その三
辺りが暗くなりはじめたため、ヘッドライトをつける。
目的地まではまだ距離があるが、焦りは禁物だ。
まさみ「ゆいさん。・・・ゆいさん。起きてください」
ゆい「んあ?着いた?」
まさみ「まだです」
ゆい「ん〜、腰がいて〜!この座席、リクライニングついてないの?」
まさみ「そんなものありません。暗くなってきたので、今日はここらでキャンプにします。着くのは明日です」
ゆい「あ〜あ、車だったら楽に寝られるのにな〜」
まさみ「(怒)」
ゆい「冗談だって(笑)」
まさみ「・・・。ゆいさん、スマートフォンはもってますか?」
ゆい「ううん、もってないよ。通信機器は全部置いてきたからさ」
まさみ「なんでですか・・・、まあいいです。じゃあこれを使って近くのキャンプ場を調べてください。できるだけ安いところでお願いします」
そう言いつつ、ジャケットから自身のスマートフォンを取り出し彼女に手渡す。
ゆい「なにこれ!?じいさんばあさんが使うやつじゃん!」
まさみ「し、失敬な!それは最新のやつなんですよ!カメラもいいやつ付いてますし。電話とカメラぐらいしか使わないので、それでいいんですよ!安いし・・・」
ゆい「まさにじいさんじゃん(笑)」
まさみ「(怒)」
せめて“ばあさん”でしょ、と憤慨しているところに彼女が声をかけてくる。
ゆい「近くには無人のところしかないけど、いい?」
まさみ「ええ、大丈夫です」
ゆい「じゃあ、まっすぐ行って、右かなぁ」
雑なナビに従って進んでいくと、それっぽい看板が見えてくる。
まさみ「私はテントと寝袋がありますから、それで寝ます。あなたも持ってますか?」
ゆい「持ってないよ?歯ブラシとかはあるけど。まさか二輪にヒッチハイク、それも野宿までするとか思ってなかったし」
まさみ「野宿ではありません、キャンプです。いくら治安が良いとはいえ、うら若き乙女が野宿なんてするわけないじゃないですか」
ゆい「無人キャンプ場で予約なし飛び込みとか、ほぼ野宿じゃん」
まさみ「野宿ではありません、キャンプです」
ゆい「野宿だよ?」
まさみ「キャンプです」
ゆい「もし不審者が現れても、わたしのテコンドーだか、コマンドーだかでやっつけてあげるから安心してね。あ、でも、わたしが襲う可能性もあるよ」
彼女は意気揚々とシャドーボクシングを行う。
まさみ「あなたは野宿してください」
ゆい「ごめんなさい、冗談です」
まさみ「テントは2人入れるのですが、寝袋は一枚しかありませんので、膝掛けや着替えなどを重ねて寝ていただけますか?」
ゆい「はい、ありがとうございます」
まさみ「どういたしまして」
駐車場の端の方にバイクを停めて、盗まれるようには思えないが、一応鍵を抜く。
キャンプ場は少し芝が伸びているものの、広く、テントも数えられるほどしか設営されていない。
早速、自分たちのテントの設営に取り掛かる。
まさみ「ペグを打ちますから、そっちの方を抑えていてください」
ゆい「はいよ〜」
慣れている上に設営が簡単なことが売りのテントである。それほど苦労せずに設営を完了し、LEDランタンを吊るす。
まさみ「今日はもう遅いので、夕食はカップ麺で大丈夫ですか?」
ゆい「うん、いいよ。カップ麺なら私も持ってるし」
そう言って彼女は自身の大きなバックパックを開く。
中には激辛やエスニック系のカップ麺が数個、他には旅の必需品と思わしきものや何かの機械等が詰まっていた。
まさみ「あれ、意外と準備とかしてたんですね」
ゆい「もちろん、もともと旅に出るつもりだったしね」
まさみ「そうでしたか」
ゆい「カップ麺、どれか食べたいのあったら持って行ってもいいよ」
まさみ「いえ、私にはこれがありますから」
そう言って自分のバックパックから普通のカップラーメン(しょうゆ)を取り出す。
ゆい「そっか、残念」
彼女はエスニック系のカップラーメンを取り出した。
まさみ「では、水を入れてきます」
ゆい「水もあるよ?」
まさみ「できるだけ節約していきたいので。無人キャンプ場ですから少し不安ですが、沸騰させるので大丈夫だと思います。嫌ですか?」
ゆい「ううん、私は大丈夫」
まさみ「では、行ってきます」
ゆい「行ってらっしゃーい」
炊事場で空きペットボトルに水を汲む。
炊事場から戻ると、彼女は先ほどバックパックで見た何かの機械をいじっていた。
ゆい「あ、おかえり」
まさみ「はい、お湯を沸かすのにガスバーナーを使いますから、気をつけてくださいね」
そう言って、アウトドアガスバーナーを取り出しコッヘルをセットする。
コッヘルに水を入れ、バーナーの青い炎をぼーっと眺めていると彼女が声をかけてきた。
ゆい「ところでさ、結構な大荷物だけど、まーちゃんはどこまで行くの?」
まさみ「まーちゃん?」
ゆい「うん、“まさみ”だから、まーちゃん。嫌?」
まさみ「別に構いませんが。私も目的地は北の端ですよ」
ゆい「え、ほんと?ラッキー!」
まさみ「まあ、私は北の端についてからが旅の始まりなんですが」
ゆい「え、そうなの?私もだよ!」
まさみ「そうでしたか、そんな偶然もあるんですね」
ゆい「うん!まーちゃんはなんで旅に出るの?」
