その三
ファミレスを出て、バイクのエンジンをかける。
まさみ「では、案内をお願いできますか?」
ひかり「うん、まかせて。私、原付だから、遅かったらごめんね」
まさみ「いえ、私もサイドカー付きなのでそれほど速度は出しませんから」
ゆい「そうそう、だから気持ちよく寝れるんだよね」
まさみ「・・・」
“ひかり”の後ろについてバイクを走らせる。
ブロロロロ…と心地よいエンジン音が静かに響く、穏やかな昼下がり。
いつまでも続けばいいな、と思う心とは裏腹に商店と隣接する彼女の家はすぐ近くにあった。
ひかり「じゃあ、作戦通りに」
まさみ「ええ。では、また」
ゆい「じゃ、私はここで荷物見とくね」
“ゆい”、”ひかり”と別れて、商店へと脚を踏み入れる。
まさみ「すみません」
店長「はい、いらっしゃい」
店の奥から、ひかりの父およびこの商店の主人と思わしき前垂れをつけた爽やかな男性が顔をだす。
まさみ「バイク協会のお使いで、例のものを取りに来たのですが」
店長「ああ、そうですか。隣のガレージにありますので、どうぞついてきてください」
店長の後に続いて、店横のガレージへと歩を進める。
ガラガラガラ・・・
シャッターが開かれて一番に目に飛び込んできたのは、どこか懐かしい雰囲気を漂わせる往年の名車H◯NDAスーパー◯ブC100だった。
体が勝手に駆け寄りそうになるのを堪える。
店長「奥の物置にあったかな・・・。すみません、ちょっと取ってきます」
まさみ「はい!」
店長が奥に消えたのを確認し、サッとC100のもとに駆け寄る。かなり古いものであるはずだが丁寧に整備されており、まだまだ現役といった感じである。
排気音が聞いてみたいなぁ。どこかに鍵、落ちてないかな?
ガレージ中を血眼になって探しているところに、店長が戻ってくる。
店長「ありました。ずいぶん長いこと置いてましたから埃かぶってますが。これで大丈夫ですか?」
店長は埃を払いながら、バイク協会の本部でもらったものと同じ箱を差し出す。
まさみ「あ、はい。多分これです」
店長「そうですか、それはよかった。では、これで」
“ひかり”の方は準備をもう終えただろうか。少しだけ時間を稼いでおこう。
まさみ「これC100ですよね?しかもまだ乗れそうな」
店長「お、わかるかい?ボアアップして二種登録はしてるんだけどね、やっぱり使ってこそのカブというか・・・」
店長は一瞬、気を高ぶらせたように見えたが、すぐに取り直して口をひらく。
店長「まあ、今はもう乗ってないけどね」
まさみ「・・・そうなんですか?」
店長は軽く頷き、ガレージから出ていこうとする。
まさみ「あの、今日は・・・」
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店長に続きガレージを後にする。
バイクを止めておいた曲がり角の方へ戻ると、準備を済ませて戻っていた”ひかり”と”ゆい“が私を待っていた。
まさみ「どうでしたか?」
ひかり「バッチリ!」
まさみ「こちらもバッチリです」
手に持った例の部品の箱を見せる。
ひかり「へぇ、それが・・・。意外とちっちゃいんだね」
ゆい「なんか、全部このぐらいらしいよ」
ひかり「中には何が入ってるんだろう」
まさみ「何かの欠片?みたいでしたよ、金ピカの」
ゆい「開けたの!?」
まさみ「・・・?ええ」
ゆい「・・・普通こういうのって、全部揃った時、”さあ、ついにご対面だ”ってなるパターンじゃないの?」
まさみ「はぁ、そういうものですか。それより、そろそろ行きましょう。私の後についてきてください」
ひかり「わかった」
ゆい「・・・」
今度は私が前になってバイクを走らせる。目的地は近場のキャンプ場だ。
ゆい「キャンプ場、調べよっか?」
いつものように、隣から彼女が声をかけてくる。
まさみ「いえ、今日はすでに私の方で決めましたから」
ゆい「そっか・・・?」
ミラーで後ろを確認する。”ひかり”もしっかり付いて来られているようだ。
・・・・・・
・・・
・・・
道中、スーパーに立ち寄り買い物を済ませ、キャンプ場に着く頃には辺りはすっかり暗くなっていた。
例の如く、月明かりとLEDランプを頼りにテントを設置する。
まさみ「では、食事の用意をしましょうか」
ゆい「まさか?」
まさみ「ええ、そのまさかです。今日はカレーを作ります」
ゆい「やったね!」
ひかり「キャンプと言えば、だよね!」
早速、炊事場に向かい、スーパーで買った野菜やお肉のカットに取り掛かる。
ドス、ドス、ドスン。景気良く食材をカットをしていると、”ゆい”が声をかけてくる。
ゆい「ちょ、ちょ、ちょっと待って」
まさみ「?」
ひかり「さすがにこれは・・・」
“ひかり”までもが、私のカットした食材を見て言葉を失っている。
まさみ「な、なんですか!確かに形はよろしくないかもしれませんが・・・。”ジャガイモは大きければ大きいほど良い”師匠の教えですよ!」
ゆい,ひかり「・・・」
まさみ「・・・」
