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No Future For You!【バイク・ロードムービー】  作者: NS-1
第三章:君といるのが好きで あとはほとんど嫌いで
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第三章:君といるのが好きで あとはほとんど嫌いで(その一)

ジャー…キュッ

シャワーを止めバスタオルで体を拭く。2日分の汚れを落とさなければならなかったのでかなり長風呂になってしまった。

化粧水、乳液、それとワセリンで保湿をし、洗い流さないトリートメントをつけて髪を乾かす。肩で切り揃えた髪も少し伸びてきているが、それでも乾くのにそれほどの時間はかからない。


まさみ「すみません、遅くなりました。お風呂上がりました」

“アレ”以降、私たちは数日おきにビジネスホテルに泊まり、お風呂に入り、ランドリーで洗濯をしている。銭湯で済ますこともあるが、大衆浴場にはランドリーがついていないこともあるので一石二鳥なのだ。ダブルだと料金もそれほどかさまなくて良い。

程よくクーラーが効いていて気持ちがいい。これもホテルを選ぶ理由の一つだ。


ゆい「お、来たね。じゃあ・・・ゴクリ」

まさみ「ええ、望むところです」


ダブルベッドに腰掛ける”ゆい”に近寄り、くんくんとお互いの匂いを嗅ぎ合う。

ゆい「あ、いい匂い!」

まさみ「ありがとうございます。ゆいさんもいい感じの、シャンプーの香りです」

ゆい「よかったぁ」

二人してほっと胸を撫で下ろす。無頓着寄りな二人ではあるが、うら若き乙女として、異臭を漂わせるのはさすがに看過できない。


ゆい「安全をとって2日。3日以降がデッドラインって感じだね」

まさみ「ええ、そのようですね」

ゆい「うんうん。おーよしよし。お前も綺麗にしてやるからね〜」

彼女は中断していたアコースティックギターの手入れを再開する。


・・・何やら爽やかな香りがする。

まさみ「いい香りですね」

彼女は柑橘系の香りがする液体をクロスに垂らしてギターを拭いている。

ゆい「これはレモンオイルだよ。基本的には、汚れ落としに使ってるかな」

まさみ「見ていてもいいですか?」

ゆい「どうぞ」

彼女のすらっと伸びた指がギターのボディやネックにクロスを走らせていく。

一通りクロスで拭き終わると、今度は弦を緩めて、ネックの表側、金属部品がついたところをレモンオイルを染み込ませたクロスと綿棒で隅々まで掃除していく。


ゆい「家出る前にメンテナンスするの忘れちゃって」

彼女はそう言いながら、慈しむかのような表情でギターの弦を張り直す。

チューニングをしなおし、ネックの状態を確認したところでギターの手入れは終わったようだった。


シャン…ポロン。ペン、ペン、ペン。

指で一度軽く弾いたあと、ピックで一音ずつ音が鳴るのを確認し、彼女はギターを置いた。


まさみ「お上手ですね」

先ほどの確認だけで、彼女がそれなりの演奏技術を持っているのがわかる。

ゆい「そう?」


ポロン、ポロン…。

彼女は右手の指、正確に言えば爪でギターの弦を次から次へと鳴らしていく。

その間に左手も目まぐるしく形を変え、見ているだけで頭がこんがらがりそうだ。


ゆい「これはアルペジオ、日本語では”分散和音”って言ってね。その名の通り、和音を一音ずつ弾いていくだけなんだけど、適当にコード弾いてるだけでそれっぽく見えるからお得なのだ。ちょっとだけリフ入ってるけどね」

彼女は柔らかく笑い、得意げに教えてくれたが、何を言っているかさっぱりだ。

かろうじて”和音”と”コード”だけは分かった。


ゆい「ちょっと触ってみる?」

彼女がギターを差し出す。

まさみ「えっ、じゃ、じゃあ、すこしだけ・・・」

そっとギターを受け取り、見よう見まねで抱えてみる。こんな感じだろうか?


