その四
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
雲の上にいる。だけど、日差しはそんなに強くなくて、温かな光に包まれている感じがして、心地がいい。
乗り物に乗っている。運転はしていない。誰かの背に抱きついている・・・。
師匠ではない。似ているけど、少し違う。お母さん・・・ではないけれど、そんな感じが一番近い、懐かしい感じがする。
それは、ずっと昔に見た、今の今まで忘れていた懐かしい光景。
夢のような気がするが夢ではない。実際にあった記憶。それを今、夢で見ている。
?「さあ、ここからは、あなた一人でお行きなさい」
前に座っていた人物は、大きな虹でできた道にバイクを停めて、そこに降り立つ。
まさみ「・・・私だけですか?どうして?」
?「”どうして”とは難しい質問ですね・・・。人は、勝手に生まれ、気づいたらそこにいる。そういう存在なのですよ」
まさみ「私は、”ヒト”ですか?」
?「うーん、厳密には違いますが、まあ、ほとんど同じようなものです」
まさみ「・・・人は、他の誰かの”意思”で生まれるとおもうのですが、私は、誰の意思で生まれるのですか?」
?「うーん、強いて言えば”わたし”ですかね。この世界には、あなたを待っている人々がいるのですよ。ちょっぴり変わり者で、ちょっぴりおバカで、周りと同じように歩いていくのがちょっぴり下手な、愛すべき人々ですよ」
なかなかに難儀な人々だな、と他人事のように思う。
?「あなたは、誕生してからまだ日が浅いですから、人間の年齢で言うと、10歳かそこらぐらいになるのでしょうか。周りの力を借りながら、強く、たくましく生きるのですよ!先輩命令です!」
この人は私の先輩だったのか。いや、私が人と似て非なるものだというのだから、人ではないのか・・・?なんの先輩だろう。
わからないが、私の先輩だと名乗ったその人は、両腕を前に持ち上げ”頑張れ”というポーズで私を応援している。
まさみ「私は、どうしたらいいですか?」
?「・・・どうもこうもありません。生まれた時点で、あなたの人生はあなたのものです。わたしや、他の誰にどう言われようと、あなたが思うように生きれば良いのですよ。時として、助言を聞き入れることも大切です。要はバランスです」
バランス・・・、なぜかはわからないが、なんとなく苦手な気がする。
まさみ「・・・頑張ります」
?「ええ、他に質問はありませんか?」
聞きたいことは山ほどあるが、うずうずしている先輩をみて、何も言わず頷くことにした。
?「はい!では、最後に、これを」
そういうと先輩は頭につけていた、黄金の髪飾りを外し、私の頭にそっと付け替える。
車輪が2つ付けられた乗り物のような形をしている。とても馴染み深い、そんな気がする。
まさみ「これは?」
?「お守りです。幾多の苦難からあなたを守り、世界に光をもたらすでしょう」
仰々しく、先輩が両手を広げる。
まさみ「ありがとうございます」
素直に受け取っておく。
先輩は一度、雲の下に見える世界に目を向けてから、ぎゅっ、と私を抱きしめる。温かくて、懐かしくて、すこし寂しい。
?「では、また。いつでも、あなたを見守っていますよ」
乗ってきた乗り物に跨って、先輩は空に帰っていく。
離れていく先輩に手を振る。
先輩は、止まって、手を振りかえす。
ここからどうしよう。
この虹を下っていこうか。
虹の先はずっと遠くの方で、雲に遮られていて見えない。
困っていると、早速、頭につけた髪飾りが淡い輝きをとき放つ。
その光は、2つの車輪が付けられた乗り物へと形を変え、私を乗せて走り出す。
雲を抜けたところで、その乗り物は再び髪飾りに姿を戻し、私の頭に戻ってくる。
虹の道が薄くなっていて、私の体がそれをすり抜ける。
すごいスピードで落ちている。このままじゃ、生まれて早々、還ることになりそう。
そんなふうに考えていると、地表付近、海や地面、建物の形がわかるくらいの高さになったところで、落ちるスピードが徐々にゆっくりになり始めた。