ゆい「切るのは私たちでやっとくから、他の準備しといてよ」
まさみ「わ、わかりましたよ・・・」
ゆい「いつもはカット野菜だったからなぁ・・・」
まな板の前を、半ば押し出される形で離れる。
ジャガイモは大きいほうが食べ応えあって美味しいのに・・・、たまに口に入らないけど。
トン、トン、トン、という小気味良い音をよそに他の準備を任された私は、飯盒を火にかけ、炊事場で水を汲み、今は均等にカットされた野菜やお肉をルーと共に煮込んでいる。
飯盒で炊いたお米がいい感じになってきたのを見計らって、味見をする。・・・いい感じだ。
ゆい「はい、お皿」
まさみ「ありがとうございます」
3人分のお皿にカレーを盛り付け、スプーンを用意する。
ゆい「では、いただきます」
まさみ,ひかり「いただきます」
ゆい「おいしー!」
ひかり「うん、おいしい」
まさみ「なかなかですね」
ちょうど良いサイズにカットされた具がルーとともによく煮込まれていて、なかなかの出来だ。
いつものボリューミーなカレーもいいが、これも悪くない。
カレーを食べ進めていると、”ゆい”が話しかける。
ゆい「バイクってさ、そんなにいいの?」
まさみ「どうしてですか?」
ゆい「ひかりちゃんの話聞いて、改めて横で見てたらさ、すごい楽しそうにバイク運転してるから、そんなにいいのかなーって」
ひかり「あ、私も気になる。原付と何か違ったりするの?」
まさみ「・・・そうですね、確かにシフトチェンジとか、交通ルールとかで色々違ったりはしてきますが・・・。基本的には原付の延長線上って感じですかね」
ひかり「やっぱり60km/hで走れるのは憧れるよね」
まさみ「そうですね。確かにそれは大きな違いですが、やっぱり一番大きな違いは自由さですかね」
ゆい「自由さ?」
まさみ「ええ、原付だと”その辺のスーパーやコンビニでいいか”って感じなんですけど、大きなバイクだと”遠くのやつでも行けそう、行きたい”って感じになるんですよ。近場のスーパーで済ませるとしても、”遠くのスーパーまで全然行けるけど近場で済ます”っていうのと”遠くまではいけないから近場で済ます”だと、何か違ってくるように思いませんか?」
ゆい「確かに!」
“ゆい”は納得したように大きく頷いた。
ひかり「でも、バイク乗りって遠くまで行けるなら遠くまで行くよね?お父さんもそうだったもん」
ゆい「確かに!」
“ゆい”はこちらを見て再度大きく頷いた。
確かに、少しだけ寄り道をしたり、気になって全国チェーンではなく地方のスーパーに行ってみたりはするが・・・。
ひかり「私も普通二輪とったら気持ちわかるかなぁ」
まさみ「ええ、きっとわかると思います」
ゆい「普通二輪とっちゃったら、人って変になっちゃうんだ・・・」
わーわー言いながら夕食を終え、しばらくして寝る準備に取り掛かる。
まさみ「では、歯を磨いて寝ましょうか」
ひかり「え、お風呂は?」
まさみ「このキャンプ場にお風呂はありませんよ?」
ゆい「銭湯も遠いしね」
まさみ「ええ」
ひかり「きょ、今日、結構汗かいちゃったんだけど・・・」
ゆい「大丈夫!うら若き乙女からはお花の匂いしかしないんだよ!」
まさみ「ええ、全くもってその通りです。ゆいさんもわかってきましたね」
ゆい「おうよ!」
“ゆい”とパチンッと軽くハイタッチを交わす。
まさみ「ではボディシートがありますから・・・」
言い終わる前に”ひかり”が鼻を近づけて、私の匂いをクンクンと嗅いでいる。
続いて”ゆい”の匂いも嗅ぎに行き、なんとも言えない表情を見せる。
ゆい「え、え?大丈夫だよね?」
まさみ「え、ええ。大丈夫なはずです」
“ゆい”とお互いの匂いを嗅ぎ合う。流石にお花の匂いはしないが、そんなに変な匂いもしない・・・と思う。
ひかり「た、多分、ずっと二人で一緒にいたから、匂いに慣れちゃったんだね・・・」
“ゆい”は相当なショックを受けた様子で固まっている。かくいう私もショックで動けないままだ。
ひかり「で、でも大丈夫!近くで嗅がないと全然わからないレベルだから!まだ・・・」
慌ててされるフォローが痛々しい。
まさみ「・・・ゆいさん、明日は銭湯に行きましょう」
ゆい「そ、そうだね」
“うら若き乙女からはお花の匂いしかしない”という師匠の教えは間違ってたのか・・・。
ショックが消えないまま、トボトボと炊事場へ向かい、寝る準備を済ませる。
テントに戻り、寝袋を広げる。
少人数用のテントに、寝袋2つと寝床1つはやはり少し狭かった。
まさみ「・・・電気を消しますが、お二人とも大丈夫ですか?」
ゆい「・・・うん」
ひかり「う、うん。あの、二人ともごめんね?本当に顔近づけないと全然わからない程度だから、だ、大丈夫だよ」
まさみ,ゆい「・・・」
ひかり「お、おやすみなさい!」
“ひかり”が真っ先に目を閉じる。
明日は絶対に銭湯に行こう。そう決意しながら電気を消す。
寝袋に入り薄れゆく意識の中、そういえば服も洗濯してないな、と自分の無頓着さに少し呆れながら眠りに落ちた。