その四
・・・アラームの音で目を覚ます。
まさみ「・・・?」
隣に真剣な顔をして何かの機械をいじっている女性が座っている。
ゆっくりと体を起こすのに合わせて、起き抜けの頭が次第に昨日のことを思い出していく。
ゆい「あ、おはよう」
彼女は耳に挿していたイヤホンを抜き、いじっていた機械を片付ける。
まさみ「おはようございます」
寝ぼけ眼をこすりながら挨拶を返し、頭が起きるのを待ってから炊事場へ向かう。
一通りの朝の支度を終えテントに戻る頃には、辺りは少し明るくなりかけていた。
まさみ「早いですが、出ましょうか。朝ごはんはタイミングを見て、どこかで済ませましょう」
ゆい「日の出と共に出発だね」
サイドカーに彼女と荷物を押し込み、キックスタートでエンジンをかける。
バイクの振動に合わせて、隣から呑気な鼻歌が聞こえていた。
・・・・・・
・・・
・・・
国道途中の定食屋で朝食兼昼食を済ませ、目的地付近に来た頃にはもうすっかり日は傾いていた。
ゆい「右見ても左見ても、海。ついに端まで来たって感じだね。サンセットコーストにバイク、最高!」
まさみ「ええ、協会本部も見えてきましたよ」
陸地北端の一角に建てられた白い建物、バイク協会本部がひとまずの目的地であり、マザーロード始まりの地である。
ゆい「先に岬の方まで行ってみない?」
まさみ「ええ、ちょうどいい時間帯ですし、少しだけ見ていきましょう」
最北端のモニュメントの隣にバイクを停め、先端へと歩いていく。
遠浅の海が夕暮れ色に染まり、どこまでも広がっている。
隣に立つ彼女は、何も言わずずっと先の方を見つめていた。
しばらくして彼女が口を開く。
ゆい「満足した!じゃあ、行こっか」
まさみ「はい」
再びバイクのエンジンをかけ、協会本部の駐車場に停める。
協会のドアを開けると、大柄の男性が出迎えてくれた。バイク協会の会長である。
会長「やあ、まさみくん。久しぶり」
まさみ「会長さん、お久しぶりです」
会長「そちらの娘さんは?」
まさみ「彼女は“ゆい”さんです。旅の道連れです」
面倒な説明は省き、バイク乗り御用達の便利な言葉を用いて伝える。
ゆい「よ、よろしくお願いします!」
彼女は会長のオーラに気圧されて緊張しているようだった。
会長「ああ、よく来たね」
会長は彼女に優しく微笑みかける。その笑顔を見て、彼女はいくらか安心したようだった。
会長「ところで、まさみくん。彼女から話は聞いているね?」
まさみ「はい、全て伺っております」
会長「そうかい。では、ガイドブックと一つ目の部品を渡しておこう」
まさみ「ありがとうございます」
会長は用意してあったらしい“マザーロードのガイドブック”と“小さめの箱”を手渡してくる。
まさみ「この箱が例のバイク部品ですか?思ったより小さいですね」
会長「ああ、実を言うと、集めてもらうバイク部品は全てこのぐらいの大きさのものなんだよ。リアボックスにでも入れておくのがいいだろう。今、バイクはどこに?」
まさみ「玄関前の駐車場に置いてます」
会長「では、出発までガレージに入れておくといい。ガレージに何か必要なものがあったら自由に持っていっていいからね」
まさみ「本当ですか?ありがとうございます」
早速、バイクを動かしに玄関へ向かおうとすると、会長から声をかけられる。
会長「ああ、まさみくん、出発はどうする?」
まさみ「日の出と共に出ようかと」
会長「そうかい。だったら、寝る時は奥の部屋を使うといい。君も同じかい?」
会長は彼女に問いかける。
ゆい「あ、はい。多分そうです」
会長「では君も、今日は協会に泊まっていくといい」
ゆい「あ、ありがとうございます!」
会長「私はもうしばらくしたら家に帰るから。協会の鍵はいつもの玄関前の植木鉢の下に、わかるね?」
まさみ「大丈夫です」
会長「じゃあ、気をつけて。それと、楽しんで」
まさみ「はい!」
会長に返事を返し、バイクをガレージへと移動しに向かう。
ゆい「じゃあ、私は荷物を整理してるから」
まさみ「わかりました。では後ほど」
・・・・・・
・・・
・・・
会長「ゆいくん、で大丈夫かい?」
荷物を整理していると、突然声をかけられ心臓が飛び跳ねる。
ゆい「は、はい!」
会長「君も、まさみくんについて行くのかね?」
穏やかな口調で会長が問いかけてくる。
ゆい「あ、いえ、その、ここまでの約束だったので」
ヒッチハイクのボードを見せながら答える。
会長「そうかい・・・」
ふと、会長の目が私の持っている機械に向けられる。
会長「ひょっとしてそれは・・・、YAM◯HAのシーケンサーかい?」
ゆい「ご存知なんですか?」
会長「ああ、かなり前のものだろう。どれ、少し触らせてくれないだろうか?」
ゆい「はい、どうぞ」
シーケンサーを手渡すと、会長は慣れた手つきでそれを操作した。
会長「どうもありがとう。懐かしいね、昔を思い出したよ」
そう言って会長から返されたシーケンサーの画面には、私のまだ書きかけの楽曲が表示されている。
会長「君もまだ旅の途中。何度も書き直すといい。母なる旅路の中で、君が何かを見つけられることを祈っているよ」
ゆい「は、はい!ありがとうございます」
私が返事をすると、会長は満足そうな微笑みを返し協会を後にした。
・・・・・・
・・・
・・・
・・・アラームの音で目を覚ます。
ゆっくりと体を起こし、頭が起きてくるのを待つ。
しばらくして辺りを見渡すと、昨日隣で眠りについたはずの彼女の姿が見当たらない。
布団は綺麗に畳まれていて、彼女の荷物も見当たらない。
フロントの方に向かってみるが、やはり彼女の姿はなかった。
とりあえず協会の洗面所に向かい朝の支度を済ます。
ヒッチハイクは“北の端まで”だったので、もう彼女は彼女で旅に出てしまったのだろうか。
それならせめて、お別れの言葉ぐらいは言いたかった。
そんなことを考えながら、自身も出発の用意を済ます。
協会の玄関に鍵がかかっていることを確認し、鍵を植木鉢の下に隠す。
キックスタートに手間取るが、なんとかエンジンをかけ、明るくなりかけの空にヘッドライトを灯す。
軽くなったサイドカーをよそに、バイクが動き出す。
ブロロロロロ……
どこまでも続いていきそうな道と空に、単気筒の乾いたサウンドが消えていく
?「・・・・・・おーい!」
遠くの方で誰かが手を振っている。
?「・・・おーい!」
声の主の元まで行き、バイクを停める。
彼女は両手に持ったボードをこれみよがしに私の顔へと押し付けてくる。
まさみ「・・・それじゃ見えませんから」
“北”の文字がバツ印で消され、大きく”南”と書き直されている。
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〜ヒッチハイク〜
南の端まで
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まさみ「サイドカーの足元に予備のヘルメットありますから・・・」
言い終わる前に彼女は予備のヘルメットを装着し、サイドカーに乗り込んでいる。
ゆい「しゅっぱーつ!」
まさみ「・・・」
何も言わず、キックペダルを踏み込む。
エンジンのかかる音が底の抜けた空へと消えていく。
このままどこまでも行ける気がした。