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あとがき

あれから、世界は劇的に・・・は変わらなかった。

変わったことといえば、週末に原付以外のバイクをちらほら見かけるようになったぐらいだ。

他に変わったところは、特にない。

もちろんバイクブームなんてものは来ていないし、そんなそぶりもない。


あの後、私は”まさみ”と別れて、一度、家に帰ってきた。

彼女に、”ウチで師匠と一緒に、三人で暮らしませんか”と問いかけられ、かなり心が揺らいだ。

頭が勝手に縦に振りそうになるのを必死に抑えて、なんとか帰ってきた。


彼女には、”事あるごとに私から離れようとするところは、ゆいさんの悪いところですよ。まったく”

とため息をつかれてしまい、返す言葉もなかったが、

”最後には隣に戻ってくるってところを、良いところにしてみせるよ”

となんとか絞り出した。

それを聞いた時の彼女の笑顔を思い出すたび、やっぱり首を縦に振っておくんだった、と後悔してしまうが、どうしてもやらなければならないことがあったのだ。


帰り際、”まーちゃんが、どこかに消えてしまわないか心配だよ”と伝えると、彼女は空いた口が塞がらないといった様子で、”こっちのセリフですよ、まったく”と言っていた。

二回も”まったく”を言わせてしまった。


以前なら言わなかったであろうことを自然と口にしていた。

私も、ほんの少しは、変わってきているのかもしれない。


時は変わって、もうすっかり秋の色が辺りを占めるようになってきた。

肌寒く、長袖の上にカーディガンを重ねる季節。

夏には栄華を極めていた緑もすっかり色を落とし、侘しい色の絨毯を地面に敷いている。

気温も下がってきて、残暑の季節から始めた発掘のアルバイトも、それなりに楽になってきた。


前にこの仕事をやった時は、同じことの繰り返しで、すごい早さで日々が過ぎて行った。

流れていく今を掴み損ねて、もがいているうちにまた今が過ぎ去って。


今も、まあそれほど変わらないけど、それでも前とはすこし違っているような気がする。

土の匂いや吹き抜ける風が以前よりも色づいて感じられて、日々移ろう景色にも、今は気づいている。

休憩時間には、事務所の原付を借りて実技の練習をしたりもする。


自動二輪の免許を取ることにしたのだ。

彼女のと同じ、普通自動二輪。

誰に言われるのでもなく、ちゃんと自分で決めて、取ることにした。

なんで取ろうと思ったのかは、自分でもよくわかっていないけれど、多分、彼女が見ていた景色を知りたくなったからだと思う。

あと、少しだけ自分に似ている気がしたからかな。この、なんとも難儀な乗り物が。


実技の一発試験の方は若干、苦戦気味だけど、作文の方は順調だ。

タイトルは『No Future For You』

とある洋楽の歌詞から拝借したものだ。

直訳すると”お前に未来はない”。

とんでもない捨て台詞だけど、それが逆に清々しくて、気に入っている。

特別な存在でもなければ、普通に生きることもできないような自分と、すぐに転んでしまうこの乗り物には、これぐらいがちょうどいい気がしている。


作文には、彼女と巡ったマザーロードの旅の全てを記して、この”あとがき”も含めて、そのまま提出することにした。

400字詰め原稿用紙50枚以上、つまり2万字以上が条件のところに、10万字以上の作文を提出することになるが、上限は設定されていないし、別にいいだろう。

全部が大事な思い出だし、こんな試験を設定する方が悪いのだ。


まーちゃんの視点は、一応、彼女に聞いたことに沿って書いてはいるが、ところどころ想像も混ざっている。

そこは、ご愛嬌でお願いします。


作文は、一度、エピローグまでを、彼女の師匠に見てもらい、アドバイスをもらっている。

アドバイスと言っても、誤字脱字に朱を入れられただけで、表紙に花丸がついて返ってきた。

つくづく、いいお師匠さんだな、と思う。

彼女の師匠からは、”これは作文というより、恋文ラブレターではないのか?”とツッコまれたが、あんまり考えると、恥ずかしくなってしまうので、今はとりあえず考えないようにしている。

まーちゃんではなく、彼女の師匠にアドバイスをもらったという時点で、既に答えは出ているようなものだけど。


恥ずかしいので、まだ、彼女には作文を見せていないが、もう少し勇気が出たら、この”あとがき”に手紙を添えて、彼女に送りたいと考えている。


二輪の免許を取るというのが、最初に述べた”やらなければならないこと”であったのだが、やらなければならないことは、実はまだあった。


一つは、やり残していた”夏休みの宿題”で、もう一つは、彼女にもらった曲に、詞とアレンジを加えることだ。


カノン進行の上に素直なメロディが載っていて、リズムは基本的だけど、所々にアレンジも入っていて・・・。

やっぱり初々しさはあるけれど、野に咲く一輪の花のような、素朴な美しさと、儚さがある。そんな名曲だ。

このままのもB面に入れておこう。

コピーして、PCのソフトに写して、作詞、編曲して、録音して・・・。

完成したのを聴いてみると、自分の曲っぽくなってしまったが、その中にどことなく彼女の雰囲気が感じられて、満足している。

彼女も喜んでくれるだろうか。


それにしても、初めての共同作業が”曲作り”なんて、なんだかロマンチックな感じがする。

自分には似合わない気がして、ちょっとむず痒い。


今回は隠しトラックはありません、本当に。

だから、確認はしないでください。

よろしくお願いします。


曲はもう既に完成しているけれど、ネットに投稿したりはしていない。

彼女がしたいと言うなら、してもいいけれど、やっぱり売れ線とは程遠いように思う。

でも、別に構わない。

”拍手は一人分でいいのさ”、なんてね。



“あとがき”に書くことはこのぐらいだろうか。

あ、そうそう、これを忘れないようにしておかないとね。



“だから私は、バイクの免許が欲しいです”

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