その三
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・・・
・・・
ゆい「・・・」
まさみ「・・・」
ゆい「・・・よっ、名探偵」
他に誰もいない、さらに霞が濃くかかった山頂。
丁度、腰掛けるのに良さそうな岩の上に彼女はいた。
まさみ「似てると思うんですよ、私たち」
ゆい「・・・どうだろう」
彼女はこちらを向いて笑う。
感情の推し量れない、でもどこか寂しそうな笑顔。
その笑顔を見ていると、なぜだか自分の方が泣きそうになってしまった。
まさみ「隣、いいですか?」
ゆい「どうぞ」
それを悟られないようにして、彼女の隣に腰掛ける。
ゆい「似てると思った時もあったんだけどね、私とまーちゃん。他にも、まーちゃんの師匠とか、ヒカリちゃんとか、出会った人たち、みんな」
彼女は腰掛けた岩に両手をついて、空を見上げる。
どんよりと分厚い雲に覆われた空。
それすらも、濃い霧に遮られていて、よく見えない。
ゆい「でも、やっぱり違ったかな」
彼女はこちらを向き、もう一度、同じように笑う。
ゆい「約束、守れなくて・・・、ううん。守らなくて、ごめんね」
力無く言葉を紡ぐ彼女に、その理由を問う気にはなれなかった。
じゃあ、なぜ私はここに来たんだろう。
彼女に何を言って欲しくて、彼女に何を言いたくて、ここに来たんだろう。
彼女が私の元を離れた理由。
知りたい、と思う。その一方で、彼女が言いたくないのなら、言わないでいい、とも思う。
考えれば考えるほど、わからなくなる。
ゆい「私、自分のことはあんまり好きじゃないけど、まーちゃんのことは大好きだから、やっぱり、似てないよ」
まさみ「私は・・・、自分のことは分かりませんが、ゆいさんのこと、好きですよ。だから・・・」
似ている、と思ったのは本当だ。だけど、彼女と会って、わからなくなってしまった。
ゆい「私は、”まーちゃん”が”まーちゃん”だから好きなんだけど、まーちゃんは、”私”が”私”だから好きになってくれたのかな」
まさみ「・・・」
彼女の言っていることの意味をうまく掴めなくて、言葉が返せない。
ゆい「今から言うこと、誰にも言わないでくれる?」
彼女が何かを話そうとする。話したくて話すのか、それとも、私がここに来たから仕方なく話すのか。
後者だったら、嫌だな、と思った。
まさみ「ええ、誰にも言いませんよ」
彼女の気持ちを読み取ろうと努力はするが、やはりわからなかった。
ゆい「・・・昔さ、部活動やってた時、顧問の先生から、”お前みたいなやつは要らない”って言われたことがあったんだけど・・・」
彼女は口調を変えず、柔らかな表情のまま過去を話し始めた。
先ほどまでと何も変わらないはずなのに、なぜか、つらそうに見えてしまった。
ゆい「顧問の先生が言うには、”メンタルを鍛えるため”だったかな。目をつけられて、結構色々言われててさ。当時なんて、まだ全然子供で、先生の言うことは全部正しいもんだと思ってたから、”私って、要らないんだなぁ”って、思ってさ」
それが中学の頃、と彼女は付け加えた。
ゆい「高校から音楽を始めたことは言ったっけ。適当に学校行きながら、一人で、曲作り始めて、”これで生きていくんだな”とか思ったりもして。音楽、好きだったから。でも、まあ言った通り、全然見向きもされなくてさ。別に、”売れたい”とか、”人気者になりたい”とかって思って始めたわけじゃないよ?まあ、多少は売れたい気持ちもあったけど、最初は、本当に、ただ好きだったから始めただけで・・・。でも、曲作って、出して、全然聴かれなくて、ってしてるうちに気づいちゃったんだよね。”この世界にも、私って要らないんだなぁ”って。あ、この世界っていうのは、この世界のことじゃなくて、音楽の世界っていう意味ね。まぁ、この世界っていう意味でも別に間違ってないんだけど」
彼女はいつの間にか私から視線を逸らし、俯いていた。
横から覗く表情は、変わらず柔らかく笑っているのに・・・。
