その二
・・・・・・
・・・
・・・
・・・アラームが鳴っている。
手探りで枕の辺りを探し、触れたスマートフォンのホームボタンを押す。
アラームが止まる。たまにスヌーズとかいう機能に切り替わって数分後にうるさくなるやつ、あれはなんなんだろう。
窓の外に目を向けると、まだ日は出ていないが、すでに明るくなりつつあるのがわかる。
いつもと同じだ。
眠い目をこすりながら、体を起こす。
・・・。
部屋の端に、一組の布団が綺麗に折り畳まれているのが目に入る。
辺りを見回す。
アコースティックギターに、そのケース、あとは私の荷物。
他に何もない。
アコースティックギターとケースがなければ、全部夢だったのではないかと思うほど綺麗に、”彼女”の存在がなくなっている。
・・・意外と、焦りはない。
なんとなく、こうなる予感がしていたからかもしれない。
寝起きで回らない頭をそのままに、布団から這い出る。
まずは、一階の洗面所に行こう。
朝の用意をしているうちに、目も覚めるだろう。
・・・・・・
・・・
・・・
二階の女性部屋に戻る。
先ほどと変わらない、なにかぽっかりと穴が空いたような感じの部屋。
自身が眠っていた布団を畳み、部屋の端の綺麗に畳まれた布団の横に置く。
旅の終わりを前にして、自身の荷物を一度整理する。
ゴミや不要なものは、ここで捨ててもらえるらしい。
荷物を必要なものと、そうでないものに分別する。
一通り整理し終わったところで、シーケンサーを手に取る。
このシーケンサーとアコースティックギターだけが、彼女の存在をこの世のものたらしめているように思える。
多少は慣れた手つきで、自身のソングデータを開く。
ほとんど完成している。あとは、編曲に少し手を加えるだけ。
2パターン考えてあって、どちらにするかで迷っている。
メロディとコードはすでに決まっている。
少し聴いてみる。
・・・電子音で、良し悪しはよくわからない。
彼女の言うように、パソコンに移して、録音なり、仕上げなりをすれば、それなりに聴けるものにはなるのだろうか。
正直、自信はないが、誰かに聴いてもらいたいと思った。できれば、彼女に。
彼女もこんな気持ちで音楽を作っていたのだろうか。
言葉で聞いたことは、言葉以上のものを教えてはくれないが、
このシーケンサーに入っている彼女のデモ曲を聴いていると、多分そうなんだろうなと、なんとなく思う。
・・・決めた。編曲は、こっちの素直な方でいこう。
ちょっと初心者感は強めだが、背伸びをしても仕方がない。
踵の高い靴は似合わないのだ。
手間取りながら打ち込んで、シーケンサーを荷物の中に突っ込む。
出発の準備はできた。
宿を出よう。
・・・・・・
・・・
・・・
あまり急がず、自分のペースで歩く。
朝ごはんも済ませて、日もすでに昇っている。
曇っていて、よくは見えない。
夏も終わりに近づき、曇り、しかも霧も出ているので、暑くはない。
標高がそれなりにあるのも関係しているのかもしれない。
それにしても、まるで火星を歩いているかのようだ、と思う。
少し赤みを帯びた土や岩が、見渡す限りの地表を占めている。
昔見た、映画の景色にそっくりだ。
そういえば、昔は宇宙飛行士になりたかったんだっけ。
その前は考古学者で、そのさらに前は、なんだったかな。
うろ覚えだ・・・。
残念ながら、私がまだ高校生だった頃、文理選択の際に文系を選んでしまったことで、宇宙飛行士の夢は儚く潰えてしまった。
確か、数1Aが全然わからなくて、数学の担当も受け持っていた担任の先生に押し切られる形で、文系を選んだんだっけ。
物理基礎と化学基礎は割とできていて、好きだったばっかりに、多少、残念だ。
数学って、なんであんなに難しいんだろう。中学の頃もあまりできていなかった気がする。
いろんな問題に出会うことが大事、と聞いて勉強時間の多くを数学に割いたはずが、数字と形が変わった途端にわからなくなる。
別の単元の問題を組み合わされたりなんかした日には、0が一つ少ないんじゃないですか?と問いたくなるような点数の答案が返ってくる。それは言い過ぎか。
かろうじて二桁はあったと思う、かろうじて・・・。
理系を選んでいれば、宇宙飛行士とは言わないまでも、大学に進学して、地学基礎、地学を専攻し、関係する仕事には就けたかもしれない。
結局、大学には行かなかった。
師匠は、”行ってもいい”と言ってくれていたが、学びたい学問は全て理系の方にあって、
一応好きだった歴史や哲学に関する興味は、趣味の範囲を超えないものだった。
それなら、早くうちの店を手伝うほうがいい、と思ったのだ。
まあ、いまさらどうということでもない。
今の生活には満足している。
別に、あの先生を恨んでいるとかでもない。
高圧的な人で、苦手ではあったが。
図鑑や本を読むだけでも楽しい。
コラムなどにぼんやりと書かれているずっと専門的な話を、私が理解できる日は多分来ないんだろうな、と思うと少し悲しくなったりもするが、全てを知ろうとするには、私の存在はあまりにも小さい。
この道の先に、彼女はいるだろうか。
いてほしい、と思う。
いなかったら、私はどうするだろう。
一人で最後まで走り切るのか、それとも、ここで終わりにして帰るのか。
道の先が霧で見えずらい。
いつかの山登りの時と同じだ。いや、あれは下りだったか。
あの時、彼女がどこかに消えてしまうような気がして、”約束”したんだっけ。
彼女が、約束を破ろうとしていることに、何か思うところがあるというわけではない。
彼女には、彼女の好きなようにしてほしいと思う。
もし、あの約束が彼女の足枷になってしまうのだとしたら、そんなものは忘れてもらって構わないとも思っている。
元々、一人で始めた旅なのだ。
ただ・・・。
一人で始めた旅のはずなのに、一人で終わらせることを迷ってしまうのはなぜだろう。
もう一度会って、この気持ちが何なのかを確かめたい。
全てを知ることはできなくても、自分のこと、そして、自分が選ぼうとしていることぐらいは、知りたい。