カップラーメンが出来上がるのを待つ間に、彼女に旅に出ることになった経緯をかいつまんで話した。
ゆい「へー、時代に抗ってるんだ。いいね、パンクで!」
まさみ「時代遅れの乗り物に跨っているという点ではそうですが、私は時代に抗っているわけではありませんよ。今のまま細々と、後世に受け継がれていけばいいなと思っているだけです。この時代遅れの乗り物を必要とする人は後世にもいるはずですから」
ゆい「なんかかっこいい・・・」
かっこいい・・・、いい響きである。意外と悪い人じゃないのかもしれない。
彼女は私の話を聞いて、何か考え込んでいるようだった。
まさみ「できあがりましたよ」
ゆい「あ、うん」
カップ麺を啜りつつ、今度は彼女の旅にでる理由を聞いてみる。
まさみ「ゆいさんはどうして旅を?」
ゆい「わたしは・・・」
彼女は何かを言おうとしてやめた。
まさみ「あの、話したくないことでしたら、べつに無理にとは・・・」
ゆい「あ、そうじゃなくて、どう話したものか」
そういうと彼女は自身のバックパックを漁り始める。
ゆい「うーん、これでいっか」
彼女が取り出したのは、カセットテープとイヤホンのついたプレーヤーだった。
ゆい「これ、聴いてみて」
予想だにしないレトロな機械に内心驚きつつ、言われるがままイヤホンを耳に装着し、再生ボタンを押す。
流れてきたのは、歪んだエレキギターサウンドが主体のシンプルなギター・ロックだった。
一曲終わったところで停止ボタンを押し、イヤホンを耳から外す。
ゆい「で、どうだった?」
彼女が少し興奮気味に感想を求めてくる。
まさみ「どうって、懐かしい感じがしました。プレーヤーのせいかもしれませんけど」
ゆい「売れそう?」
まさみ「流行とは、かなりかけ離れているのでは?」
ゆい「そうだよね〜!」
彼女は脱力した様子で、自身のバックパックにもたれかかる。
二人分のカップ麺の容器をゴミ袋にまとめながら、先ほど聴いた音楽を思い返す。
歌詞には哲学的な部分があるものの、若者特有の青さが感じられる曲だった。
ゆい「その曲さ、私が作ったんだよね」
まさみ「え、作曲家だったんですか?」
ゆい「あ〜、うん。でもまぁ、趣味っていうか、趣味を仕事にできなかったっていうか。簡単に言うと、売れなかったというか・・・」
まさみ「なるほど・・・」
なにが“なるほど”なのかは分からなかったが、気まずさのあまりそう返事してしまった。
ゆい「学生のうちに売れるか、そうでなくても音楽関係の仕事には就きたいと思ってたんだけど、どっちもダメで。それ以外にやりたいこと思いつかなかったから自分探しの旅に出ることにしたんだよね。準備に時間かかって夏になっちゃったけど。」
まさみ「大胆すぎませんか、それ。学生のうちってことは、音楽の学校にでも行ってたんですか?」
ゆい「ううん、普通の大学。音楽に関しては全部独学。本とかネットとかで勉強はしたけどね。曲もドラムは打ち込みだけど、それ以外は私の演奏で、一応ミックス・・・曲の仕上げとかも全部自分」
まさみ「独学であれほどの楽曲はかなりすごいのでは?」
ゆい「ん〜、どうだろう。ネットを見ればアマチュアでも私よりすごい技術を持ってる人がゴロゴロいるから、多分そんなにすごくないよ」
まさみ「そうですか・・・」
音楽のことはあまりわからないが、一人であれだけの曲を完成させて、別にすごくはないというのだから音楽の世界は相当に厳しいのだろうと、なんとなくそう思った。
ゆい「私のリュックの中にまだ何個かテープあるから、よかったら聴いてね!」
そう言って彼女は先ほどのテープが入ったままのプレーヤーを差し出す。
まさみ「はい、ありがとうございます。結構好きなタイプの音楽だったので嬉しいです」
ゆい「本当?うれしい」
先ほどは少し寂しそうに見えたが、彼女はすでに何事もなかったかのように笑っている。
まさみ「では、歯を磨いて寝ましょうか」
ゆい「え、もう?お風呂は?」
まさみ「このキャンプ場にお風呂はありませんよ?近くに銭湯もありませんし」
ゆい「うら若き乙女が、一日外で活動した挙句、お風呂スキップは流石にまずくない?」
まさみ「ボディシートならありますよ?」
ゆい「ボディシートで大丈夫かなぁ・・・」
まさみ「大丈夫です。うら若き乙女からは、お花の匂いしかしませんから」
ゆい「まーちゃんって、しっかりしてそうに見えて実は、私より“アレ”だよね・・・」
まさみ「?』
ゆい「いや、なんでもない。せめてスキンケアだけはしておこう?」
まさみ「はい、じゃあ炊事場へ急ぎましょう」
諸々の寝る準備を済ませた後、寝袋を広げる。
まさみ「暑かったり、寒かったりしませんか?」
ゆい「うん、大丈夫。寝心地も悪くないよ」
まさみ「それは何よりです。では、電気を消しますね。おやすみなさい」
ゆい「うん、おやすみ」
彼女が目を瞑ったのを見届け、ランタンの電源を落とす。
ゆい「ねえ、北に着いたら・・・」
まさみ「なんですか?」
ゆい「ううん、なんでもない。おやすみのチューでもしとく?」
まさみ「では、おやすみなさい」
ゆい「うん、おやすみ」
誰かと共に眠るのは久しぶりだったが、すぐに隣から寝息が聞こえてきたのでいつもとほとんど変わりなく眠りについた。