ゆい「ギターの、このくびれの部分を太ももにのせて・・・」

ふわっといい香りがしたかと思うと、彼女が後ろから私の体を包み込み、二人羽織のような形で手を添えてくれる。


ゆい「これをこうして」

右手の親指と人差し指でピックを握らされ、彼女の左手の指がネック表側の金属と金属の間、フレットというらしい、を押さえる。


ジャラーン…。

まさみ「わっ、すごい」

ゆい「どう?」

まさみ「振動とかがお腹に伝わってきて、すごいです。自分で弾くとこんなに違うんですね」

ゆい「でしょ?聴いてる位置の違いもあるけどね。今弾いたのはDsus2/G。私の一番好きなコードのうちの一つだよ」

まさみ「ディーサス…ジー…なんですか?」


彼女はふふっと笑って、私の左手に自身の左手を添えてくれる。

ゆい「これが、C」

まさみ「こ、これがCですか?む、難しくないですか?」

頑張って薬指を伸ばすが、ギリギリ届きそうで届かない。指が攣りそうだ。

かの有名なCコードがこれほど難しいとは思わなかった。


ゆい「ふふっ、最初はそんなもんだよね」

まさみ「ゆいさんは指が長くていいですね」


彼女は自身の右手と左手を合わせる。

左手の指が少しだけ長い。

ゆい「実はねぇ、ギターやってると、左手の指ちょっとだけ伸びるんだよね。だから、やり続けたら、ちょっとやりやすくなるかもね。あと、そのギターなら、まーちゃんの手の大きさでも全然問題ないぐらいだよ」

