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98.希望の道標


 俺がカキヨミで連載している『ふるリア』は、一部の掲示板サイトやSNSで、連日のように話題に上がっていた。


 作中で描かれている事件と、一時世間を騒がせた鴻上の事件とが照らし合わされ、また、青黎の文化祭や体育祭に訪れた人達からも、符号しているという意見が上がる。


 そして、あの小説は、リアルな出来事をモチーフにして描かれたセミフィクション(ファクションとも呼ばれる)だと脚光を浴びる事になったのだ。

 

「わざわざあの事件の事を公表するまでもなかったね」


 ローテーブルを挟んで対面に座る怜愛はとても嬉しそうだ。


「君の作品が注目されるようになって、そのきっかけを作れた私も鼻が高いってもんだよ」


 彼女には本当に感謝するばかりだ。彼女がねーじゅさんとして書いてくれたレビューのおかげなんだから。


「本当に君が拾ってくれたメッセージボトルの返事のメッセージが、俺の希望の道標になったな」


 あの時はそんな事はあり得ないと否定していたけれど、それが実現してしまった以上、自分が間違っていたと認めざるを得ない。


「『絶望し得ない者は、生きるに値しない』」


 唐突に怜愛が諳んじた。その一節なら知っている。


「ゲーテの言葉だな」

「絶望という闇を深く見つめ、乗り越えた君は、真の希望や生の実感を味わう権利があるんだよ。これなるべくしてなった当然の帰結だ」


 俺があのまま、仮初の慰めだけで絶望を逃れようとしていたら、人生の輪郭を失って、あやふやな存在になっていたんだろう。


「俺がここまでこれたのは──」


 君がいてくれたからに他ならない──そう続けようとした時に、スマホが震えた。


 会話を区切り確認すると、カキヨミの運営からのメールだった。


「運営からなんて珍しいな。要件は──」


 そのメールの件名に書かれている文字を読んで、激しい衝撃が走った。


『書籍化のご相談』──。


 その言葉が雷となって脳天に降り注ぎ、全身が痺れたような感覚に陥る。


「どうしたの、何かよくない内容だったとか?」


 様子の可怪しい俺を心配して、怜愛が怪訝そうに声を掛けた。


「これ──」


 俺がおずおずとスマホの画面を向けると、彼女は、雪解けのような慈しみに満ちた顔になり、


「よかったね、蒼介君」


 ただ一言、そう言葉にした。



   §



 書籍化の打診きたのは、怜愛が契約している悠英社からだったので、詐欺を疑って念の為貴志さんに電話を掛けて問い合わせてみた。



『間違いないよ。うちの編集部で決定した事だからね。おめでとう、緋本君。君の作品を追ってきた者として、私も自分の事のように嬉しい』



 そういう訳で、思いもよらなかった事に、書籍化という遥か彼方にあると考えていた遠けき夢が叶う事になった。


 そして、怜愛が我が事のように自慢げに周りに言い触らした事で、色んな人達からお祝いの言葉をもらう事が出来た。


『ついにやったね、緋本君。私も自分がアイデアを出した作品が本になって読めるなんて感激だよ』


 樫井さんからRainで、いつものゆるふわを少し崩して、高揚感を文章に滲ませながら。


『蒼介君、おめでとう。君は僕の誇りであり宝だよ。例え今回の成功がなくてもね』


 父さんから、面映ゆさを感じさせる内容で。


『流石です、蒼兄さん。私も自分がモデルになったキャラが本に綴られる事になって、幸甚の至りです。で、勿論蒼兄さんの最推しは、主人公の妹ですよね?』


 和咲から、少しヤンデレ風に。


『私の甥は優秀だな。君のおかげでようやく心の整理がついたよ。今度、君と一緒に、報告がてら姉さんの墓に参りにいくとしよう』


 美作先生──静音さんから、亡き母さんの死を受け入れる事が出来たとの思いを添えて。


