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No Future For You【バイク・ロードムービー】  作者: NS-1
第三章:君といるのが好きで あとはほとんど嫌いで
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その三


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バスの窓に流れる木々を眺める。ため息はつかない。なぜかと言われると難しいけど、そういう性格なのだ。


“まさみ”と別れてから数時間、今は5合目へ向かうシャトルバスに揺られている。麓の周遊バスを使ってわざわざ少し遠い登山口を選んだのは、彼女と鉢合わせないためだ。勝負を仕掛けたのはこちらなのだから、まあ当然の配慮ではあるだろう。


バスは急カーブを繰り返しながら、どんどん坂道を登ってゆく。空は曇り模様。このぐらいの標高まで来ると、雲が隣にあったりする。なかなか非日常的な風景だ。


バスにはそれなりに人が乗っている。シーズンにしては少ないぐらいに思えるけど、以前登った時よりは登山料も上がっているし、当然と言えば当然かな・・・。皆一様にこれからのことを考えて上機嫌な表情を浮かべている。憂鬱な表情を浮かべているのは自分ぐらいだろう、と逃げるように再び窓の外に顔を向けた。


曇るのは別にいいけど、雨は降らないでくれると助かる。単純に登るのが辛くなるし、彼女が怪我しないかも心配だ。別に難所のある山ではないが、独立峰で風が強く、それなりの岩場もある。登る時に雨が降ると普通に危なかったりする。バス内ディスプレイの天気予報を見る限り大丈夫だと思う、多分・・・。


・・・・・・

・・・

・・・


5合目にもそれなりに人はいるが、バスと同様、シーズンにしてはかなり少ない。この時期は、以前であれば身動きに支障が出るほどの人が集まっていたはずであるが、登山料の高騰というのはここまで効果があるものなのか、と驚く。特に払えない額というわけでもないが・・・、なんにせよ楽そうで助かる。


ゆい「すみません、今日一人、素泊まりで可能ですか?」

スタッフ「カプセルルームですか?大丈夫ですよ」

ゆい「はい、じゃあお願いします」


入山料と宿泊料金を支払い、宿泊者カードを受け取る。今日は5合目に泊まり、深夜に出発する。ちょっとズルくはあるが、5合目より上で7時間の休息を取るというルールはこれで達成する。本8合目あたりで日が出てくるぐらいのペースで登るのが、人混みに邪魔されない玄人の登り方なのだ、知らんけど。それに、飛び込みで泊まれる山小屋なんて、このルートだと5合目ぐらいしかないしね。


とりあえず併設されたレストランで夕食をとる。前来た時と同じくトンカツ定食にした。チェーン店や行き慣れている店以外ではトンカツ定食を頼むことが多い。ハズレがなく、どこで食べてもそれなりに美味しいからね。たまにある衣がキャベツの水分を吸ってふやけてしまっているやつだけは勘弁してほしいけど。

例に漏れずそれなりに美味しいトンカツ定食を平らげ、歯磨きを済ませて自分のカプセルに戻る。カプセルホテルはやっぱり狭いけど、そんなに嫌いじゃないかな。秘密基地感もあって、大人になった今でもちょっぴりワクワクする。


まだ明るいけど、今日はもう寝る。体力にはそれなりに自信があるが、半弾丸登山のような行程ということもあり用心するに越したことはない。荷物を整理し、備え付けのアラームを控え目の音量でセットして電気を消す。寝具の質もいいし、寝付きは悪くなさそうかな。彼女は今どこだろう。怪我だけはしませんようにと、そっと祈り、目を閉じる。


・・・・・・

・・・

・・・


・・・いつも通り、アラームより前に眼を覚ます。眠りは浅い。時計を見ると、今はアラームの設定時刻、7時間の休息が終わる時刻より1時間ほど前のようだ。もう一度眠ってもいいが、どうせ眠れないし、かえって寝覚めも悪くなるからやめておく。眠りが浅い代わりに寝覚めはいい。近年の睡眠事情における唯一の長所だ。


出発の準備を済まし、ロビーに出る。もちろんアラームの解除も忘れない。たまにアラームの解除をせずにカプセルを出て行く客がいるが、アレは・・・、放送禁止用語のオードブルが並ぶことになるため、これ以上はやめておこう。