このままいくと、あの白い建物付近に降りることになりそうだ。
海の近くの、白い建物。素敵な場所だなぁと思った。
建物の前で、誰かが伸びをしている。
こっちに気づいて、驚いている。
先輩にちょっと似ている、懐かしい感じの人。
風船のような速度で彼女の元へ落ちていく。
師匠「親方!空から女の子が!・・・って、今日は私しか居ないんだった。あわわ・・・」
彼女はおろおろと、慌てふためきながらも、腕の中にしっかりと私を抱き留める。
温かくて、懐かしい胸の中で、私はゆっくりと眠りに落ちた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ガラガラ…
ゆい「お邪魔しま〜す」
囁くような声でことわりを入れてから、白い壁で囲まれた病室に足を踏み入れる。
個室ではないが、カーテンが閉まっているベッドは一つだけで、他に人はいない。
ゆい「ここ、かな・・・?」
向かって右奥、窓際のベッドのカーテンを少しだけ開けて、中を覗く。
窓から入る月の明かりに照らされて、彼女はいた。
腕に点滴の針を刺しながら、すぅすぅ、と小さな寝息を立てて、穏やかな顔で眠っている。
ベッドの脇に、お見舞いに来た人が座るような丸椅子が置かれていた。
そこに腰掛ける。
・・・軽い熱中症。お医者さんはそう診断した。
点滴を打って、一晩休めば、その日のうちに退院できる程度のものらしい。
家であれば、水分を補給して、クーラーをつけて休めば大丈夫な程度の症状だったが、クーラーはもちろん、体を冷やす氷もないような状態であったことを考えると、彼女を夜間外来に連れてきたのは正解だったらしい。
満身創痍でなんとか彼女を病院に運び込み、普段なら、”ご自愛ください”で終わる診断をされた時は少し恥ずかしかったが、すぐに考えを改めた。
確かに、用心するに越したことはない。
彼女のおでこに手を触れてみる。
熱はすでに引いている。
ふぅ・・・。
やっと一息ついた、という感じだ。
・・・それにしても今日は疲れた。
海で遊んで、釣りして、バーベキューして・・・。疲れて寝るかって時に、初めて人を乗せてバイクを無免許運転して、空飛んで・・・。これ本当にあったのことなのか・・・、夢じゃないよね?
彼女は私の苦労などお構いなし、といったふうにすやすやと眠っている。
仕返しに、人差し指で頬を突っついてやる。
ツンツン・・・。
ゆい「焼けたなぁ・・・」
突っついた指が、少し褐色を帯びていることに気づく。
ゆい「日焼け止め、しっかり塗ったんだけどなぁ・・・」
それでも焼けるほどの日光を浴びたのだから、熱中症になっても仕方がないか、と思い、彼女の方を見る。
患者衣から覗く腕や顔は、驚くほどに白く、透き通って見える。
なんでやねん・・・と、心の中で軽くツッコミを入れる。
病院のベッドに寝かされる真っ白な雪のような肌をした彼女を見ていると、”白雪姫みたいだな”と、あまりおとぎ話に詳しいわけでもないが、なんとなくそう思う。
ゆい「チューでもしたら、明日、元気に起きてくれるのかよ・・・」
・・・そっと腰を浮かし、彼女の頬に口付けする。
まさみ「ん・・・」
彼女は少しだけ身じろぎして、また、すぅすぅ、という寝息を立てる。
起こしちゃ、まずいか。
どうしよう、荷物、キャンプ場に置きっぱなしだ。
取りに戻らないと・・・。
歩いてはいけないし、バスってこの時間にあるのかな・・・。
あー、体も頭も動かない・・・。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
・・・白い。
目が覚めると、白い天井に白い壁、白いカーテン、白い服、四方を白に囲まれていた。
お腹の辺りがちょっと重い。
視線を向けると、”ゆい”が私のお腹の辺りに伏せるようにして眠っていた。
知らない場所に、知った姿があって、少し安心する。
どこだろう、ここ・・・。病院?
