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No Future For You【バイク・ロードムービー】  作者: NS-1
第五章:白い月の真ん中の黒い影
18/27

その二



・・・・・・

・・・

・・・



ゆい「どう?なんか来た?」

まさみ「んー、全然ですね」

軽く上下させた竿は、青い空と流れる雲を指している。


ゆい「あ、また来た」

彼女の竿が、青い海と押しては返す波の合間を指すようにしなる。


ゆい「いぇーい、また一匹」

彼女はぴちぴち、と騒ぐ魚を器用に針から外す。

銀色の鱗が陽光を反射し、キラキラと輝いている。


まさみ「すみません。やっぱりそっちの竿、返してもらってもいいですか?」

ゆい「竿じゃ変わんないって〜」

糸を巻いて、彼女と自分の竿を再び取り替える。

彼女のバケツにはすでに魚が何匹か泳いでいる。私のバケツには海藻と革靴と、あと変な何か。

このままじゃ、今日のお昼ご飯は、海藻のスープと皮靴のステーキになってしまう。


ゆい「心配しなくても、私の魚分けてあげるって」

まさみ「馴れ合いは御免です。お互い、漁業権はそれぞれで買ったのですから、手出し無用ですよ」

ゆい「変なプライド。そんなこと言ってると、お昼抜きになっちゃうよ?あ、また来た、ラッキー!もう元とったかもね」

彼女は竿のリールをテンポよく巻いていく。


まさみ「私だって!」


・・・・・・

・・・

・・・


ゆい「・・・」

まさみ「・・・」

穏やかな波の音。

ゆったりとした時間が流れている。


ゆい「やっぱり、潮風はぺたぺたするねー」

彼女は服をパタパタしながら、そう呟く。

すでに竿はあげている。

“食べる分だけ”、そう言ってレンタルした釣り用具を片付けてしまった。


ゆい「ねぇ、まーちゃん。もう潮の動きが止まっちゃったから、あんまり釣れないと思うよ?」

まさみ「ムムム・・・」

水に垂らした糸はぴくりとも動かない。


バケツの中には海藻と革靴と空き缶と、あと変な何か。

彼女のバケツでは、数匹の魚がお互いを避けながら器用に泳いでいる。


まさみ「なんでそんなに上手いんですか・・・」

ゆい「小さい頃にちょっとね。地元では”太公望”の生まれ変わりとして知られたもんだよ」

まさみ「なんですかそれ・・・。太公望って、釣りじゃなくて賢さで評価されたんじゃないんですか」

ゆい「はっ!もしかしたら、そうかもしれない。釣り好きでしかも、切れモノでもあった私を皆、敬って・・・」

まさみ「はいはい」

彼女の軽口に適当に返事をしながら、竿をゆする。


ゆい「まーちゃんは、釣りとかあんまりしなかった?私は小さい頃、よくおじいちゃんに連れて行ってもらってたんだけど」

彼女は私の後ろに周り、竿に手を添える。


まさみ「さぁ、どうでしょう。師匠と数回、釣り堀に行ったぐらいでしょうか。師匠に拾ってもらう以前の、小さい頃の記憶はありませんので」

ゆい「え、マジ!?って、あ、来た!」

彼女の手が竿をグッと持ち上げ、つられて私の手が持ち上がる。


ゆい「ほら、まーちゃん!巻いて巻いて!」

まさみ「は、はい!」

一心不乱にリールを巻いていく。かなり重い。


ゆい「あんまり強引に行くと、切れちゃうかもだから、慎重に」

竿の角度やしなり具合を調整しながら、慎重にリールを巻いていく。

しばらくすると、銀色の魚影が水面に浮かんでくる。


ゆい「そのまま、そのまま・・・」

すこしずつ近づきつつある魚影に彼女が網をのばす。


ゆい「よい・・・しょっと!」

彼女は重そうに網を持ち上げる。なかなかの大物だ。

打ち上げられた魚は鱗に光を反射しながら、網の上でピチピチと跳ねている。

足元に竿を置き、その動きを片腕で押さえながら、もう片方の腕で口から針を外す。

すごい力が腕の中で暴れていて、うまく外せない。


ゆい「やろうか?」

まさみ「いえ、自分で・・・」

しばらくの格闘の末、なんとか針を外し、海水を組んだバケツに押し込む。


まさみ「は〜、疲れました」

ゆい「お疲れさん」

バケツの中を覗く。

大きい・・・、不思議な達成感が心の中に湧き上がる。


ゆい「よかったね。これで皮靴ステーキとわかめご飯と変なアレに、一品、まともなおかずがつけられるじゃん」

まさみ「靴は食べませんよ」

上機嫌に笑って答える。


ゆい「変なやつ食べるの!?」

まさみ「冗談ですよ」

ゆい「まーちゃんの冗談は、冗談に聞こえないよ」


レンタルした釣具を返した後、釣った魚は2枚におろし、片側を焼いて、反対側はお刺身にして、ワカメっぽい海藻ご飯と共にいただいた。

採れたての新鮮なお魚はとてもおいしかった。

革靴と空き缶と変なアレは指定のゴミ箱に捨てた。


彼女は、1匹を近付いてきた猫にあげた後、残りを調理して、自分の紙皿に載せ、大きめとはいえ一匹しか釣れなかった私のお皿にも、少し分けてくれた。

彼女の料理は、私と似たような感じで調理をしたにも関わらず、何かおしゃれな味がして美味しかった。

調味料に秘密があったのかもしれない。例えば、この、朝の情報番組の箸休めとして設けられた料理コーナーで、爽やかなお兄さんがよく使っていたオリーブオイルとかいうやつ。サラダ油とは何が違うんだろう。

