第六話:北に降り立つメイドと夢の中
再び、気まずい沈黙が降りてしまった。
「……すまない、困らせるつもりはなかった」
沈黙をいち早く破ったのは、アルバート様の方だった。
「君は……自分の出自や記憶を思い出したいと思うか?」
「……はい、もちろんです」
「そうか。ならば結婚の話はいったん延期だ」
「え……」
「そう不安になるな。俺の客人として君を迎えるという意味だ。
いずれにせよあの屋敷でメイドを続けても、記憶どころではないだろう。
俺の判断で、半ば強引に連れてきたことは自覚している。責任は取るつもりだ。
記憶を取り戻す方法は、2人でゆっくり探そう」
「で、でも、もし記憶が戻らなかったら……」
「その時に考えればいいさ」
なんて頼もしいのだろう。
しかし返せるものがない私には、罪悪感の方が大きい。
でも正直言えば、嬉しいし、安心した。
ただでさえ私はリビエラ様の代わりだった。
偽物だと突き返されても文句は言えないのだから。
「君……とばかり呼ぶのは良くないな。
クラウ、改めてよろしく頼む」
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
優しげに見つめてくる瞳に、顔が熱くなりそうになって、私はつい目を逸らした。
大事にしようとしてくれてるのがよく分かる。
「話し疲れたが、もう着く頃だろう」
そう言いながら、窓の外を指さすアルバート様。
促されるまま窓の外を見ると、そこには。
「わ、……綺麗」
夜更けにも関わらず、ぼんやりと明かりが灯った外壁。
物見やぐらの所々にも明かりが灯され、まるで光の芸術のよう。
美しい金彫の装飾が施された門がうっすらと照らされており、幻想的な雰囲気をかもし出している。
アルバート様が恭しく私の手を取った。
「改めて歓迎しよう。
ようこそ、我がフュージェネラル領へ。
何もないところだが、気に入ってくれると嬉しい」
「よろしくお願いします、アルバート様」
微笑むアルバート様に、私もつられてつい喜びをあらわにした。
やがて馬車が止まり。
私たちは深夜の長旅を終えた。
アルバート様が先に降りた。
私も追うように馬車の外へ顔を出すと、アルバート様が手を差し伸べてくれた。
「ありがとうございます」
「気にするな。ではあとは侍女に任せる。今日はゆっくり休んでくれ」
私が手を借りて降りると、アルバート様の手がゆっくりと離れた。
そして振り返ると、先に城の中へと入っていった。
「あ……」
まだ会って数時間なのに、寂しさを感じる。
しかしすぐにメイドが私の前に現れた。
いつの間に!
「お疲れでしょう、クラウ様」
「まずは湯に浸かりますか?」
「それともお食事はいかがですか?」
「だ、大丈夫です。それより寝床を貸していただくことはできますか?」
「貸すなんて!」
「今日からここが!」
「あなたのお住まいですのに!」
「え、ええと……では部屋に」
「「「承知いたしました」」」
うう、完璧すぎる所作!
私はメイドたちの輝きに負けそうになりながらも、部屋に案内してもらうことにした。
それから私は、これから自室となるであろう、とても広い部屋に通された。
肌触りのいいネグリジェがすでにベッドの上に置かれている。
「さあ、お召し物の着替えを手伝います」
「そう、このネグリジェも最高級品」
「ええ、きっとお気に召しますから」
「それじゃ、お願いします。ええと……」
いけない。
そういえば私、メイドたちの名前をまだ聞いてなかった。
「遅くなってごめんなさい。
皆様のお名前をお聞きしても?」
「お名前を聞いていただけるなんて光栄です。
私はマリーです」
「ミリーです」
「メリーです」
隙のない所作で揃った一礼。
顔だけじゃなくて、名前も似てるのね。
「ごめんなさい、覚えるのに時間かかるかも」
「お気になさらないでください」
「ややこしくて困りますでしょう」
「謝るのはこちらのほうですわ」
素直な言葉を伝えると、三者三様朗らかに笑った。
それからあっという間に着替えさせてもらい、3人は一礼をして部屋を去った。
静まり返った部屋には、大きなベッドと私だけ。
「もう寝よう……」
お腹は空いてるかもしれないけど、今は考えられない。
ひとりになったら、どっと疲労感が溢れてきた。
明かりを消して、のそっとシーツに潜り込む。
暗闇の中で天井を見つめていると、皆のことを思い出してきた。
数時間前に別れたばかりなのに。
マーサは大丈夫かな。皆どうしてるかな。
リビエラ様に、いじめられてないかな……。
☆ ☆ ☆
ザザッ
頭の中にノイズが響く。
「大き◻︎なっ◻︎ら、結◻︎◻︎ようね」
「うん! 約束よ、ア◻︎◻︎ー◻︎」
気弱な男の子とおてんばな女の子。
「クラ◻︎ディ◻︎」
「お母様!」
優しい声と、暖かい手。
「ク◻︎ウデ◻︎◻︎……置い◻︎いく私を許◻︎て」
「いやだっ、お母様!」
弱々しい表情と、冷たくなった手。
「ぐすっ、ぐすっ……お母様ぁ……」
「クラウデ◻︎◻︎。お前の母親◻︎会わせて◻︎◻︎う」
憎しみに満ちた声。
「きゃあああああああっ!?」
「◻︎ラウ◻︎◻︎ア様! ◻︎から落◻︎◻︎……!
しっかり! あたしが死なせや◻︎ない」
いつも力強く、元気づけてくれる声。
ザザッ
ザ―――……
全てが、ノイズに飲み込まれていく。