マップで調べようにもスマホがない。
窓からの景色を見るに、山の麓・・・のような。
そもそも、キャンプ場で倒れてからの記憶がない。
死んではないみたいだから、生きてはいるようだけど・・・。
色々、総合して考えると、キャンプ場で倒れた私を、彼女が麓の病院まで運び込んでくれた、ということだろうか?
・・・どうやって?
一体、何Km程あるんだろうか。
スマホは充電が切れていたから、助けは呼べないだろうし・・・。
充電できたのだろうか・・・?
それとも、私を担いで山を下っている途中で、車に拾ってもらったりした、とか。
私のお腹の辺りで伏せるようにして眠っていた彼女が体勢を変え、顔がこちらに向く。
安心した顔で眠っている。
よく眠れないようであった彼女が、疲れて熟睡するぐらいには、頑張ってくれたのだろう。
彼女の頭をそっと撫でる。
同じような生活をしているにも関わらず、彼女の髪はさらさらとしていて手触りがいい。
ヘルメットの影響で、常に外に向かって跳ねている私の髪にも見習ってほしい。
もう少し触れていたいが、起こすのも悪い、そっと手を離す。
外はまだ暗い。
ここからでは見えないが、西の空に、まだ丸い月が輝いていることだろう。
もういっかい、眠ろうか。
今はまだ、動くこともできそうにない。
おなかの上で眠る愛おしい寝顔を眺めながら、ゆっくり目を閉じる。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ゆい「いや、本当だって!信じてないでしょ。本当に空飛んだんだって!」
まさみ「大丈夫ですよ、信じていますから」
ゆい「ほんと?」
まさみ「ええ、本当です。師匠も言っていましたから、”まさみ!バイクは空を飛ぶぞ!”って」
ゆい「まーちゃんの師匠が言ってたら余計怪しくなるじゃん!」
サイドカーで騒ぐ彼女を横目に、なんとなく上機嫌でバイクを走らせる。
ゆい「マジなんだって!本気と書いてマジ!なんかこう、やさし〜い感じの光に包まれて、こうふわ〜っ、と。ほら!こんなグネグネ曲がった道、無免許の私が走れると思う?」
眼前には、曲がりくねった、ガコガコとギアを変えなければ走れなさそうな道が続いている。
まさみ「でも、途中までは頑張ってくれたんですよね?」
ゆい「むぐっ・・・、そう言われると、なんか恥ずかしいじゃん」
あれから二日、置いてきた荷物を取りに、今は裏道のキャンプ場に向かっている。
オーナーが、荷物を保管してくれているというので、一日だけ休みを取り、体調を万全に整えて、向かうことにしたのだ。
ゆい「そういえばさぁ、なんでモバイルバッテリー持ってないの!?スマホ持ってきてるなら必須じゃん、あんなの!」
彼女はまだ、ぷりぷりと怒っている。
路肩にバイクを停め、エコバッグから充電ケーブルを取り出す。
まさみ「ここに充電口がありますから」
そう言って、バイクについた差し込み口を開き、充電ケーブルを繋ぎ、スマホホルダーにスマホをセットする。
彼女は唖然とした後、がっくりと項垂れる。
ゆい「ボタンでエンジン動くやつ、ついてなかったじゃん・・・」
まさみ「カスタムしたもので、そこまで大きなバッテリーではありませんから。ウインカーとかライトとか、そういうの専用ですよ。ほら、エンジンをかけていなくても、鍵回した後にスイッチを押せば、ライトとか点きませんでした?」
ゆい「・・・」
彼女はもう何も言わなかった。
まさみ「まあまあ、これからは、充電切らさないように気をつけますから。あとコンビニかどこかで、モバイルバッテリーも買っておきます」
ゆい「・・・クーラーボックスと氷も」
まさみ「はい、善処します」
荷物を回収したら、とりあえず今言われたものを買いに行こう。
あと、何か冷たいものも。
クーラーボックスを買うなら、そういうのも持ち運べて便利かもしれない。
今日も暑い。
適度に進んで、たまに休んで。
そうしながら少しずつ進んでいこう。
この暑さも、もう少しだけ続きそうだ。