キモチが全然伝わらなくて泣ける (。>д<)
……君と出会った日の事を、思い出す。
どこか、緊張した表情で。
時々焦りつつ、真剣な目をまっすぐに向け。
指先を忙しなく動かしながら、目をまんまるに見開いて、大はしゃぎして。
僕を選んでくれた子は、ずいぶん騒がしいなと思った。
これから賑やかに時間が流れていく事を、予感した。
……君が描く世界を、いくつも望んだ。
僕と君の間に広がる色鮮やかな世界に、魅せられた。
時に真剣に、たまに無になって。
時に必死に、たまにヘラヘラと。
時に物憂げに、たまに目を潤ませ。
クルクルと表情を変えながら描いた、君の世界が大好きだった。
がんばり過ぎて寝落ちした時…迫る唇に焦ったりもした。
スランプに陥って距離を置かれた時…積もるホコリに苛立ったりもした。
……ただのツールでしかない僕だったけれど。
君の指先が僕を優しくノックするたび、心が踊った。
君の真剣なまなざしが僕に降り注ぐたび、心が震えた。
君のため息が僕のところまで落ちてくるたび、胸ハートが痛くなった。
僕は、いつの間にか……、恋に落ちていた。
……悲しき、液晶タブレットの恋心。
思い人は、決して越えられない壁次元のむこう側。
どれほど恋焦がれても、僕のキモチは伝わらない。
どれほど愛おしいと思っても、僕のキモチは伝えられない。
どれほど願っても…、僕のキモチは伝える事すら…叶わない。
心から、君を応援している。
心から、君のことを…愛している。
君と僕の世界が混じる事はないけれど…。
君と僕が心を交えることはないけれど…。
時折、君が口にする言葉に…、僕は一縷の望みを抱いた。
夢は、諦めなければ叶うの…
いつか絶対、夢を叶えてみせるから…
大丈夫、私の夢は…絶対に叶う!
僕は、知っている。
君が、夢を叶えたことを。
何度も口にしながら、絵を描いた君。
何度も口にしながら…、絵を描き続けた君。
何度も口にしながら……、絵を描く仕事についた君。
夢を叶えた君は、僕を見つめて世界を描いている。
夢を叶えた君が、僕を見つめながら世界を生み出している。
越えられない壁の向こうに…、夢を叶えた君がいる。
越えられない壁の向こう側を望んで…、夢を見る僕がいる。
僕は、いつか必ず…君に会いに行く。
君と同じ世界で、君の横に並んで…、君の世界を見るために。
君と同じ世界で、君と心を通わせて…、君と同じ時を過ごすために。
君と同じ世界で、君に寄り添って…、君がいつまでも笑顔でいられるように。
いつまでも、この場所で…君の生み出す世界を望んでいたいとも思う。
僕を見つめるその眼差しを…永遠に手放したくないキモチもある。
けれど…僕は、きっと、いつか。
願いを叶えて、君のもとに……!
最近、君の表情に…、戸惑いが窺える。
僕を持ち上げて、裏側をのぞいたり。
僕の表面を、柔らかな布で拭ったり。
僕につながる線コードを、新しくしたり。
おそらく、僕は、もう…、じきに。
君の世界を、僕は、……もう。
ごめん、君の力になれなくて。
ごめん、君に迷惑をかけてしまって。
…ごめん。
君が描く世界を、僕はもう…映し出すことができない。
君と出会って…十年。
長いようで、あっという間だった。
最後の一ヶ月は、君のうろたえる表情ばかり望むことになってしまった。
最後に、ぎゅっと抱きしめてくれたことが、とてもうれしかった。
……ありがとう、今まで。
―――君がいたから、私はイラストレーターになれたんだよ。
―――ずっと…忘れないからね!
こちらこそありがとう。
君と出会えた僕は、本当に幸せ者だった。
ずっと…忘れないと誓うよ。
君のことを心ココロに刻んで、僕は。
夢を叶えるために…
夢を、叶えに…
僕の、夢を…
………。
これは…夢?
ええと、なんか…すごく幸せな夢を見ていたような……。
「………いや、違う!!これは、現実だぁアアアアアアア!」
というわけで、俺は前世をいきなり思い出した。
そりゃあもう、はっきりくっきりばっちりしっかりと!
うぉおお…マジか!
俺、昔、液タブだったのか!
二次元から三次元へと華麗なるレベルアップ転生とか、どこのラノベだよ?!
何も知らずに26年生きてきたのに、急に…来る?!
もしかしてひょっとすると…、この世界上から前世の存在が消えたから、記憶が戻ってきた?!
ええと、なんだっけ、タイムパラドックス?
同時に自分は複数存在できない的なやつ!