ロビーには小さな暖色系の灯りがソファの近くで照らされているだけで、周りは暗く、客もスタッフもいない。

所定の時刻まではソファで過ごそう。眠ることはないが、夢見心地で気分は悪くない。

バックパックからクラフトノートとシャーペンを取り出す。いつもは、彼女が起きるまではシーケンサーをいじっていたのだが、シーケンサーは彼女に渡してしまったからね。まあ最近は、曲を書き進めても、結局は気に入らず元々の状態まで戻してしまうっていうのがずっとだったから、別にいいんだけど。


描いているのは彼女の顔だ。サイドカーからよく見る、帽子を被った彼女の横顔。ヘルメットを外して休んでいる時のね。ヘルメットを被ると髪型がぺったんこになってしまうから、バイク乗りには帽子が必需品らしい。髪質でも変わってくるらしくて、私にはあまり必要ない。


絵は鉛筆シャーペン画を趣味程度にやっているだけだけど、アナログ絵は質感も相まって、それなりに様になって見える。絵を描いている時間はそれなりに好きだ。他のことを考えないで済むし、作曲より耳や脳を疲れさせないで済む、気がする。趣味程度だから、っていうのもあるかも。


・・・彼女は自分をモデルにされることを嫌がったりしないだろうか。それなりの出来でちょっと惜しいけど、もし嫌がられたら、大人しく捨てよう。自分は絶対モデルにされたくない。写真を撮られるのも嫌だ。多分、自分が存在していたという証拠を残すのが嫌なんだろうと思う。その代わりに作品を残しているのかもしれない。

自分の代わりとして残した作品が駄作揃いだというのは、なかなか傑作だなぁと、なんとなく思う。


そろそろいい時間だ。クラフトノートとシャーペンをバックパックに戻し、席を立つ。

外に出ると、湿気を含んだ風が頬を撫でる。


星空指数0の曇り空だが、雨は小雨程度だ。セパレートタイプの上着兼雨具のフードを被るまでもない。

帽子を被り、その上にヘッドライトをセットする。登山用の光量が多いやつだ。

5合目の登山口のゲートを越えて、最初は緩やかな下り坂から始まる。初めて来た時は、本当にこの道で合ってるのか?と何度も振り返りながら進んだのをよく覚えている。道は広く、まだハイキングの範疇を越えない。

ヘッドライトが固有種の白い花に反射する。なかなか幻想的な光景だ。

少し進むと、コンクリートの通路なんかもあって、独特の雰囲気を醸し出している。帰りにこれ見るとちょっと安心するんだよね、無事に帰ってきたって感じがして。


・・・・・・

・・・

・・・


・・・“眺める山であって、登る山ではない”と言われるように、ただただ歩く以外にやることはない。

すでに標高2500mを超えているが、辺りは真っ暗で眺めもない。小雨は止み、吹く風はそれなりに心地が良い。


登山もなかなかに好きだと思う。高難度の山に登ることはなかったが、大学の卒業が近づいて、時間的にも精神的にも余裕がなくなってくる前は、ぼちぼちやっていた。頂上という目的地があって、そこに向かってただただ歩みを進めるというのは、うまく言えないが性に合っていた気がする。いや、進むべき道も、道標もない人生の方が性に合ってなさすぎただけなのかもしれない。


・・・見上げると、星は見えないが、代わりに山小屋と思わしき明かりがポツポツ見受けられる。この時間になると山小屋はもう空いていないところが多い。光っているのは大体が玄関口の外灯だ。初めて来た時は焼印が全然集まらず、金剛杖がかなり寂しい出来上がりになってしまった。あれは今どこにあるんだっけ。玄関に立てかけてあったのを見たのが最後だったような。いつの間にかなくなっていた。多分、庭の植物の支柱にでもなっているのだと思う。


山小屋の明かりに誘われ、玄関口に大きな蛾がとまっている。ここまでのサイズはなかなか見たことがない。下手すると手のひらぐらいあるんじゃないだろうか。標高が高いところに虫はいないと聞いたことがあったが・・・、過酷な環境で厳選された感があってかっこいい・・・。存在感に圧倒される。生きることに意味や理由を求めない、”ただ生きる”という姿勢が伝わってくるようである。別に生まれ変わりたいという願望はないが、もし生まれ変わるのであれば、そういう存在でありたいと思ってしまうほどだ。


・・・・・・

・・・

・・・


8合目、標高3000mを超えたあたりから岩場が現れ始め、急に険しくなってくる。先の小雨で湿っていて、滑りやすくなっている。別のルートではあるだろうが、彼女が怪我をしないように心の中で祈りながら、手も使って登り続ける。