「何? 書籍化だって? そりゃあめでたいな。蒼介、印税で俺に酒を奢れ」


 公園のバスケットコートで会った仁さんから、大人げなくたかられながら。


「緋本君、すごーい! 流石私が認めたスカーレット&ブルーさんだね! 情けない大翔とは大違い!」


 学校で白鳥から、朝倉に突っ込み入れられながら。


「やるわね、蒼介。それでこそ私の永遠のライバルだわ」


 涼葉から、上からな目線で。


「緋本ー、お前が凄いやつだってのは分かったから、俺を置いて先にいくのはやめてくれー。そんなに差を見せつけられたら、姫に見捨てられちまう」


 朝倉から、縋り付くような泣き言とともに。


「書籍化作家とはね。これからは緋本先生と呼ばせてもらった方がいいかな」


 鳴宮から、気障ったらしく遜られながら。


「これは一オタクとして、ゲットしない訳にいかないね。ところで相談があるんだけど、書き下ろしで、ちょっとだけでいいからBL要素も入れてくれないかなぁ」


 橘から、腐った願望を含ませられながら。


「緋本、おめでとう。お前ならいつかこうなると思っていたよ。勿論、出版されたら真っ先に購入して読ませてもらう」


 早風から、年齢にそぐわない落ち着いたダンディさを感じさせる口調で。


「緋村君は相変わらずのハイスペックだね。ねーじゅ先生の次に推してあげる」


 秋里さんから、変わらずに名前を間違われながら。


「ヒモっち、エモーい。ほんまにメロいっしょ~。尊すぎる~。あーしもズッ友として、好きピな作品だから、頑張って推し活するっしょ~。やっぱヒモっちしか勝たん」


 新居から、よく意味が分からないギャル語で。


「プロになるって事? 私、今の内にサインもらっとこうかな」


 遊佐から、甘粕の睨みがオプションでくっついて。


「このクラスから、また有名人が生まれちゃったね。将来同窓会する時には、大物作家になってたりして」


 田辺から、学校生活をエンジョイする彼女らしい言葉で。


「緋本氏、この野郎、こんちくしょうです。成り上がりもここまでいくと、嫌味にしかなりません。これはまた、ボクの配信に出てもらわないといけなくなりましたね。さくらんぼの皆さんに、思う存分ドヤって見せて、盛大に顰蹙を買いやがれください」


 江南から、憎まれ口とともに、苦行を押し付けられながら。


「ねっ? 私の言った通りでしたでしょう? 私も緋本先輩に追いつけるように、連載頑張りますっ!」


 揚羽から、元気を分けてもらいながら。


『同じ物書きとして、負けていられマセんねー。『ライターズシエスタ』のメンバーにもハッパを掛けて、大作同人誌を制作する事にしマス!』


 八剣さんから、対抗心を燃やされて。


『素晴らしい快挙に、私、思わず(卑猥な内容の為割愛)』


 純岡さんから、淫らな言い回しで。


『ん。緋本君、立派。流石、私が認めた子。イラストなら、いつでも引き受ける』


 夏伐さんから、身に余る言葉で。


『蒼介、凄い。私、お祝いに、曲を、作った。聴いてみて』

『緋本さん、尊敬するっす! 私とアリスお姉ちゃんの自信作をご視聴してみてくださいっす!』


 アリスとエリカちゃんの茅野クォーター姉妹から。

 

 その言葉通り、俺の作品のファンを公言していたアリスが、『ふるリア』の書籍化を祝い、その為に作った曲を公開していた。


 『スカーレット&ブルー』──。


 俺のペンネームを冠したその曲は、情熱的であり、かつしっとりとした静謐な叙情性も含んでいるナンバー。

 Aliceの魅力的な声で歌われるその曲に、すぐに心を鷲掴みにされた。


 冴えない根暗な陰キャぼっちだった俺は、気付けばいつしか、こんなにも温かい人達に囲まれていた。


 もう、紛い物だと言って切り捨てる事は、決してないだろう。




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