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No Future For You【バイク・ロードムービー】  作者: NS-1
第六章:世界の片隅でも、ちゃんと確かに
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その四


まさみ「昔、テレビに出ていた芸能人の方が、”なりたくてなる仕事じゃなくて、選ばれてなる仕事だから”と言っていたのを聞いたことがあります。それを聞いた時、子供ながらに悲しくなりまして・・・。私には、全く縁のない世界・・・、到底手の届かないような世界があるんだなぁ、って。よく言うじゃないですか、”特別”じゃなくて”唯一”って。でも、私みたいに、何にでも替えがきくような”唯一”に、価値ってあるんでしょうか」

ゆい「・・・」

彼女は何かを言おうとしてやめた。


まさみ「一度、師匠に聞いてみたことがあるんですよ。生きることに意味ってあるんですか、って・・・。さすがに、”私が”とは言いませんでしたけど・・・。心配かけたりはしたくありませんでしたから。あくまで、”思春期特有の”を装って聞いてみました。すると、師匠は、”そんなものはない”って、バッサリ言い切りました。自分には結構な衝撃で、よく覚えています。いつもなら、”どうしてそんなことを聞くんだ”とか、聞き返されていましたので・・・。師匠が、”そんなものはない”って言い切った理由、わかりますか?」


ゆい「・・・どうして?」

まさみ「師匠は、”人は皆、自分以外の誰かの意思によって、気づいたらそこに存在する。だから、そこに各人にとって、絶対的な意味や理由は存在しない”って、言っていました」

ゆい「・・・難しいね」

まさみ「はい、まったくです」

私も、彼女がしたように空を仰ぐ。

一面を分厚い雲が覆っている。


まさみ「師匠の言ったことを自分なりに考えた結果、思ったことがあるんですよ。もしかしたら、”すべては、流れの中にあるんじゃないか”、って」

ゆい「それも、難しいよ」

まさみ「はい、私も、なんとなく思っただけです」

ゆい「・・・”すべて”って?」

まさみ「”すべて”、はそのまま、全部です。世界とか、宇宙とか・・・、人生とか。全部です」

ゆい「じゃあ、”流れ”っていうのは?」

まさみ「時間とか、時代とか・・・、あるいは、倫理の授業で習った”世界精神”とかいうやつかもしれませんね。とにかく、到底変えることのできないような、想像すらできないような大きな流れがあって、私たちは、その中の水の分子、あるいはそれを構成する原子の一つにすぎないような、そんな気がするんです」

ゆい「・・・じゃあさ、私たちは、ただ流されることしかできないのかな。抗うことは、できないのかな・・・」

まさみ「どうでしょう・・・。もしかしたら、淀みを見つけて、留まることぐらいはできるかもしれませんね。でも、私は、流れていきたいと思っています。流されるのではなく、いろいろな景色を見て、それを楽しみながら・・・。だって、そうしないと腐っちゃうじゃないですか。もしかしたら、この旅も、そういうものの一つなのかもしれません」

ゆい「・・・」

彼女は俯いて、私の言ったことを考えている。

自分の心の内を、こんなに赤裸々に話したのは初めてで、少し恥ずかしい。


まさみ「ゆいさん。私、ここに連れ戻しに来たわけじゃないんですよ

ゆい「・・・じゃあ、どうして?」

彼女が問いかける。


まさみ「私ですね・・・、この旅の終わりに何もなくても、ゴールすらできなくても、別にいいんですよ」

ゆい「え、でも、バイクは・・・?」

まさみ「はい、目的はそれだったんですけど、実は、ただ遠出するための口実です。目的とか、ゴールとか・・・、そういうものは、あってないようなもんなんですよ。だって、バイクってそういうものじゃないですか。常に乗るための口実を探していて、走っていること自体に意味があって・・・、って。移動のための乗り物のくせに、不思議ですよね」

バイクを置いてきた駐車場の方を振り返る。

ここからでは見えないが、先ほどよりも、少しだけ、霧は晴れている。


まさみ「私がここに戻ってきたのは、確かめるためです」

ゆい「・・・何を?」

まさみ「一人で始めた旅のはずなのに、どうして一人で終わらせることを迷っているのか。その答えをです」

ゆい「・・・」

彼女の方を見る。


まさみ「特別じゃないこと、選ばれた存在じゃないこと・・・、今はもう悲しくないんですよ」

ゆい「・・・どうして?」

まさみ「それは多分、選ばれることより、選ぶことの方が、ずっと意味があるからですよ。少なくとも、私にとっては。私は、ここにあなたを選びに来たんだと思います。・・・ゆいさん、私たち、結婚しませんか?」


ゆい「・・・は!?」

彼女は驚いた表情でこちらを見る。

まさみ「これからどうすればいいとか、何をすれば人生うまくいくのか、とか、そういったことでは力になれないと思うんですけど、少なくとも”居場所”にはなれると思うんです。ずっと隣にいてください。サイドカーを降りたあとも」