まさみ「本当ですか?」

ゆい「ほんとほんと」

彼女の手と自分の手を合わせてみる。やはり彼女の手のほうが大きいが、それほど違いがないのが意外だった。

指が細いから、長く見えるのかもしれない。


それから、彼女に他のコードと右手の弾き方、ストロークというらしい、を教わる。

ペン、ペン…。

彼女に押さえてもらった時とは違い、全然うまく音がならない。

それでもアコースティックギターの音色と体に伝わる振動は心地よく、弾いていて飽きなかった。


ゆい「好きに触ってていいからね」

私の後ろを離れた彼女は、自身の荷物を開き、今度は例の機械の掃除を始める。

ウエットティッシュで軽く拭いた後、綿棒で隙間の埃や汚れを落としている。


まさみ「それもよく触ってますけど、何の機械なんですか?」

ゆい「これ?これはシーケンサーだよ。なんと、これ一つあれば曲作れるんだよ」

まさみ「それもやってみたいです」

ゆい「ふふっ、まーちゃんは好奇心旺盛だねぇ。いいよ」


彼女は再度自分の隣に腰を下ろし、シーケンサーという機械に繋がれたイヤホンの片方を差し出す。


ゆい「まず、新しくソングデータを作成してから・・・。私は、最初に曲の速さを決めて、ドラムの打ち込みから簡単にやるけど、同じやり方でいい?」

まさみ「はい、おまかせします」


ゆい「じゃあ、ここをステップ入力っていうのにして・・・」

そういうと彼女は、ドッ、タン、ドッドッ、タンといった感じに音を打ち込んでいく。


ゆい「この音符の種類、違いはわかる?」

まさみ「あ、はい。昔学校で習ったのと一緒ですよね?四分音符とか八分音符とかっていう・・・」

ゆい「そうそう、多分触りながらだとすぐわかると思うから。使いながら覚えてね」

まさみ「はい」


ゆい「数小節打ち込んだ後は、こうやってコピーペーストして・・・。次はコード進行っていうのを決めるんだけど。知ってる?」

まさみ「なんとなくは・・・」

ゆい「コードっていうのは和音のことで、さっきギターの時に教えたやつだよ。あれが曲が進むのに合わせて、どんどん変わっていくことをコード進行っていうの」


彼女はシーケンサーをベッドに置き、ギターを持ち直す。


ジャラーン…。

まず彼女は一つの押さえ方で音を鳴らす。

ゆい「これがコード」


ジャン,ジャン、ジャン,ジャン・・・。

次に彼女は、左手の押さえ方を次々に変えながら音を鳴らしていく。

ゆい「これがコード進行。つまりはコードをどう続けていくかってことだね」

まさみ「なるほど」

ゆい「うん、じゃあシーケンサーに戻るね」

彼女はギターを小さめのスタンドに立て、シーケンサーに持ち変える。


ゆい「このYAMA◯Aの名機、QY-70にはコードテンプレート機能が付いてるからそれを使ってもいいんだけど、あの機能、なんかよくわかんないんだよね。そこで、これ・・・ジャジャーン!作曲ノート!」

彼女は自身のバックパックの中から一冊の大学ノートを取り出す。割と使い込まれていそうな見た目をしている。


ゆい「これ、実際に私が作曲の勉強を始めた時に作ったノートなんだけど、スケールやダイアトニックコードから実践的なコード集に至るまで、ロック、ポップスの初〜中級レベルの音楽理論がまとめられています。これをどうぞ」

彼女は秘密道具風に取り出した作曲ノートを差し出す。


まさみ「いいんですか?」

ゆい「うん。お守りみたいに持ってきただけで、私はもう使ってないから」

まさみ「では、遠慮なく」

ノートを開いてみると、意外にも綺麗な字でまとめられた記述が目に入る。


ゆい「最初のページから見ていくといいんだけど、とりあえず今は」

彼女はノートの最後のページを開く。

最後のページには、1,カノン進行、2,王道進行、3,ポップパンク進行・・・など、ローマ数字でコード進行だと思われるものがまとめられている。


ゆい「コード集は反対側から書いてるんだよね、気づいた時に書き足せるように。このローマ数字の意味とかは、ノートの最初から読めばわかると思うから、とりあえず今はシーケンサーの使い方の続きを教えるね」

まさみ「わかりました」

ゆい「今回はこのポップパンク進行にしようかな。Ⅰ-Ⅴ-Ⅵ-Ⅳタイプの。これをアコギのプリセットを選んで打ち込んで・・・」

まさみ「ふむふむ」

ゆい「そしたら、こうなります」

彼女が再生ボタンを押すと、片耳につけたイヤホンから音が鳴りだす。


まさみ「すごい。曲になってる」

イヤホンから流れてきた音は、ドラムとアコースティックギター、二つの楽器しか鳴っていないものの、すでに曲としての輪郭が感じられるものになっている。


ゆい「でしょ?そしたら次はベース。ルート音を八分で鳴らして・・・。これでとりあえず骨組みは完成だね」

まさみ「曲に厚みが出ましたね」

ゆい「そうそう、ベースって地味とか、いらないとかよく言われるけど、実際作る側になってみるとその重要性がよくわかるよね。あとは、この伴奏の上にメロディを載せる感じかな。鼻歌とか、ハミングとかで考えてもいいし、ギター使って弾き語りで考えたのを載せてもいいよ」

まさみ「ありがとうございます」

ゆい「うん、どういたしまして。編曲は基本音聴きながら、変にならない感じで作るといいかな。それもノート読めばわかると思う。QYにはリフパターンみたいなのも入ってるから、それ使うのもいいね。私はあんまりつかわないけど」

まさみ「やってみます」


早速、先ほど作った伴奏の上に色々音を乗せてみる。白いボタン、ピアノでいうドレミファソラシドの音は合う感じがするが、黒いボタンの音は合わないものが多い。これがノートの最初に書いてあるスケールというやつだろう。つまり、Cメジャースケール?だろうか。


使われている音が同じCメジャースケールとAマイナースケールは何が違うんだろうと思い彼女に聞いてみたが、とりあえずマイナースケールは置いておいて、今はメジャースケールで経験を積むのがいいらしい。マイナースケールは玄人向きらしい。かっこいい・・・。


