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第八話:花嫁メイドと企む令嬢


「わあ……素敵」


馬車はだんだんと人気のないところへ向かっていた。

石で整備された地面は土に代わり、畑の景色が広がり始めた。

道の両脇が、一面緑になっていく。


「ここは農村部だ。君が今朝食べた野菜は、ここから採れた」


道はせまく、道の両脇にはどこまでいっても畑が広がっている。

青々とした葉がさわやかな風に揺れ、のどかな風景が広がっていた。


「とてもおいしかったです」


「よかった。農家の者たちも喜ぶだろう」


馬車が、ある畑の前で止まった。


「クラウ。

少し遅いが食後のデザートをご馳走しよう」


「……え?」


馬車から降りてみると、そこはいくつもの赤いトマトがなっている畑だった。


「入ってもいいのですか?」


「このあたりは俺の趣味の畑だ。本当に小さな範囲だが」


辺境伯が、趣味で農作をやってらっしゃるなんて!

アルバート様はこなれた手つきでトマトを収穫すると、私に差し出してくれた。

私でも2口くらいで食べられそうな、やや小ぶりの品種みたい。

でも見た目は真っ赤でつやつや、今にも弾けんばかりに身が詰まってて、美味しそう。


「食べてみてくれ」


「いただきます……」


あーん、ぱく。


「んっ! 甘い!」


「よかった」


トマトって、こんなに甘かった?

フルーツのように甘くておいしい!


「ここが、子供のころの俺が勝手に遊んで入った畑だ。

ここで勝手にトマトを食べて、父に怒られた」


やんちゃなアルバート様、想像がつかない。


「父が、勝手に食べた分は育てて返せと言うので、受けて立った。

そしてすぐ後悔した。とにかく大変だったな。

毎日水をあげなければならないし、病気や虫食いにも気をつけなければ、食える実をつけてくれない。

作物は、当たり前にできるわけじゃないんだと反省した。

そして畑の持ち主に改めて詫びを入れ、俺はこの範囲だけ土地を買い取り、トマトの作り方を一から教わった。

それからずっと、トマトの栽培を趣味にしている」


だから、領民のくれたものを大切にできるのね。

自分自身が苦労を知っているから。

そんな領主様だから、皆好きなんだわ。


ここには独裁もなければ、暴君もいない。

搾取どころか、与えることを喜びとしている。

この地に迎えてもらえて、とても幸せだと、私は改めて心の底から思った。


けれど。


私は花嫁ではない。

リビエラ様の身代わり。

偽物のクラウディア。


そんな私を、アルバート様はいつまでここに置いてくれるだろう?

身に余るくらいの幸せを前に、きっとこれは永遠ではないのだと、そんな不安が頭をよぎってしまった。


☆ ☆ ☆


クラウの予感は、皮肉にも的中していた。


ハルファスト家の、とある一室。

リビエラは、出来上がった手紙を眺めていた。


「……ククク、できたわ」


リビエラは、辺境伯が去っていったときのドレスのままだった。

昼間だというのにカーテンを閉め切ったまま。

目の下にはくまがくっきりと浮かんでいる。


アルバートが、ハルファスト家からクラウをさらっていった騒動の後。

リビエラはすぐに部屋にこもった。

そして、今の今まで寝ずに手紙を書いていたのだ。

何度も何度も書き直した跡が、床の丸められた紙から伺える。


リビエラは、ただ自らの執念に突き動かされるままに、手紙を書きあげた。


「この手紙を、隣国の王に送るわ。これであの子はおしまいよ……」


笑みは、怒りに代わっていく。


「あのくそ辺境伯も……」


怒りは、憎しみに代わっていく。


「領民丸ごと、焼かれてしまえばいいのよ……!」


リビエラは、血のにじむほど握りしめた拳を、机に思いきり叩きつけた。

そして勢いよく立ち上がり、ドアを乱暴に開ける。

そしていつものように、息を大きく吸って。


「誰か! 誰か来なさい!!!」


廊下にリビエラの怒声が鳴り響く。

そして、声が反響し。

誰も、来ない。


「誰か!!! 早く来なさいってば!」


この時間なら誰かしら掃除をしているはずだ。

リビエラの声が届けば、すぐにクラウが飛んできた。

それなのに、誰も気づかないなんて。


「〜〜〜っ! もういいわ!」


リビエラはしびれを切らすと、部屋から出た。

ズンズンと早歩きで、屋敷の出口へと向かう。

この間にも大きい声で呼んでみたが、誰の反応もなかった。


父オーギュストの反応もないし、母カチュアの反応もない。

2人とも、どこかに出かけたのだろうか。

従者たちは、それについていったのかもしれない。


リビエラには、待っている時間などなかった。

この手紙は何が何でも今日出さなくてはならない。


リビエラに恥をかかせたクラウとアルバート。

この二人に必ず報いを受けさせるために。

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