唖然とする彼女に、思っていることを素直に言う。

意外と恥ずかしくなかったのが不思議だ。


ゆい「え、で、でも・・・、なんで・・・?」

まさみ「言葉にするのは難しいですけど、一緒にいて、楽しくて・・・、あと、嬉しくて・・・。ずっと一緒にいたくて・・・。”あなたが”あなた”だから、じゃ答えになりませんか?”ゆいさん”が”ゆいさん”だから、好きです。結婚してほしいです」

固まっている彼女に声をかける。


まさみ「いつかの”約束”の時、ゆいさんが勝ったら、”バイクを降りて、結婚する”って言ってたじゃないですか?」

ゆい「あ、あれは、私が勝ったら、って話だったじゃん・・・」

まさみ「はい、だから、今回は、ゆいさんの方が先に着いていましたので。標高が半分ぐらいなので、”バイクを降りる”というのは無しにして、結婚だけするのはいかがでしょうか」

今になって恥ずかしくなってきて、なんだか自分でもよくわからないことを言ってしまった。


ゆい「・・・こ、後悔しない?」

まさみ「はい。後悔させません、と胸を張って言えるほどできた人間ではありませんが、二人でする後悔なら、それはそれで楽しいんじゃないかと思うんですよ」

当ても、計画もなく家を出て、雨風に打たれて、後悔して・・・。でもそれがちょっと楽しくて。そんなささやかな幸せの中に、彼女もいてほしい。そう心の底から思う。


まさみ「実は、ちゃんと色々持ってきたんですよ」

持ってきた荷物の中をガサゴソ漁り、小物入れとシーケンサーを取り出す。


まさみ「これ、結婚指輪・・・、ではありませんが、その代わりになればと思って」

小物入れからピカピカに磨いたメノウを取り出し、彼女に差し出す。

残念ながら日は出ていないが、雲を通して降り注いだ光が、頑張って磨いたメノウをキラキラと輝かせ、透き通った縞模様は十二分に美しい。我ながら力作だ。

彼女は、おそるおそるそれを受け取り、自分の手のひらに載せる。


まさみ「それだけじゃないですよ」

シーケンサーの電源を入れ、彼女に見せる。

まさみ「こっちも、ついに完成しました。・・・あまり、自信はないですが」

彼女は、少しだけ固まってから、シーケンサーの画面を見る。


まさみ「カノン進行っていうので作ったんです。あのノートに書いてた・・・。ほら、カノンって結婚式とかによく使われるやつですよね?だから、合っているかと思って・・・」

シーケンサーを彼女の空いている方の手に載せる。

彼女がイヤホンを耳につけて、再生ボタンを押す。


俯いているせいで、髪が垂れて、表情が見えない。

・・・胸がドキドキする。作った曲を誰かに聴いてもらうのって、こんなに緊張するものなのか。今は電子音だけだけど、歌詞とかもつけてたら、もっと緊張するのかな。


少しして、彼女の肩が震えているのに気づく。

そっと彼女との距離を詰め、その肩を抱きしめる。

あまり見られたくないだろうから・・・。


ゆい「・・・私でいいの?」

涙声で彼女が問いかける。


まさみ「ええ。私を選んでくれたら、嬉しいです」

ゆい「・・・うん」

頷く彼女をもっとつよく抱きしめる。

心臓がドキドキしているのがバレそうでちょっと恥ずかしい。

それでも、もう離したくなくて、しばらくそうしてしまった。



・・・・・・

・・・

・・・



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



ゆい「・・・」

まさみ「・・・」

ゆい「ねぇ、これってさ、あれだよね・・・。”友達と登って、恋人と下りてきた”ってやつ」

まさみ「いいムードが台無しですよ」

ゆい「・・・ごめん」

まさみ「・・・いいですよ」

二人して、ふふっ、っと吹き出す。


ある程度下りてきた頃にはもう、霧はすっかり晴れていて、辺りがよく見えるようになっていた。

それでも、空は曇り模様のままだったが・・・。


ゆい「実はさ、逃げた理由、そんなに大したことじゃなくて・・・。まだ帰りたくなかっただけなんだよね」

まさみ「?」

ゆい「ほら、もうちょっと、まーちゃんと一緒にいたくて。だからさ、来てくれた時、嬉しかった」

あまりのいじらしさと可愛らしさに、つい押し倒しそうになってしまったけど、やめておいた。危ないし。


まさみ「それなら、よかったですよ」

ゆい「うん。ありがとう」

まさみ「どういたしまして」


駐車場には、来た時と変わらず、サイドカー付きのバイクが一台停まっていた。

本当なら、今日、最後の目的地まで辿り着く予定だったが、あのバイクを見ていると、少し寄り道したい気分になってくる。

一日、二日、帰るのが遅くなっても、師匠は許してくれるだろう。

私にバイクを教えてくれたのは師匠なのだから。

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