幕間:とある日の師匠
〜3つ目の部品を集め終わってしばらく、宿のライダーズハウス庭にて、バイクの洗車、点検中〜
ゆい「それにしても、まーちゃん。すごいね、色々。分解して整備まで・・・。自転車修理のバイトやってたから、ちょっとは手伝えるかなぁと思ってたけど、全然わからなかったよ」
キックペダルとシャフトのあたりを軽く分解し、整備、清掃しているところを彼女が覗きながら、声をかける。
問題があるというほどではなかったものの、若干、あるいは気のせい程度、空回り気味だったため、一応噛み合わせを確認することにしたのだ。
まさみ「確かに自転車と似てる部分もありますが、一応、電動ではありますし、部品数も全然違いますからね。ウチではバイクも含めて、色々な機械の修理もやっていますから」
ゆい「ウチっていうと、お師匠さんと一緒に住んでるっていう?」
まさみ「はい、そうですよ。住んでるところは、また別ですけどね」
ゆい「そうなんだ。・・・あれ?でも、お師匠さんって、機械音痴なんじゃなかったっけ?」
彼女は思い出したように首をひねる。
まさみ「最新のものとか、あと、使う方に関しては、そうですね。古いものとか、直したりする方は、むしろ専門です」
ゆい「そうなんだ。まーちゃんも手伝ったりしてたの?」
まさみ「ええ。私は資格を持っていないので、できる範囲で、ですけどね」
ゆい「へー。まーちゃん家は修理屋さんだったんだね」
まさみ「いえ、違いますよ?ああ、いえ、違くもないのですが・・・」
ゆい「?」
ウチでは修理以外にも色々やっていて、自分自身、配達のアルバイトもやっていたりするため、説明が少々ややこしい。
まさみ「んー、ウチでは、たこやき焼いたり、たいやき焼いたり・・・、修理したり、配達したり・・・、部品売ったり、昼寝したり・・・」
ゆい「なんでも屋じゃん!?・・・あと、昼寝は関係ないよね。いや、それだけやってて昼寝の時間があるのはすごいけども」
まさみ「そうですね、なんでも屋は結構近いかもですね。実際、商売の一つの出張修理はもう名ばかりで、行事の手伝いしたり、子供の面倒見たり、昼寝したり・・・、ほぼなんでも屋になってますから」
ゆい「へー、すごいね。でも、昼寝は関係ないよね」
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“まさみ”が旅に出て以降のとある一日。
師匠の朝は早い。
朝、といってもまだ外には暗さが残るぐらいの早朝、新聞配達から帰ってくる”まさみ”のバイクの音で目を覚ます・・・のが常であったのだが、”まさみ”が旅に出て以降、朝の配達は私が代わりに行なっている。そのため、目を覚ますのはいつもよりさらに早く、夜の帷が降りたままの時間帯に、もうベッドを抜け出している。
配達を休む、無理ならやめてしまっても家計に差し障りはないが、まさみはこの仕事を気に入っているようであったし、バイクに乗るリハビリにもなるので、代わりに私が行うことにした。
もともとは私がやっていた仕事だ。業務に支障はなく、気分も新鮮で、なかなか悪くない。
朝の配達を終えた後は、二度寝しても良いのだが、毎日たっぷり7時間半の睡眠をとっているため、その必要はない。
うむ、体の調子は悪くない。すでに、あの決戦以前の体にほとんど戻っている。
自己流のヨガと黙想で、体と脳をほぐす。
ゆりかごから墓場までのポーズ、Do It Yourselfのポーズ、かめはめ波のポーズ・・・。流石に出ないか。もう、かれこれ20年は続けているものの、”かめはめ波”は一度も出たことがない。
気は確かに感じるのだが・・・、少し足りないのかもしれない。まさみが帰ってきたら、師弟かめはめ波に挑戦してみよう。
次は黙想。
瞑想ではなく、黙想であるのがポイントだ。ヨガからの瞑想ではなく、黙想。この外し方こそ、敷かれたレールを歩かない私の人生そのものである。
気を落ち着かせたところで、ジャムかバター(ピーナッツバター)を塗ったトーストと、紅茶あるいはコーヒーで朝ごはんを済ませ、仕事の準備をする。
髪を纏めて、エプロンをつけて・・・、近くの仕事場まで歩いて行く。
日中は”たこやき”と”たいやき”だ。
“生地”を作りつつ、お客さんが来るのを待つ。
焼き始めるのは、お客さんが来てからだ。
この辺りはまあまあの田舎で、作り置きは冷めたり、無駄になってしまう可能性が高い。
それに、都会の情報化社会とやらで、色々なものが加速しているおかげで、相対性理論が発動し、こっちの方では時間がゆっくり流れているらしい。
お客さんを待たせる時間も、相対的に短くて済むということなのだ。
テレビで舌を出した偉い人が言っていたから、間違いない。
客(子供)「ししょう〜!わたし、たこ焼き!」
師匠「よしきた!」
お金を受け取り、たこやきの素をプレートに流し込み、しばらく待つ。
待っている間は、大きめの鼻歌を歌ってやる。当店ご自慢のジュークボックスだ!