ここまで来るとすでに雲を超えていて、眼下に雲海が広がっている。まだまだ全然暗いが、遠くの空は白く染まり始めている。

“夜明け前が一番昏い”と誰かが慰めたが、白く染まる遠くの空を目の前にすると、全く明かりのない自分の夜はまだまだ長そうだ、と苦笑しそうになる。別にしないけど。

それに、朝もそんなに好きというわけではない。というよりむしろ嫌い寄りだと思う。もしかしたら、否応なく照らされることになる朝に無意識に怯えているのかもしれない。

いつからか、ずっと眠ったら目が覚めなければいいのにと思ってしまう。もっと幼い頃は寝るのが嫌で、ずっと今日が続けばいいのに、と思っていたはずなのになぁ。


・・・ちょっと嘘をついた。

最近は目が覚めるのを楽しみにしている自分もいる。彼女がかけるアラームより先に起きて、すぅすぅと寝息を立てる彼女の横でシーケンサーをいじったり、たまに寝顔をスケッチしたりする時間は、最近の人生における数少ない楽しみの一つだ。あの時間が好きで、眠りが浅いことに感謝してしまうほどだ。そのせいでサイドカーで昼寝したりしちゃうんだけどね。サイドカーだと、少しうたた寝しただけなのに起きたら腰が痛い。それでも、なぜか質の良い睡眠をとれたような気がする。通学電車に揺られてうたた寝した時みたいな感じに似てる。もしかしたら、隣に彼女がいるのが・・・、柄にもなく恥ずかしいことを考えそうになったので、この辺でやめておこう。

こういう山に登っていると、やっぱり内省しがちになる。心が整理できていい反面、気づかなくていいことに気づきそうになるのが玉に瑕だ。



・・・・・・

・・・

・・・



本八号目の山小屋に着く。日はすでに登っており、周りはもう明るい。空を覆っていた雲も、もう見下ろすぐらいの高さに来ている。コースタイムより少し早い。ここで乱数調整、もとい時間調整をしておこう、と山小屋価格で割高のカップラーメン(しょうゆ)を購入する。あまり早く着きすぎても良くないのだ。だから、カップラーメン(しょうゆ)を食べておく必要があったんですね。本当はエスニック系のがあればよかったんだけど、しょうゆ、シーフード、カレーといったベーシックな味しか販売されていない。


ゆい「いただきます」


ズズッ。普通に美味しい。企業努力に脱帽だ。

”普通”って難しい。昔はできてた気がするけど、今はもうわからない。”普通”っていうベクトルがあって、そのベクトルから大きく離れないのが”普通”なのかな。それとも程度の話なんだろうか。わからないけど、このしょうゆ味のカップラーメンは、”普通”に美味しいって感じがする。エスニック系のやつは微妙に美味しかったり、微妙に美味しくなかったりして、とりあえず、”普通”ではないような感じがする。そこが自分と似てる気がしてお気に入りなのかな、ちょっと自惚れか。しょうゆ味のスープが”普通”に生きられない体に染み渡る。


ゆい「ごちそうさまでした。美味しかった」

山小屋前のゴミ箱に割り箸と容器をすて、再び登り始める。

ここから頂上まではコースタイムで90分、最高峰まではもう少しかかる。

疲れはそんなにないけど、まあゆっくり行こう。


・・・・・・

・・・

・・・


木製の鳥居、神社を超えて、二つ目の石造りの鳥居に差し掛かる。頂上はもう見えている。二匹の狛犬の石像が登山者を出迎える。鳥居、石像、神社、山頂の観測所、ここまで持ってくるのにどれだけの労力を必要としたんだろうか。この時期になると、テレビでもよくその話をやっている。昔の、いや昔に限らずだが、すごい人々の話を聞くと、自分と比べて嫌になる。


・・・山頂の石碑を横切る。あんまり達成感はないかな。何回か来てるし、初心者ルートだし。それでも意外と楽しめたと思う。登ってすぐのところはぼちぼち人がいるから、少し進んだところで休憩しよう。


雲が下にあって、まるで空を歩いているような気分になる。吹き抜ける風も心地がいい。

やっぱり、登るのもいい山だよね。

岩に腰掛ける。雲の隙間から、遠くの海岸まで見渡せるような壮大な景色が広がっている。あっちの方から走ってきたんだっけ。楽しかったな。これまでの旅を少しだけ思い返し、水分補給をする。

目的地はもうすぐそこだ。


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