色々メロディを載せて遊んだ後、別のソングデータを開いてみる。

まさみ「わ、すごい」

ゆい「ん?あー、それね。QYでも頑張ったら、結構、細部まで作り込めるんだよね。結局最後はパソコンに移すんだけど」

まさみ「これ、多分2つ目のテープに入ってたやつですよね?ピコピコ音で聴くとまた違った感じがしていいですね」

ゆい「あー、そうだけど。なんか裏側覗かれてるみたいで、ちょっと恥ずかしいね」

彼女は照れたように笑う。

シーケンサーに入っている彼女のデモソングを聴いていると、なんだか素の彼女に触れているようで少しだけ嬉しい・・・、ような気がする。



とりあえず、BPMは80ぐらいにして、シーケンサーにコード集に書かれていたコード進行を打ち込んでみる。このカノン進行というやつがなんかいい感じがする。名前の通りクラシック曲の”カノン”に使われているコード進行だそうだ。素朴な暖かさとか、儚さのようなものも感じられて、とてもいい。


プー、プー…。

彼女が、今度はハーモニカを吹いている。


まさみ「すみません、それも・・・」

ゆい「こ、これはダメだよ!」



・・・・・・

・・・

・・・



すりすり・・・。

まさみ「あの、どうして私の手をすりすりしているんですか?」

ダブルベッドの中で、彼女の手が私の左手に触れ、すりすりしている。


にぎにぎ・・・。

まさみ「あの、どうして私の手をにぎにぎしているんですか?

今度は私の左手が、にぎにぎされている。爪の感触がする。彼女の右手の爪は指弾きをする関係で少し長い。


ゆい「今やってるのは、手のマッサージだよ。ほら、今日、左手の指、押さえにくそうにしてたじゃん?だからマッサージしてほぐしてあげようと思って」

まさみ「ほ、ほんとですか?なら、ありがとうございます・・・」

ゆい「ほんとほんと。あ、次は右手のマッサージだね」

彼女は私の右手を触ろうと、体を覆い被せてくる。思ったより軽かったが、それでも人一人にのしかかられると、そこそこの重さがある。


すりすり、にぎにぎ・・・。

まさみ「あの、右手は弦押さえないと思うんですけど・・・」

ゆい「あ・・・」

まさみ「もー、やっぱり嘘じゃないですか」

ゆい「てへへ。右手は嘘だけど、左手は嘘じゃないよ。ふー満足満足」

彼女は元いた位置に戻り、再び私の左手をすりすりする。


ゆい「はじめてのギターと作曲はどうでしたか?」

まさみ「うーん、わからないことばかりですけど、なんか楽しかったです」

ゆい「ずっと触ってたもんね」


あの後、もう寝る時間だよ、と肩を叩かれるまでずっとギターとシーケンサーをいじっていた。

音楽の授業以外で楽器や作曲に触れたことはあまりなかったが、自分は意外と音楽をやるのが好きだったのかもしれない。


ゆい「そっか、それはよかった・・・。じゃあ、シーケンサー、ずっと持ってていいよ」

まさみ「いいんですか?」

ゆい「うん。ギターもいつでも使っていいからね」

まさみ「ありがとうございます」


彼女はもうシーケンサーを使わなくてもいいのだろうか、と不思議には思ったが、隣にいるうちはいつでも返せるだろうから、遠慮なく借りておこう。


ゆい「まーちゃんが音楽始めるんだったら、わたしもバイク始めようかなぁ。どう思う?」

まさみ「さあ、どうでしょう・・・。誰に言われて乗るものでもありませんから」

ゆい「・・・そっか、そうだよね。そろそろ寝よっか」

まさみ「ええ。バイクならいつでも教えられますから、その気になったら言ってくださいね」

ゆい「うん、ありがとう。おやすみ」

まさみ「おやすみなさい」


彼女に触れられていた左手の感触がそっとなくなる。

明日も早いし、そろそろ寝よう。旅をしているうちに一曲ぐらい作れたらいいな。頭の中で構想を練っていると心地よい睡魔に襲われる。ギターもそれなりに弾けるようになるだろうか・・・、弾き語りとかしてみたいけど、合唱会とかあんまり得意じゃなかったな・・・。それから・・・


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