客(子供)「あ、ちょっと静かにして!」
そう言って、小学生くらいのその小さなお客さんは、店横に設置されたレトロなジュークボックスに硬貨を投入する。
近くのゲームセンターの店長から、壊れて放置されていたのを譲ってもらい、直してまた使えるようにしたやつだ。
設定価格を下げたので、利益にはならない。が、雰囲気はある。著作権料とトントンぐらいだ。
師匠「私なら、無料だぞ?」
客(子供)「下手だからいい。それに、たった10円だし」
・・・この演歌仕込みの”こぶし”がわからんとは、最近の子供はピッチ補正に慣れてしまっていけないな。
ジュークボックスから、これまたレトロなジャズが流れてくる。・・・なかなか渋い。
師匠「夏休みか?」
客(子供)「うん、ししょうは?」
師匠「年中無休だ!」
客(子供)「水曜日と日曜日は開いてないよね?」
師匠「・・・宿題は、やっているか?」
客(子供)「うん、7月中には終わると思う」
師匠「なに!?もっと遊ばんか!宿題は9月の初めにやりなさい」
客(子供)「お母さんが、ししょうの言うことは真面目に聞いちゃいけないって言ってた」
師匠「うむ、その通りだ。ほれ、できたぞ。利口なやつには一つおまけだ」
8個入りのパックに、9個詰め込まれ、すこし窮屈そうにしている"たこやき”を、割り箸と共に袋に入れて渡す。
客(子供)「ありがとう」
師匠「ああ、毎度ありだ。子供達だけで、川に入ったりするんじゃないぞ」
客(子供)「わかった!」
去っていく子供の背中を見送る。麦わら帽子を被った後ろ姿が向日葵のようで、夏を感じる。音が止まったジュークボックスに硬貨を流し込み、今度はカントリーを流す。
日中の仕事は、まあこんな感じだ。
夜、適当に暗くなってきたあたりで、店を仕舞い、今度はガレージ兼作業場に向かう。
これは残業みたいなもので、持ち込みの修理がない日はそのまま帰ることも多い。
ラジオからオーディオ、自転車、バイクまで、機械類の修理を幅広く請け負っているが、専門的すぎるものや、最新のもの等には手を出せないものもある。あくまで、”町の電気屋”+α程度だ。
今日は一応スピーカーの修理を行うが、はんだ付け不良程度で、何ということはない。
それなりに高価なスピーカーなので、すこしグレードの高い”はんだ”を使う。
オーディオマニアは、スピーカーはもちろん、果てはマイ電柱に至るまで、細部にこだわる厄介な生き物なのだ。はんだ一つとっても妥協はできない。
スピーカーから正常に音が流れるのを確認し、工具を片付ける。
持ち込みの修理の方はこんな感じで、出張修理という名のなんでも屋があるときは、日中、”まさみ”に店番を任せて店を出る。
これが大体の一日の仕事だ。
あとは風呂に入って、ご飯を食べて、自由時間を経て、寝る。特筆すべきことはない。
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ゆい「へー、そんな感じなんだ。なんかいいなー、スローライフって感じで」
まさみ「こぢんまりとした生活ですが、気に入っています」
ゆい「いいなー」
バイクについた泡を、水道から伸びたホースから出る水で洗い流す。
跳ねた水が小さく虹を描き出す。自分にもかかってしまった。
ゆい「ま、まーちゃん、透けてるよ!写真撮っていい?」
まさみ「ダメです」
ゆい「一枚だけ!」
まさみ「ダメです」
ゆい「ぬぬぬ、じゃあ、心のファインダーに収めておくだけにするよ」
まさみ「そうしてください」
綺麗に磨かれたバイクと、車体についた水滴が、太陽の光を反射してキラキラと輝いている。
そろそろ日が落ちる。着替えて、近くの銭湯に行こう。
大きいお風呂は、気持ちいい感じがして気持ちがいい。
今から楽しみだ。
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師匠の夜は早い。
朝の配達があるからであって、決して歳のせいとかではない。まだまだ全然若いのだ。
プルルルル
そろそろ寝ようかと思っていたところに電話がかかってくる。
らくらくスマートフォンの大きな通話ボタンをタップし、電話に出る。
師匠「もしもし、私ですが」
國見「もしもし、こちら”マッキー”である」
師匠「マッキーか!久しぶりだな」
國見「ああ、随分久しいな」
国見永久師範代とは、バイク協会で精力的に活動していた頃ぐらいからの付き合いである。
最近はしばらく連絡をとっていなかった。
師匠「何か用か?」
國見「いや、お前のとこの子がウチに来たからな。懐かしくて、久々に電話してみたまでだ」
師匠「ああ、そうか。まさみが世話になったな」
國見「ああ、それはいいんだが。例の・・・、”伝説のバイクの部品”と教えていたやつだが、いいのか?」
國見永久師範代は少し言い淀みつつ、問いかける
師匠「ああ、承知の上だ」
國見「もし、まーちゃんが全てを思い出しても、今まで通りいられるのか?」
師匠「うむ、何も変わらないさ。同じ”バイク乗り”、それは変わらないだろう?」
國見「そうだな。志を同じくするもの同士、同じ”道”の上だ」
師匠「そう言ってもらえると心強い」
國見「また、みんなで会おう、ゆいにゃんも一緒にな。それじゃ」
師匠「ああ、ありがとう。また」
そう言って、電話は切れた。
明日も早い、さあ、もう寝よう。