第一章:旅は道連れ、世は情け(その一)
ブロロロロロ……
底の抜けた空に、単気筒の乾いたサウンドが消えていく
関所員「え〜、二輪ですので、通行料に加えて追加の排気税をお願いします」
まさみ「いえ、これは四輪ですよ。サイドカーついてますから。今時、二輪なんて、どうかしてますよ!」
関所員「・・・」
関所員の冷ややかな視線に気圧され、通行料と追加の排気税を支払い関所を抜ける。前の関所はこれで誤魔化せたのだが、毎度都合よくはいかなかった。
二輪、自動二輪、あるいはオートバイが世の中から淘汰されて久しい。環境に悪い、危ない、一人乗りで少子化改善に貢献しない、という些かこじつけ感の否めない3NO(No Eco, No Safety, No Future)の前に二輪は無力であった。
あの漢KAWAS◯KIが本格的に四輪大衆車の生産を開始したといえば、かつてのライダーにもその深刻さが伝わるだろうか。
歴史の授業において、“かつて存在した嗜好品、タバコのように、オートバイもまた税に次ぐ税を経て世の中から姿を消した”と、教壇に立つ先生が遠い目でつぶやいていたのを覚えている。
今となっては“自動二輪免許の新規取得には、バイクに乗る理由を明記した400字詰め原稿用紙50枚以上の作文に加え、役所での面接が必要である”といった噂がまことしやかに囁かれる始末である。
タバコや二輪が世界から姿を消したのと同時に、不良や暴走族、果てはギャングに至るまでもがなぜか消滅し、引き換えに人々は穏やかな暮らしを手に入れた。
静かにエンジンを回転させ、マナーを守りタバコを蒸す。そんな硬派で、真にバイクを愛していた一部のライダーを犠牲に世界は順調に良い方向へ向かっているようであった。
それでも、
それでも、世界のH◯NDA、あるいはYAM◯HAがいてくれたなら・・・。
皮肉なことに、二輪の衰退を決定づけたのはH◯NDA、YAM◯HAの二大巨塔であった。
時代の波に抗えず、目に見えて二輪が衰退し始めた頃、いち早く動き出したのがこの2メーカーである。往年の名車から電動に至るまで、排気量、馬力の大小を問わず、顧客の確保のためにあらゆるバイクの生産を開始した両メーカーは、図らずとも熾烈なシェア争いを繰り広げることとなった。これは、二輪の未来を憂い、行動を開始した両メーカーにとって青天の霹靂であった。
両メーカーはその打撃により、一時はグループごと空中分解する瀬戸際まで追いやられたものの、二輪生産ラインを他産業の生産ラインへと転用することにより、その危機をなんとか回避した。これにより両メーカーは二輪市場撤退を余儀なくされてしまう。これが俗に言う第二次HY戦争である。
最後の頼みの綱はSUZ◯KI、KAWAS◯KIの2メーカーに託された。が、その望みも虚しく、変人ばかりに愛されるSUZ◯KIは言うまでもないが、SUZ◯KIの影に隠れていたものの、実は変人揃いであったKAWAS◯KIもシェアの拡大に苦戦し、二輪は今日に至る。
とはいえ、彼らを責めることはできない。彼らもまた、それぞれがそれぞれなりに、二輪のことを思い行動した末の結果であるからだ。
?「・・・・・・おーい!」
しかし、二輪はまだ絶滅したわけではない。私を含め、もう数えられるほどしかいないのではないか、と思われるほどではあるが、真に二輪を愛するライダーたちがこの国の各地に存在する。
?「・・・おーい!」
そして、私は今から、
?「おーい!!!」
まさみ「うわ!!」
?「あ、やっと気づいた。もう、さっきから何度も呼んでるんですけど!」
まさみ「あ、すみません。ぼーっとしてました」
?「死んじゃったのかと思ったよ、その儚い乗り物みたいに」
まさみ「死んでませんから、私もバイクも。今は少し休憩中です。私も、バイクも」
?「冗談だって(笑)。そんで、これこれ」
彼女は両手に持ったボードをこれみよがしに私の顔へと押し付けてくる。
まさみ「ちょ、近すぎます!それじゃ見えませんから」
?「あ、ごめんごめん」
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〜ヒッチハイク〜
北の端まで
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まさみ「なんですか?これ」
?「だから、ヒッチハイクだって。この道ってことは、北に向かって行くんでしょ?乗せていってよ」
まさみ「いえ、すみません。これは一人乗りですので。」
?「横に座席ついてるじゃん」
彼女は荷物置きと化したサイドカーを指差す。
?「それにさっき、そこの関所で4輪だって言い張って追加税払わず抜けようとしてたよね?だったら一人乗りってのはおかしいじゃん、乗せてよ!」
まさみ「・・・。あのですね、人には、時として、涙を呑んで踏み絵を踏み抜かねばならない時もあるんです。ですから・・・」
言い終わる前に彼女は私の荷物を傍に寄せてサイドカーに乗り込んでいた。
まさみ「・・・。はぁ、足元に予備のヘルメットありますから、着けといてください」
?「おっけー!私は“ゆい”よろしくね!」
まさみ「まさみです。そのギターケース、引っかかると危ないので、できるだけ寝かせる感じで、車体からはみ出さないようにお願いします」
?「はーい。じゃあ、しゅっぱーつ!」
まさみ「・・・」
とんだ大荷物を拾ってしまった。
まあいい。本当の旅は北の端っこについてからなのだ。
まさみ「私も北の端まで行きますから。到着は、明日か、そのぐらいですからそれまでは・・・」
“ゆい”と名乗ったその女性は、サイドカーに深く腰を預け、すでに寝息を立てていた。
まさみ「・・・」