて知りました。リアルの闇がこんなに恐ろしいものだなんて⋯⋯」


 その声はか細く震えている。よっぽど怖いのだろう。


 ──いつもこれくらい可愛げがあればいいんだけどな⋯⋯。


 俺がそんな風に思っていたその時、森の茂みがガサガサと音を立てながら小刻みに揺れた。


「きゃあっ!」


 突如、江南がキャラに似合わない可愛らしい悲鳴を上げながら、俺に抱きついてきた。


「お、おい⋯⋯」


 思わぬハプニングに動揺を隠せない。

 江南の控え目だが、はっきりそれだと分かる柔らかい膨らみが腕に当たっているのを感じる。


「お願いします、助けてください。助けてください。後生ですから、助けてください⋯⋯」


 動揺する俺をよそに、助けてくださいを連呼して救いを求める江南。

 今の江南は、ハムスターでも倒せそうな程に脆弱だった。


「大丈夫だって。大方イタチかタヌキの類だろ」

「ホントですか⋯⋯?」


 こわごわとしながら聞き質す。


「多分な。夜の山は野生の宝庫なんだよ」

「じゃあ、熊とかもいるって事ですよね⋯⋯?」

「そりゃあいないとは言い切れないけど、そうそう遭遇するもんじゃないよ」

「でもいるのは確かなんですよね? もし熊に襲われたら、緋本氏が生贄になってください。貴方が美味しく食べられている隙に、ボクはスタコラと逃げおおせますから」


 傲岸なプランを提案しやがる。


「いつもの余裕が出てきたじゃないか。という事でいい加減離れてくれ」


 ぴったりとひっつき虫のような吸着力でくっいていた江南を、強引にぺいっと引き剥がす。


「痛いです。か弱い乙女なボクに対して、あまりにも扱いが雑過ぎやしませんか? 呪いますよ、末代まで」


 わざとらしく腕を擦りながら抗議した。


「か弱い乙女は呪ったりしない。俺の子孫達に罪はないから止めてやってくれ」

「そう言えば緋本氏は、童貞を一生貫いて大魔法使いにクラスチェンジするお人でしたね。その血が後世まで受け継がれるはずもありません。私が間違っていました。めんご」


 勝手に俺の人生設計を、全く駄目な方向で立ててくれた。


「元気が出てきたと思ったらこれだよ⋯⋯」


 お化けではないと分かって普段の横柄さを取り戻した江南との肝試しはそれからも暫く続き、山荘前広場に戻ってくる頃には、疲労困憊の状態になっていた。


「緋本氏、お疲れ様でした。中々の勇敢なナイトぶりでしたよ。お礼にいいねボタンを押しておきました。ではボクはこれにてドロンさせていただきます。ばいちぇ」


 江南は偉そうに上から言うと、また謎の言葉を最後に告げて、さっきまでの怯え方が嘘の様に、悠々とその場から離れていった。





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