なんで時間をさかのぼってんのか分かんねぇけど多分そうだ、絶対そう、そうとしか思えない!
……とりあえず、混乱がすごい。
人気の異世界転生ものの主人公たちもこんな感じだったんだろうか、マジパニクるわ……。
一気に記憶が戻る?
鮮明になる?
脳みその隅々に解放された記憶が行き届いて、ギラギラと自己主張を始めて、クラクラする。
前世を思い出したせいで、覚醒した恋心的なものがカンストした?
動悸が激しすぎて、心臓が痛い…。
液タブだった頃には微塵も感じなかった、全身の血肉が湧くような激しい慕情、生まれ変われた喜び、そういうものが一気に体中を巡っているっぽい。
落ち着け、落ち着け………。
すう、はあ……。
……。
ふう、やっと落ち着いてきた。
ちょっと、一息ついてまとめてみよう。
俺は賀来透、26歳のサービスマン。
主に家電の設置と修理をやっていて、真夏の繁忙期を乗り越え只今絶賛疲労困憊中。
九月に入ってようやく休みが取れるようになったので、隣に住む幼馴染を飲みに誘おうとスマホを手にしたところで…突如前世を思い出した、と。
……俺が前世で好きで好きでたまらなかった相手は、板垣叶笑。
PN:わらら、ガッツリインドア派の引きこもりイラストレーター。
個展を開いたり、人気ノベルの挿絵を描いたりしている、一つ下の25歳。
隣に住んでいる。
うぉおお…マジか!(二回目)
カナの事は…恋心を思い出すその瞬間まで、ただの腐れ縁的な認識しか持っていなかった。
俺は絵なんててんで興味がなくて、いつもセコセコ描いているカナをしり目にボールを磨いたりガットを張ったり筋トレをしたりしていた。身体を動かすことが好きで、じっとしていることが苦手だったからさ。
おそらく…、液タブ時代はただ見上げる事しかできなかったから、魂レベルで動けることを存分に楽しんでいたんだろう。
気の置けない幼馴染という事もあって、お互いに夢を応援して、結果を残せた時には称え合ったりしつつ…、お祝いに美味いもんを食べに行ったり、カラオケに行って知らない曲を聞かされたり聞かせたり、よくわからないアニメ映画に付き合ったり、野球観戦に連れだしたりしてきた。
明らかに趣味嗜好が真反対なのにカナとの縁が切れなかったのは…、多分、俺の魂に刻み込まれていた恋心あってのことに違いない。
……カナは異世界もののアニメや小説が好きだから、理解してくれるはずだ。
逆に、液タブを廃棄する時に生まれ変わったら絶対に会いに来てねと願っているパターンなんかもあり得る。
告白したら、泣いて喜ぶんじゃないか?
よし、とっとと告白しよう。
「という事で、俺はカナの愛用してた液タブだったんだよ! わざわざ転生してきたんだぞ、とことん付き合ってもらうから…覚悟しとけ!」
俺は思い出した前世の記憶と、魂に刻み込まれた純愛をすべてぶちまけた。
スクリュードライバーを飲み飲み黙って告白を聞いていたカナは、カラになったグラスを置き、こちらをまじまじ見ている。
あまりの奇跡に感動して、言葉も出ないらし
「は? なに言ってんの? 新しい遊び? ちょ~キモいんですけど!!」
…ちょっと待て。
なんだ、その残念なものを見る表情は!
ここはうっとり俺を見つめ返すのが正解だろ?!
いつも異世界を夢見てアレコレ語っていたくせに、当事者になった途端に拒否かますとか…ありえなす!
「ちょ、マジなんだって! 俺の話をまずは信じろ、ちゃんと聞けっての! こちとら十年間お前の絵だけを見上げてたんだぞ?! よだれを垂らしたことも知ってるし、おかしなパロディ漫画を描いたことも男の素っ裸の絵を描いてニヤついたこともバインバインのお姉ちゃんを描いて深くため息をつい…
「お前マジ黙れ! めっちゃ酔ってんじゃん! 勝手におかしなこと妄想すんなし?!」」
びし!
ばしっ!
ばっちーん!
手加減ナシのクソ重たいパンチが飛んできた。
「おま、商売道具の右腕で全力攻撃は…やめ、ちょ、地味に攻撃力たけーなおい!」
「うるさい! も〜、バカなこと言ってないであたしの悩み、聞けぇぇええ!! ラフの描き直し4回目っ…連続ボツ記録更新、トレパクに無断AI学習、さらにプチ炎上騒ぎニセモノ登場ぅううう! ねえ、聞いてる?!ちゃんと慰めなさいよ!!!」
ああ、オレの思いは、伝えられそうに…伝わりそうに、ない。
なんてこった……。
なんか、涙出てきたんだけど……(。>д<)。