他にも、荷物からよくわからない瓶を取り出して、振りかけていた。もしかすると、”魔法”かもしれない。



・・・・・・

・・・

・・・



ゆい「ねぇ、そういえば聞きそびれたんだけど、小さい頃の記憶がないって、あれどういうこと?」

食後の休憩中、砂浜に戻り、ぼーっと海を眺めていると、隣に座った彼女が思い出したように質問をしてくる。


まさみ「え?あぁ、あれですか。大したことはないですよ。私は・・・、おそらく10歳か、そこらで師匠に拾ってもらったのですが、それ以前の記憶が全くないのですよ。気づいたら師匠の家のベッドで寝ていて・・・」

ゆい「大したこと大アリじゃん!元の家族とか、戸籍とか・・・考えるだけで問題、山積みだけど!?」

まさみ「その辺は、バイク協会の会長がなんとかしてくれました。私としても、師匠と暮らすのは嫌ではなかったので。そんな感じで、まあ適当に、今までやってきました」

彼女は絶句している。確かに、言葉にすると中々なことではあるが、当の本人としては、それほど騒ぐようなことでもなかったのだ。本当に、気づいたらそこにいて、成り行きでここまで来た。ただそれだけなのだ。


ゆい「えぇ・・・会長さんすごすぎない?いや、あの会長なら・・・。いや、そもそも、まーちゃんも、まーちゃんの師匠も・・・」

彼女はブツブツと何か呟いている。


ゆい「自分が誰なのか知りたい、とかは思わないの・・・?」

彼女は、少しだけ言いづらそうに質問する。

別に何を聞かれても、いわゆる”地雷”などはないのだが。


まさみ「んー、どうでしょう。まぁ、わかるなら教えて欲しい、とは思いますが。一応、時々、行方不明者の情報提供を呼びかけるサイトなどに、自分の情報が載っていないかを調べたりもするのですが、そんな気配は微塵もありませんしね」

師匠は何かを知っているようではあるが、話さないということは、まあ知らなくてもいいことなのだろう。


ゆい「そうなんだ・・・」

彼女は、なにか、ああでもない、こうでもないと、考えてはやめて、また考え直しているようであった。


まさみ「どうかしましたか?」

ゆい「うん、あのね。知り合って、しばらく寝食を共にした友人の破天荒すぎる過去に驚いてる」

まさみ「まあ、この広い海に比べたら、そんなのは些細なことですよ」

そう言って水平線を眺め、今度は砂浜に背中を預ける。

しまった、寝そべってから”この広い空”にした方が、よりキマったかもしれない。


ゆい「ええ・・・。でも、自分にとっては限りなく大きいことじゃん」

まさみ「ふむ、”小宇宙”というやつですか。ゆいさんも、なかなかロマンチストですね。・・・ですが、やはり、自分にとって、過去のことは、それほど大きなことではないように思えてしまうんですよ」

ゆい「どうして?」

彼女は座ったまま、こちらを見下ろすように顔を向ける。

どうして・・・か、・・・どうしてだろう。

今の生活に満足しているから?

自分自身にあまり興味がないから?

色々考えてはみるが、なかなかしっくりした答えが浮かばない。


まさみ「む、難しい質問ですね・・・」

ゆい「思ったままでいいよ、教えて?」

彼女が顔を近づけてくる。


まさみ「え、え?今日はやけにグイグイきますね?」

ゆい「ほら」

彼女の顔がさらに近づいてくる。


まさみ「え、ええ!?・・・ま、前を向いていないと危ないから!でしょうか。ほ、ほら運転中とか・・・」

ゆい「・・・」

彼女は動かない。

まさみ「あ、あと、景色も見れないじゃないですか!後ろばかり見ていると!」

彼女の顔がそっと離れ、定位置に戻る。どうやら、私の答えはお気に召さなかったらしい。


ぱさっと、彼女も地面に倒れ込む。

ゆい「そっか、そうだよね。前見てないと、大変だもんね」

なにかわからないが、彼女はひとりでに納得したらしい。

彼女は海の家で購入した麦わら帽子を深くかぶり直し、顔が見えなくなる。



うーん、と頭をひねる。

どう答えるのが良かったのだろう?

とりあえず、一旦保留にして、また答えが出たら彼女に伝えよう。

それにしても、顔と頭が熱い。慣れないことを考えたのと、夏の暑さのせいでやられてしまったようだ。

冷たいものでも食べたいなぁ・・・。夏に考えることって、それぐらいだ。

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