ゆい「たまにさ、最初から、生まれる前から、全部無かったことにならないかなぁ、って思うんだよね。そしたら、悲しむ人はいないからさ。親は、いい人たちだから・・・」
絶対言わないでね、と彼女は念押しした。
まさみ「家族は、居場所ではなかったんですか?」
私にとって、家や師匠は、まぎれもない”居場所”だ。
彼女にとっては、そうではなかったのだろうか。
ゆい「・・・例えばの話だけど、もし生まれてくるのが私じゃなくて”別の誰か”だったら・・・。多分、全然問題ないんだよね、私じゃなくても。むしろ、そっちの方が良かったまであるかもね。さっき、まーちゃんに、”私”が”私”だから好きなのか、って聞いたのはそういう意味。出会った頃、道端で親指を立てていたのが、私じゃない”別の誰か”だったら、まーちゃんは今、どう思ってたんだろうね」
何かを答えたかったが、適当な慰めや、心にもないことを言うのは嫌だった。
それを考えるには、時間が必要で・・・。
ゆい「ごめん、話長くなったね。こんなこと、誰にも話すつもりなかったんだけど・・・、なんでだろうね。中学の頃は”高校に行けば”って思って、高校の頃は”大学に行けば”って思って、大学の頃は”卒業すれば”って思って・・・。結局、本当に変えなきゃいけないのは環境じゃなく、自分なんだって、ずっと前からわかってたはずなんだけどね。それもできなくて・・・、どうしようもないよね」
彼女の話を聞いて、自分はどうだっただろうと考える。
生きるって、難しい。心の底からそう思う。
私には”師匠”がいたから、なんとかやってこられたけど、
彼女は、”師匠”のいなかった私なのではないか、と思った。
暗闇で、道標も、光も、引いてくれる手もないまま、それでも一人で進んできたのだと思うと、胸がキュッと苦しくなる。
ゆい「ごめん、もうちょっとだけ話してもいい?」
彼女が問いかける。
まさみ「ええ、どうぞ」
ゆい「私さ、全然泣かない、っていうか、中学の頃から泣かなくなったんだけど。高校の頃、一回だけ泣いちゃってさ。高校からの帰り道にさ、途中で電車降りて、映画館行くのが趣味で、月イチとかで、たまにやってたんだけど・・・。都会じゃなかったからさ、平日のそのぐらいだと、ほぼ貸切で見れるんだよね。それで、適当にやってる映画を選んで見てたんだけど、たまたま見た海の生き物のドキュメンタリーで、なぜか泣いちゃって・・・。その映画、感動させようとしてくるところは、あるにはあったんだけど、ラッコの親子のお別れのシーンとか。そこら辺は全然、感動するとかはなかったんだけど、最後のシーン、食物連鎖の様子がダイジェストで流れるところがあって・・・。クジラが大きく口を開けて、その中で魚が跳ねてたり、小さな魚が、捕食しようとしてくる天敵を、群れを作って追い払ってたり、砂浜に逃げようとしたアザラシが、あと一歩のところでシャチに食べられたり・・・。気づいたら泣いててさ・・・。どうしてかはわかんないけど、それを見てたら、どうして私は、そうじゃなかったんだろうって。どうして、そっち側じゃなかったんだろうって、思って。よく皆が言う、贅沢な悩み、とか、そんなんじゃなくてさ。本当に、心の底から、そう思ったんだよ。どうして、なんで生きてるんだろうとか考える頭で、なんで生きてるんだろうとか考えてしまう場所で、生まれてしまったんだろうって。どうして、ただ生きるっていうことが、私にはできないんだろうって・・・」
彼女は再びこちらに、悲しげな微笑みを向ける。
ゆい「約束破っておいてなんなんだけどさ、できれば、私のこと、忘れて欲しいんだ」
彼女は、言い終わった後、ごめんねと謝った。
何に謝ったのかはわからない。
ただ、彼女が謝ったことが、すごく悲しくて、寂しくて、また泣きそうになってしまった。
まさみ「・・・ゆいさんみたいに、なんでもできる人でもそういうふうに思うことあるんですね」
ゆい「このぐらい、どこにでもいるよ。特別な才能もないしね」
まさみ「私は、不器用でしたから、何をするにも人よりマイナスからのスタートでしたので・・・」
彼女の過去に触れ、少しだけ自身の過去を思い返す。