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第七話:歓迎されるメイドと辺境伯のデート

☆ ☆ ☆


「ん……」


何か、夢を見た気がした。

思い出したいこと。思い出したくないこと。

忘れたくないこと……。


いつの間に眠っていたのだろう。

もうすっかり朝になっていた。


ベッドから抜け出して、カーテンを開けると、ちょうど部屋のドアがノックされた。


「起きてます、どうぞ」


ガチャ、とドアが開けられると、マリー、ミリー、メリー(何とか覚えた!)が挨拶してくれる。


「お嬢様、おはようございます」


「おはようございます」


私も挨拶を返した。

3人は洗面器と、ドレスを持ってきてくれた。

部屋で顔を洗えるなんて、貴族ってすごいな。


それから着替えを手伝ってもらいつつ、今日の予定を聞いた。

今日はこれからアルバート様と朝食をいただく予定らしい。

着替え終わり、アルバート様も食堂で待ってるというので、さっそく向かうことにした。


食堂の扉の前。

マリーが丁寧にノックすると、中から扉が開けられた。


広い食堂が目の前に広がる。

すごい、ハルファスト家の食堂よりもずっと広いかも。


「来たか」


「お、おはようございます」


アルバート様はすでに領主の席に座って、くつろいでいた。

案内された椅子に座ると、すぐに料理人たちが料理を持ってきた。


「嫌いな食べ物はないか」


「えっ、そ、そんな贅沢はしたことありません!」


「そうか。嬉しい限りだ」


目の前に出されたのは、大きな魚のムニエル。

ごろごろ野菜に火を通したものや、マッシュポテトに、ふかふかのパン……。

美味しそう! でもこんなに食べきれるかしら?


「喜んでいるのか?」


「すみません、はしたない顔をしていましたか……?」


「いや、責めてるわけじゃない。目はしっかり輝いていたが」


思わず顔を隠した。私ったら……。

でも、それほど豪華な食事だもの。

アルバート様は話を続けた。


「これは、全て領民が漁をしたり、畑で育てたものだ。

領民のおかげで、俺たちは生きている。

どうか、味わいながら食べてほしい」


「……」


「どうした? おかしいことを言ったか」


「い、いえ!」


思わず首を横に振ったけど。

おかしいと言えば、おかしい。

辺境伯ともなれば、莫大な資金を国王から賜る爵位。

そのクラスの人が、領民を気遣い、領民の貢ぎ物をありがたく食べるようになんて言わないのが普通だわ。

だって、貴族はもらって当たり前だもの。

それなのに、アルバート様は領民のことを考えてくれている。

思わず、顔が綻んでしまった。


「アルバート様は、思いやりにあふれるお方ですね」


「……か、」


「……か?」


アルバート様が固まってしまった。

私、失礼なことを言ったかな?

慌てて謝ろうとすると、アルバート様はびしっと手を前に出して私を止めた。


「かわい……じゃなくて、勘違いするな。

ここは北の領土だからな、雪が降れば魚も作物も減る。

俺が管理者である以上、衣食住の確保を気にするのは当然だ」


やたら早口で言い切った……?

しかしなるほど、これも領主としての手腕ということなのね。

と、私は感心するばかりなのだけど、心なしか周りのコックやメイドたちが表情を隠している。

肩を震わせてる人もいる。

皆も感心してるのかな? まさか、笑ってる……?


アルバート様が大きな咳払いをすると、全員シャキッと姿勢を直した。


「そんなことより。食べ終わったら出かけるぞ」


「はい。どこへ行かれるのですか?」


「城下町だ。軽くだが、領地を案内する」


私は思わず笑顔で頷いた。

昨日は暗くてよく見えなかったから、楽しみ。

私はそれからたまにアルバート様と他愛無い話をしながら、美味しい魚料理を心ゆくまで堪能した。


楽しい食事を終えて。

私はアルバート様にエスコートしてもらいながら、城の外に出た。

朝日を浴びた城は、改めてみるととても大きく、遠くには海が見える。


馬車はすでに待機していて、御者が扉を開けてくれていた。


「どうもありがとう」


「いえいえ。足元にお気をつけて」


アルバート様も腰かけて、合図をすると、馬車はすぐに出発した。

潮風の匂い、というものか。

ほのかに暖かい風と共に、生き物の匂いを感じる。


「良いところですね」


「まだ出発したばかりだぞ」


「それでも、分かります」


「ふ、こんなものではない」


まんざらでもないように、アルバート様が笑った。


☆ ☆ ☆


そう、こんなものではなかった。


「アルバート様~! おかえりなさい!」


「アルバート様ぁ! 隣のレディはもしや!?」


「あるばーとさまぁ~!」


城下町の門に差し掛かった時だった。

こちらに気づいた領民が、とたんに目を輝かせたと思うと。


「みんな! アルバート様が帰ってきたぞぉ!」


叫んだ声を聞いて、領民が集まってきた。

ひとり、またひとり、十人、二十人。

馬車があっという間に動けなくなってしまった……!


「……わかった、お前たち。わかったから」


「アルバート様! これ今朝採れたんです! ランチに食べてください!」


「じゃああたしもこれ! できたてのヤギのバター!」


「となりのお姉さんだあれ~?」


「こらあんた、そんな言い方したらだめでしょ! アルバート様がぞっこんラブの方なのよ!?」


「そこ、死語だぞ」


もはやすべてをあきらめた顔で、ぼそりとつぶやくアルバート様。


ようやく解放されたころには、馬車にはキャベツと魚とバターと牛乳とじゃがいもが所狭しと積まれてしまった。


「慕われてるんですね」


「遊ばれてるだけだ」


「アルバート様、怒らないんですもの」


「それは……まあ、な」


領民は皆、アルバート様のことを心から慕っている。

それはきっと、アルバート様が皆に与えてきたものが大きいからなのだろう。


城下町の大通りは店や露店があふれており、人の往来も多い。

木造でできた建物が、所狭しと並んでいる。

売っているものは食べ物だけではなく、宝飾や服屋も見える。


「今日は君とゆっくり買い物がしたかったんだが。ルートを変更しよう」


「ふふ、わかりました」


これからいくらでも時間はある。

アルバート様は御者に行き先を伝えると、小気味のいい鞭の音とともに、馬車が再び動き出した。

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